第226話 『無職パンチ』 ~説明不要の必殺技である~

 鉄人の言う『黒の暗殺拳ブラックアーツ』は、兄である黒助の戦闘データを解析したのち、「このくらいなら真似できるかしら!」と鉄人が自分用のアレンジを加えた戦闘スタイルである。

 ちなみに、黒助の戦闘スタイルを模倣するには、まずどこかで『最強の肉体』と言うレア素材をゲットする必要があり、その長く険しい道のりをチョイスするくらいならば、もっとお手軽にそれなりの強さを手に入れる方法は多くある。


 だが、春日鉄人は禁術により『最強の肉体・小盛』を獲得しており、時間制限のある身だが物理的パワーまで獲得するに至る。



 こうなると、春日兄弟だけで全ての敵を殲滅できる可能性が出てきた。



「さあ! 時間もないので、早速行きます!! とりゃあー!!」

「うぐっ! 気の抜けた掛け声からは想像もできない程……速いっ!!」


 まずは黒助お得意の『空を走るヤツヤベーヤツ』の応用で、地面と空気を同時に蹴る事によって驚異的な推進力を獲得するパワー系ニート。

 それを防いだゴンツもさすがだが、その超硬質を誇るボディからわずかながら破片が飛び散った。


「すごいし! きいてるしー!! 鉄人頑張れしー!! でも、夜戦の体力も残しておいて欲しいしー!!」

「たはー! もう、体がいくつあっても足りないなー!! 困っちゃう!!」


 ちなみに、セルフィさんは17歳。おのれ、ニートめ。


「では! 巻きで行きます!! このあと、もっと激しい運動するんで!!」


 おのれ、ニートめ。


「なんと言う……! まさか、この後にさらなるトレーニングを課すと言うのかい!? コルティオールの戦士、なんて勤勉なんだ……!!」


 ゴンツさんのピュアな視線に対して、何も感じないのか。ニート。


「よいしょー!! 肉体解放! 30パーセント!! うっわ! キツい!! 体バラバラになりそう!! 兄貴、やっぱりすごいなぁー! ちょっと出力下げまーす! 25……22……! あっ、これならギリいける!! 解放22パーセント!!」


 この細かいコントロールは鉄人にしかできない。

 黒助の細かい解放単位はスタートが「10」からであり、忙しい時は「1か100か」とか言い始める。


 「俺か、俺以外か。」みたいなものであり、これが春日黒助という生き方。

 そんな豪傑の兄とは別の道を選び、同じ高みに到達するのがこちらのニート。


「……肌で感じる! 凄まじいパワー!! だけどね、私もバーラトリンデの中では力自慢で通っているのだ!! そう易々とやられるわけにはいかない!! はぁぁぁ!! 『ダイヤモンド・アームドギア』!!」


 ゴンツは両腕を硬質化させ、極めて頑丈なグローブを構築。

 頑丈さは即ち攻撃力にもなり得るため、力と力の真っ向勝負の構図は崩れない。


「あれ!? ゴンツさん! もしかして、シンフォギア見てます!?」

「ん? いや、何のことか分からないけど」


「すごい! じゃあ、偶然なんですか!! あのですね、戦姫絶唱シンフォギアって言うアニメがあるんですけど! そこにアームドギアってのが出て来まして! キャラはみんな推せるし、女の子が可愛いのに展開は熱くて……!! ああ、ダメだ! 語り切れない!! ちょっとあとで見てもらえます? ガチでお勧めなんで! 長期シリーズですし、要塞生活の暇つぶしにはもってこいですよ!!」


