病みきれない地雷系女子たちにやりきれない俺~再会した幼馴染とクラスの天使にやたらと懐かれて病みそう~

じんむ

I want you to love me more

◯幼馴染は病みきれない

第一話 忘れたい過去を忘れさせてくれない

 中学の頃の話だ。

 俺の幼馴染はいじめを受けていた。


 クラスの女王格の女にくしゃくしゃになった紙を投げつけられ、おっかなりびっくりに肩を震わすその小さな背中に、怒りが沸き上がる。

 またか。またこいつらは。

 気づけば俺は立ち上がり、女の前に立ちふさがっていた。これで何度目だろうか。


「やめてやってくれないか」


 机に座る女王を見下し静かに言うと、そいつは心底馬鹿にしたように口を開く。


「でたでたきっも~! 正義の味方気取りとかマジうける~!」


 取り巻きの女子共がギャハギャハ下品な笑い声をあげ、また丸められた紙を投げつけようとする。


「やめろって言ってるだろ?」


 手首を掴み阻止すると、女は俺の事を睨みつけてくる。


「きっも。触んなよ。陰キャが調子乗んなよ?」


 女が威嚇してくるので、睨み返す。


「ゴミ箱はそっちじゃない」


 言うと、女の唇が怒りと恐れを表すかのように小さく震える。


「い、いつもいつも、なんなわけお前!」


 振り払おうとする力が伝わってきたので離してやる。


「まじふざけんな! もうキレた。おめぇぜってぇただじゃすまさねぇからな。覚えてろよ!」


 女王は捨て台詞を吐くと、丸めた紙をゴミ箱の方へとちゃんと捨てた。


「大丈夫か綿貫わたぬき?」


 振り返り幼馴染の名を呼ぶと、硬い表情をしながらも笑みを返してくれた。


「う、うん……ありがとう、まーくん……えへ」


 名前が正成まさなりだからまーくん。綿貫だけが呼んでくれるあだ名だ。

 その放課後。

 俺が一人で日直の掃除当番をこなしていると、ガラの悪そうな輩取り巻きを引き連れ教室に入ってきた。


「あんさぁ、元宮もとみや君さぁ? 俺の彼女にちょっかいかけたってほんとぉ?」


 俺を見るやいなや名指しし、問いかけてくる。


「それはお前の彼女に聞いたのか?」

「おうよ。でもんな事どうでもいいんだよ? 人の女に手を出したらどうなるかって事を教えてやっからよ!」


 男が吠える。

 対話する気ゼロか。

 まぁいずれにせよ綿貫をいじめていたあの女の差し金であるのなら、こいつらは敵だ。


「お前ら、やっちまうぞ!」


 輩共が一斉に襲い掛かってきて――

 

