第12話 涙の理由


 観覧車を降りると、二人で手をつなぎゆっくりと海岸を散歩する。


 ほんのりとする潮の香りがまだ肌寒い風に乗って俺達の周囲に漂っている。


 さっき乗った観覧車のネオンが海を照らしていた。

『ジャポンジャポン』とリズム良く岸壁に当たる波の音が聞こえる中、俺達は公園のベンチに腰を下ろした。


「寒い?」


「ううん、お兄ちゃんの手が温かいから平気」


「……そか」

 兄妹らしい付き合い方、まあ手を繋ぐのは問題無い。

 子供の頃、こうやって手を繋ぎ一緒に買い物に行ったことを思い出す。


 それにしても、さっきはどうかしていた。


 危うく妹とキスするところだったのだ。


 あのカップルがいなければ……そう思うと自分のやろうとしたことに思わずゾッとする。


 妹は目を閉じていたから恐らく俺が本当にキスしようとしていたかはわからない筈。


 でも俺は……や、ヤバい……思い出すだけで顔が火照る。


 このまま黙って海を眺めているだけだと、異変に気付かれると俺は何か話題を探した。


 そう言えばと思いだし、俺は再び妹から貰ったプレゼントを手にする。

 ちょっと気掛かりだったことがあったからだ。


「あ、あのさ、これってさあ、なんか見たことある気がするんだけど」

 手作りの布製のブックカバーをじっと見つめつつ俺は妹に聞いた。


「うん! 中学の時の制服」


「──へ?」


「私の制服を切って作ったの!」


「……そ、そうなんだ」


「3年間の私が詰まった生地で作ったの! まだ生地は一杯あるからどんどん使ってね、気に入ってくれたみたいだから、もっと作るね。でも、ああ、なんか……お兄ちゃんに私が使われているような気になる……うへへへへへへへ」


 両手で顔を押さえモジモジしながらそう言う妹、俺はこの時初めて感じた……妹の愛が重すぎることに……そして今後この重さが俺の枷になっていくのだった。



 俺と妹は暫く散策をし遅くならないように家に帰る。

 恋人ごっこかも知れないが、普通の恋人との大きな違いを実感する。


 同じ家に帰る事。でもそれのおかげで寂しい気分にならない。

 もし栞が他人で、本物恋人だったとしたら、俺は多分寂しい気分になっていただろう。


 妹と一緒に帰り、一緒にリビングに入る。


「あ、ケーキ」


「母さん用意してくれてたんだ」

 

「今日の夜勤はどうしても休めなくて、ごめんねって言ってた」


「仕方ないよ」

 母は看護婦、父はサラリーマン。

 数年前に買ったこの持ち家のせいか、それとも元々忙しいからか、父さんは殆んど家で見る事は無い……本当にいるのか? 疑問に思う程だ。

 まあ健康管理は看護婦の母さんがいるから大丈夫だと思うけど。


「大丈夫! 私がお父さんとお母さんの分もお兄ちゃんを祝ってあげるから」


「ああ、ありがと」

 呪ってあげるでなくて良かった。


 テーブルには、母さんが作ったケーキといくつかの料理置かれていた。

 とりあえず二人で制服から部屋着に着替え、再びキッチンに赴く。

 妹は予め準備されていた料理を手早く温め、さらにそれ以外の料理を作り始めた。

 俺もなにか手伝いたかったが「誕生日なんだから座ってて」と、言われ、そのままじっと妹の後ろ姿を眺める。


 妹はミニスカートにノースリーブのニットに着替えている。

 料理をしながらミニスカートの裾がヒラヒラと揺れ、その度に妹の真っ白い太ももがチラチラと見え隠れする。


 今日、あんなことがあったからだろうか? どうしても意識せざるを得ない。


 目の前にトントンと追加の料理が置かれ、いつもの夕飯よりも豪華な食事が完成した。


 エプロンを外し正面に座る笑顔の妹、俺達は勿論未成年なにでジュースで乾杯する。

 どんな高級料理でも、妹の、彼女の手作りに勝るものは無い。

 そう思ってしまう程、美味しい料理だった。


 今日はそこそこ歩いたせいもあってガツガツと料理を口に放り込む……いや、それもあるが多分俺は照れ臭いのだろう。


 こうやって、二人きりの誕生日祝いが照れ臭かったのだ。


 そして、そう意識すればする程、あの観覧車の中での事を思い出してしまう。


 でも今日はいい、今日くらいは良いだろ? 俺の誕生日くらいは……だってこんなにも幸せな気分にさせてい貰ってるんだから。

 今日くらいは本当の彼女だって思っても、罸は当たらないだろ?


 すべての料理を平らげると、妹はケーキの蝋燭に火を灯し部屋の明かりを消した。

「Happy birthday to you,Happy birthday to you,Happy birthday, dear お兄ちゃん,Happy birthday to you.」


 綺麗な発音でそして美しい歌声で妹はそう歌ってくれた。


 その歌い終わりタイミングで俺は一気に蝋燭の火を吹き消す。


 同時に周囲が暗くなりうっすら見えていた妹の顔がふと消えた瞬間、俺の中で感動とそして何故か悲しみが沸き上がる。


 暗闇の中妹が電気をつけ、俺は安堵した。

 かろうじて涙は堪えたけど、思わず自分が今泣きそうなっている事に驚いてしまう。


 その後はケーキを取り分け妹の入れてくれたコーヒーと一緒にケーキを食べ、俺の誕生日祝いは、二人きりの誕生日会は終わった。


 部屋に戻り妹から貰ったプレゼントのブックカバーを取り出し、今読んでいる本にセットしようとした時、ブックカバーの袋の部分に小さな紙が挟まれているのに気付いた。


 その丁寧かつ綺麗に折られている紙は、妹からの手紙だった。


『お兄ちゃん誕生日おめでとう、また一つ年上になったね、これを作ってる時、私はお兄ちゃんに告白する事を決めてました。もしかしたら、このプレゼントを受け取ってくれないかもと思いながら作っていました。怖かった、ずっと怖かった。でもお兄ちゃんは私を私の想いを全部受け止めてくれた、ありがとう、私を幸せにしてくれてありがとう、お兄ちゃんが私のお兄ちゃんで良かった。大好き

、な大大大好きなお兄ちゃんへ、栞』


「……」

 その手紙読んで、俺の目からさっき堪えた涙が溢れ出す。


 でも、俺はこの涙の理由がわからなかった。

 嬉しい、悲しい、寂しい、そのどれにも該当しなかったから。


 しかし、泣き終わる直前、俺はその答えにたどり着く。


 それは……『愛しい』だった。


 人は愛しくて泣けると、俺はこの時初めて知った。




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