 急にアニメについて語り始めるニート。

 アニオタも履修している鉄人は、「とりあえず関連するワードを耳にしたらそのアニメの布教活動をする」と言う、基本理念に則った生活をしている。



 それが例え、戦闘中で、しかもクライマックスの空気であったとしても。



「なるほど……! そのアニメに、君の強さの秘密が……!!」

「そうですね! 8割くらいは詰まってます!! 最初の方はウザいだけの博士が出て来るんですが、しばらく我慢してください!! そいつも最高に推せますから!!」


「……うん! 全て私のメモリーに記憶したよ!! 戦いの後が楽しみだ!!」


 鉱石生命体の機能はそんなためにある訳ではない。

 コルティさんはこの戦いも観戦中であり、なんだか哀しさと虚しさに襲われたと言う。


「では!! 今度こそ!! 行きますよ!! 僕の自慢の兄直伝の必殺拳をご覧に入れます!!」

「……受けて立つよ! コルティオールの戦士!!」


 ポンッと音がして、鉄人の筋肉が隆起した。

 セルフィは思った。


 「これまでマッスル系ってぶっちゃけキモいと思ってたけど。……なにこれ! すっごい興奮するし!! 力強く抱きしめられたいしぃー!!」と、心の底から。


 決着の時はすぐに訪れる。

 一撃で全てが決する、あのパンチを使うからである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 鉄人が地面を蹴って、右の拳に魔力を込める。

 オリジナルは圧倒的な物理で撃ち抜くが、そこは魔力で代用するのがこのニートの器用なところ。


「よいっしょー!!! 必殺のぉー!! 『無職ニートパンチ』!!!」



 割と最悪な名前の必殺拳が、唸りを上げた。



 ゴンツは硬質化させた両腕をクロスさせて、防御態勢を取る。

 だが、春日兄弟のフィニッシュブローは理屈と根拠と概念を吹き飛ばす。


「よいしょー!! 出力アップ!! よいしょ、よいしょぉー、よいっしょおぉぉー!!! 『無職ニート連打ピストンパンチ』!!!」

「ぐぁぁっ!! 信じられない……!! 創始者様から頂いた、バーラトリンデで最も硬い私の体が!! ……く、砕ける!!」


 バキバキバキと粉砕音を残して、ゴンツは後方に吹き飛ばされる。

 いつもなら遠くの山まで飛んで行って全てが終わるパターン。


 だが、ゴンツはラブラブベザルの外壁に体を打ち付けて、どうにか堪えて見せた。

 快挙であった。


「これは参ったよ。私の両腕が……。もう戦えないな……」


 だが、鉄人は追撃をしない。

 実は彼も魔力と肉体の限界が訪れていた。


「たはー。参ったなー。僕も時間切れです。腕が上がらないや。……ゴンツさん! この勝負、引き分けって事で!! 僕、帰ります!! セルフィちゃん! お願い!!」

「任せろし!! 彼氏の腕持って飛ぶとか、これはこれでなかなかありだし!!」


 ニートは引き際も美しい。

 トドメを刺せないと見るや、すぐに撤退の判断を下す。


 緊急脱出用にセルフィを温存し続けていた事もバッチリと活かされ、ニート軍師は偵察と敵の戦力ダウンと言う、2つの功績を土産に飛び去って行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 要塞の中では。


「うわぁ! ちょ、私のジョーカーばっか狙うな!! はぁー!? そこでアイテムはズルいだろ!! おい! ちょ、大魔王@ガチ推し! こんな時にもスパチャ連投してくんなって! えっ? ジョーカーはリーチの長い技と飛び道具でけん制するのが良い? なにこいつ! ちょー物知りじゃん!! おっけ! やってみるわ!! サンキュー、大魔王! 私、結構あんた好きになってきたわ!! って、おい! 他のヤツらも対抗意識燃やして色々投げてくんなって!! 盛り上がり過ぎだろ、お前ら!! あははっ!」


 謎のアカウント『大魔王@ガチ推し』によって、エメラルドのリュックさんは足止めを喰らっていた。

 恐らくだが、鉄人の戦いの邪魔をさせないために敢えてのスパチャ攻勢に打って出られたのだろう。


 さすが、全知全能の大魔王。

 お考えが実にクレバーでございますな。

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