第18話 小岩井日菜は変装できない
壮馬は仕事帰りに、珍しく寄り道をしていた。
先日、実に美味しそうなラーメン屋を見つけてしまったのだ。
空腹に醤油ラーメンの香りは天敵。
意識したらもはやそこまで。抗う術はないのである。
「ごちそうさまでした! お勘定お願いします!!」
「あいよ! ラーメンとチャーハンで980円ね! まいど!!」
ラーメンにチャーハンを付けて1000円を超えない価格設定。
シンプルながら決して質素ではなく、食べ終えた後に残る確かな満足感。
壮馬は「これは素晴らしい店を発見してしまった!」と確信する。
「今度、小岩井さんを誘ってみよう」とも思った。
そんなタイミングで震える壮馬のスマホ。
ラインのメッセージが届いており、確認すると日菜からであった。
『終業後にすみません。もしまだ帰っていなければ、うちに寄ってもらえませんか?』と表示されたスマホの画面を見て、壮馬は「持ち帰りで餃子を2人前お願いします!!」とラーメン屋の店主に願い出た。
◆◇◆◇◆◇◆◇
小岩井姉妹のマンションにも来慣れたものである。
壮馬は部屋番号を入力して、エントランスで待機している。
すぐに「はーい。どうぞー」と声がして、彼はマンションの内部へと招き入れたられた。
エレベーターに入れば、すぐに小岩井家が待っている。
「こんばんは! 夜分に失礼します! 沖田です!!」
「はーい。どうも、こんばんはー」
「あれ? おひとりですか?」
「そうなんですよー。お姉ちゃん、どこかに行っちゃいましてー」
「……なるほど! そういう事ですか!!」
「あはは、変な沖田さんですねー。さあさあ、入ってくださいー!」
制服姿の彼女は、壮馬を歓迎した。
トコトコとリビングの中央にあるソファへ彼をお招きする。
「ああ、これお土産です! 美味いラーメン屋さんを見つけまして! 今度、お二人もお連れしたいと思っています!」
「ほーう。それは楽しみですー。今、飲み物入れますねー」
「これはお気遣い、痛み入ります!!」
「いえいえー。お気になさらずー」
壮馬は冷蔵庫を開ける制服姿の彼女を見て、そろそろ頃合いだろうと判断した。
彼は言う。
「それで、どうして莉乃さんの制服を着ているんですか? 日菜さん」
「ふみゅっ!? え、や、ちが、わた、わたし、莉乃ですよー?」
壮馬は「なるほど!」と頷いて、何と言ったものかと次のセリフを探した。
見つからなかったので、ストレートを投げ込んだ。
「女子高生の姿もまだまだイケますね、日菜さん! 可愛いですよ!!」
「……ふぎゅ。……なんで分かったんですか」
これから、小岩井日菜さんによる釈明会見が始まります。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「おおー! 壮馬さんの持って来てくれた餃子、おいしーですね! お野菜多めなのは女子的にポイント高いですー!」
「本当ですね! あのお店、ラーメンもあっさり系でしたから、今度ご馳走しますよ!!」
「わぁー! 嬉しいですー! 壮馬さん、大人の人って感じですねー」
「いえいえ。とんでもない! 俺、まだまだ半人前ですから!!」
スウェット姿の莉乃と一緒に餃子の味見をする壮馬。
ソファの端っこには、小さく丸くなっている日菜がいた。
「それで、どうしたんですか? 急に制服姿になって。ああ、コスプレだ! 分かりますよ! 急に誰かに見せたくなったんですよね!!」
「ふふー。お姉ちゃん? 壮馬さんが聞いてるよー?」
「……うみゅ。……死にたい」
日菜がなにゆえこのような奇行に及んだのか。
それは、ひとえに乙女心の暴走によるものが原因だった。
(最近、莉乃が沖田先輩と仲良しだから! わたしが莉乃のふりしたら自然に話せると思ったのにぃ! なんで!? どうしてすぐにバレたの!? 沖田先輩、エスパーなの!?)
このような事情である。
自分が一番仲良しだと思っていた元先輩の後輩が、妹とやたら仲良さげなのでちょっとだけジェラシーを感じて、「普段のわたしじゃ上手く話せないから、莉乃に変身しよう!!」と愚考した次第。
「だからヤメよって言ったのにー。あたしの制服、サイズ合わなかったでしょー?」
「……着られたもん。……むしろ、胸とか余裕があったもん。……ふみゅ」
「よく似合っていましたよ! とても23歳には見えませんでした!!」
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「壮馬さん、意外とSなんですねー。今の追い打ちはなかなか鮮やかですー」
「いえ、俺は本心で言っていますよ! 23歳になって妹の制服を着ようと思ったその意気込みが素晴らしい! チャレンジ精神って大事だなと勉強させてもらいました!!」
その辺でヤメて差し上げろ。
それから日菜はトボトボと部屋の奥に引っ込んで行き、数分後にいつものスーツ姿になって帰って来た。
「あれ? どうしてスーツに着替えたんですか?」
「こ、これは、その、アレです。沖田くんが女子高生の制服に良くない気持ちを抱かないか、そーゆうアレを色々と調べるために、わたしは変身したのです」
「お姉ちゃーん? スーツに着替えた答えになってないよー?」
「ふ、ふぎゅ……。これは、えと、やっぱりわたしは沖田くんの前ではこの格好がいいかなと思って……」
壮馬は「日菜さん」と名前を呼んで、彼女の方へ向き直った。
そして、日菜の変身について総括する。
「俺は高校時代を思い出せて、なんか嬉しかったですよ! 日菜さんと放課後、部室で色んな話をしていた事が意外と鮮明にまだ残っていて! 楽しかったですね、あの頃も! 今度は俺たちの高校の制服着て下さいよ! まだ残ってます?」
莉乃が「壮馬さん、大人だー」とため息を漏らす。
天然系好青年とコミュ症系オタク女子が交わると、こんな感じの化学反応が起きる。
本日の教訓である。
「あ、あの、お、沖田くんは、その、女子高生の制服に興奮するタイプですか? それとも、女子高生の制服を着ている会社員に興奮するタイプですか?」
「お姉ちゃん……。もう今日はお風呂入って寝た方がいいよー」
後日、母校の制服を着た日菜が壮馬を出迎える事になるのだが、特に何も起きなかったとだけ付言しておく。
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