――間もなく、俺の周りには輩共が突っ伏していた。


 実家が道場であって良かった。


「な、なんだこいつ、つええ……」


 あの女の彼氏が苦し紛れに声を出す。多少傷は負わせてしまったが、まぁ骨とか大事な個所は壊してないはずだ。


 そんな事よりもこいつは使えそうだな。毎回いくら注意しても治らないあの女には辟易していたところだ。

 そろそろ完膚なきまでに叩き潰しておくべきだろう。

 執行猶予はおしまいだ。これ以上綿貫は傷つけさせない。

 俺はしゃがみ込み、あの女の彼氏に問いかける。


「なぁお前。彼女と恥ずかしい事とかしてたりしないか? もしくはそれを撮ってたりとか」


 こんなでも俺らは中三だしな。やる事もやってんだろ。まぁ、俺童貞だから知らないけど。


「は? なんでてめぇなんかに……」

「やる事やってんのか聞いてるんだよ。質問に答えろ」


 恐怖を植え付け屈服させる目的で、髪を鷲掴みにしこちらへと顔を向けさせる。

 それなりに効いたようで、彼氏さんの顔は恐怖に引きつっていた。まぁ彼氏彼女の問題に群れで対応してくるような奴じゃこんなもんだよな。


「い、一応してるが……」

「ちなみに撮ってたりとかは?」

「そ、それはねぇ! 本当だ、信じてくれ!」


 訴えかけてくる瞳は本気で言っているようだが、まぁ嘘だったとしても関係ない。


「そうか。じゃあ撮って俺に送るんだ」

「そ、そんな……」

「できないのか?」


 髪を握る力を強くすると、男は顔を真っ青にする。


「わ、分かった撮って渡す! だ、だから許してくれ! いや許してください!」

「よし。まぁ安心しろ。お前の女を寝とったりとか、世界に拡散するとかそういう事をするわけじゃないからな」


 ただそれを脅しに二度と綿貫に手を出さないよう確約はさせるが。そのあとお前らが破綻しようが絆を深めようが俺の知ったことじゃない。


「でも破ったらその時は……どうなるか分からない」


 一応念を押しておくと、すっかり参ったように彼氏さんは項垂れる。


 結果、綿貫へのいじめは無くなり、あの女に嫌がらせを受けた事あるような奴らからは称賛を受けたりしたわけだが、ここまで全て余さず俺の黒歴史だ。


 思い出しただけでも自分の愚かさや痛々しさに嫌気がさす。何が執行猶予だよ。頭おかしいだろ。

 だが本当に自分に対して嫌気がさすのはここからである。


 その後、綿貫をいじめていた女は不登校になるのだが、それから間もなくして自殺未遂に至ったのだ。


 これにより、事実上その女を不登校に追いやった俺の立場は最底辺にまで落ちていった。


 この時点で俺のやったことがいかに間違いであったのか分かるはずだが、当時の俺はなおも自分のやったことが正しいと思っていた。

 そしてある日、白い目に晒される教室で綿貫にこう問うたのだ。


「綿貫なら分かってくれるよな?」


 すると綿貫はおびえた様子でこう言った。


「怖い。近寄らないで、もう関わらないで!」


 明確な拒絶に絶望したのは今でも覚えている。

 だが今になって考えれば、それは至極まっとうな反応だったと思う。だって普通に気持ち悪いだろこんな男。頼んでもないのにしゃしゃり出てヒーロー面。そのうえ自分の過ちを過ちと思わずなおも肯定を求め、あまつさえ人を殺しかけたのに、平気で誰かの隣に立つ資格があると思い込んでいる。そんな奴、絶対関わりたくない。地雷にもほどがある。


 それからというもの俺は今までの俺を激しく軽蔑し、一度すべてを清算すべく地元である奈良から東京へと引っ越してきた。


 言い訳だが、同じ環境でやり直すには過ちに気づくのがあまりに遅すぎた。


 あの一件から二年近く経った高二の今。ようやく過去を振り返り反省できる程度にはなる事できている。


 この調子でいけば、真っ当な人間になれるのも時間の問題。

 そう思っていた。

 だが、そんな矢先に彼女は俺の目の前に現れるのだ。


 かつて俺が間違った方法で守ろうとし、そして俺を拒絶した、幼馴染の綿貫空那わたぬきくうなが。


 ミディアムショートの黒髪に、切り揃えられた前髪は横に流れている。くりっとした瞳は自信なさげに揺れていた。背丈も低く、その姿はどことなく小動物を連想させ保護欲をくすぐられる。


 教室へと入ってくるその姿に、全身から嫌な汗がにじみ出る。

 そいつはぎこちない足取りで教壇まで歩いていくと、おどおどしながら自らの名前を黒板に書き名乗る。


「な、奈良から来ました。綿貫空那わたぬきくうなです。あ、あの、よろしくお願いします!」


 変わらない。あの時からまったく変わっていない。深々とお辞儀する丸く小さな背中は俺のよく知る綿貫空那だった。

 なんであいつがここに?

 俺が一人疑問を抱くのとは裏腹に、周りは拍手に包まれる。


「あそこの空いてる席が綿貫さんの席よ」


 歓迎ムードの中、先生が指し示した先は俺の隣だった。


「は、はい……」


 緊張気味に返事する綿貫だったが、やがて俺と目が合う。

 同時に、俺を恐れるあの時見せた綿貫の表情が頭の中で高速再生される。


『怖い。近寄らないで、もう関わらないで!』


 今回もまた同じように拒絶される。

 そう考えるが、目の前にいる綿貫は一転して顔をほころばせた。


「あ、まーく、って、わわっ!」 


 で、何故か盛大に躓いて床に突っ伏す。


「綿貫さん大丈夫⁉」


 飛び出した先生に綿貫は抱きかかえられるが返事はなく、ぐるぐると目を回していた。


「元宮君、ごめんだけど綿貫さんを保健室に運んでもらえる⁉」

「え、なんで俺が……」


 突然のご指名につい渋ると、何故かクラスの視線が一斉に俺へと集中する。え、何。


「それはだってほら、元宮君保健委員だし、隣の席だしちょうどいいと思ったんだけど……」


 先生が浮かない表情で理由を述べてくる。ああそういえば保健委員になってたな俺。


「あーそうでしたね。分かりました」


 努めて平常心を心掛け言い放つと、クラスも興味が薄れたのか徐々に俺から視線を外していく。

 いったい何なんだよ……。


 まぁ何にせよ、委員として任された仕事はこなさなければなるまい。

 正直気は進まないが、まぁ運ぶだけなら簡単だろう。

 淡々と配達する気分で綿貫を背中に抱えると、俺は教室を後にし保健室へと向かった。

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