第33話 お風呂上りはアイスが美味い

 風呂から上がると、剛力が全員に「冷たい飲み物とアイス、どっちが良い?」と尋ねた。

 既に何かしらをご馳走する構えの剛力支店長。


 見た目と声質を除けば、理想の上司である。

 家族仲が良好なのも頷ける、あるべき中年男性の姿を体現していた。


「ゴチになりまーす! 僕はビールが飲みたいです!!」

「えっ、井上、お前ビール飲むの? ワシの車で来たから、ワシは酒飲めないのに?」


「冷たいものって言ったじゃないですか」

「普通はジュースか牛乳だろ? 冷たい者はお前だよ……」


「井上先輩が飲むなら、私もビールにしようかしら!」

「おー! 真奈美さん、今日は気が合うね! じゃあ、支店長! 僕たちビール買って来ますから、お金ください!」


 冷たい者が2人になり、彼らは連れ立ってアルコールを求めに旅立っていった。


「沖田と小岩井はどうする? ……別にビール飲んでもいいぞ」


「小岩井さん、ソフトクリーム好きでしたよね? 俺も食べたいと思ってたんですよ!」

「ふぎゅっ!?」


(ば、ばば、ばばばば! バレてたぁー!! 北海道ソフトクリームとか美味しそうな名前を付けるから悪いんだもん! 北海道って名前がつくだけで、基本的に何でも美味しく見えるんだもん!! ふぎゃぁぁぁっ! 沖田先輩に食いしん坊だって思われたぁぁ!!)


 北海道に心の中でいちゃもんをつけながら、日菜は「お、沖田くんが食べたいのなら、仕方がありません。付き合いましょう」と応じた。


「支店長も一緒に食べましょう! 俺たちが買って来ます!」

「お前ら……! 優しいなぁ! よし、1番デカいヤツ買って来い!!」


「了解しました! 行きましょう、小岩井さん!!」

「あぅ……。手、手が、その、ふみゅ……」


 ナチュラルに日菜の手を取る壮馬。

 その様子を見ていた剛力は「微笑ましいなぁ」と笑顔になった。


 その笑顔を近くで見ていた子供が泣きだしたのは余談である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「いやぁ! 支店長、今日はゴチでした! 送迎付きでお酒まで飲めるとか、最高ですよ! また行きましょうね!!」

「構わんけどな、井上。次はお前が運転手しろよ? ビールテロされたワシは次に行く時、必ずお前の前で美味そうにビールを飲むんだ」


 剛力の車で、まず真奈美が自宅に送り届けられる。

 彼女は壮馬に「小岩井さんを送っていくのよ! 絶対よ! 絶対によ!!」と何度も念を押して帰って行った。


 続いて、日菜のマンションの前に剛力の車が停車する。

 日菜が降りるのはもちろん、それに壮馬も続いた。


「壮馬くん、自転車はいいの? 出社する時に困らない?」

「大丈夫です! 家はここから歩いて帰れる距離ですし、たまには電車で行くのも悪くないですので!」


「それじゃあ、沖田。小岩井。また会社でな」

「今日は本当にありがとうございました! 支店長もお帰りの際はお気を付けて!!」

「ふみゅ。ありがとうございました。娘さん、お土産喜んでくれるといいですね」


 剛力は太い腕を窓から出して、親指を立てて走り去っていった。


「さて、じゃあ俺も帰りますね!」

「ま、ちょまっ! あの、莉乃のお土産、一緒に渡す事は可能ではないですか? 不可能でないのならば可能だと判断しますが?」


 壮馬は「ははっ」と笑って、日菜の不器用なお誘いに応える。


「可能ですよ! それじゃあ、少しだけお宅に寄らせて頂きますね!!」


 嬉しさを隠しているつもりの日菜は「そ、そうですか!!」と元気に返事をして、壮馬と一緒にエレベーターに乗り込んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「えー! ズルいですー! あたしも行きたかったですよぉー! 温泉!!」

「すみません! 俺たちだけいい思いをしてしまって!」


「ホントですよー! 大人っていいなー! あたしも早く大人になりたいですー!!」

「まあまあ、莉乃さん! 日菜さんが選んでくれたお土産を食べて下さい! 温泉卵入りのおでんと、メロンパンです!!」


 日菜は既にメロンパンを幸せそうにモグモグしていた。


「おでんは分かるんですけどー。どうしてメロンパンなんですか?」

「なんでも、スパリゾートの名物らしいですよ! 販売する曜日が限定されているとかで! 残りが8個しかありませんでした! ジャムが入っているのが特に人気らしくて、どうにかゲットした次第です!!」


 日菜は2つ目のメロンパンに取り掛かっている。

 相変わらず、幸せそうな表情を浮かべて。


「お姉ちゃんを見てると、美味しいのはすごく伝わってきましたー。はむっ。おー! イチゴのジャムが入ってるんですねー! 甘酸っぱくてステキですー!」

「俺、飲み物を淹れますよ。キッチンをお借りしても?」


 莉乃が「もちろんですー。すみませんー」と応じる。

 日菜は自分の担当のメロンパンをやっつけたので、今度はおでんとの戦いを始めていた。


 実は日菜さん、「裸になった時にお腹が膨らんでたら恥ずかしい……」と、夕食を抜いて温泉に浸かっていたのだ。

 現在は機会を失った栄養補給に余念がない。


 壮馬との会話よりも食事を優先するのは、実にレアケースな日菜さんである。

 そこに、麦茶を注いだマグカップを持って戻って来る壮馬。


「本当はコーヒーが良いと思いますけど、莉乃さんは明日も学校ですし、カフェインはヤメておいた方が良いかと思いまして。冷蔵庫から麦茶をお持ちしました!」

「おおー! 氷が入っているところに、壮馬さんらしい気配りを感じますねー!」


 莉乃に続いて、日菜にもマグカップを差し出す壮馬。

 「ふみゅ」と日菜は短く鳴いた。

 それが謝意を伝えるものである事を、壮馬はよく知っている。


「あー! なんかそのやり取り、夫婦っぽくてズルいですー!! 壮馬さん、あたしにも同じ感じでテイク2をお願いできますかー?」

「ははっ! かしこまりました! じゃあ、おでんを温め直しますから、それで手を打ってもらえますか?」


「うむー! よきにはからえですー! えへへー」

「では、少々お待ちくださいね!」


 この日の日菜は普段よりも更に口数が少なく、食に没頭しているのだと壮馬は理解していたが、実は違う。

 莉乃に壮馬との会話の時間をプレゼントしていたのだった。


 同じ人を好きになった者同士、それが妹であればなおの事。

 フェアプレーの精神を持つ、高潔な恋愛戦士の日菜さんなのであった。

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