第11話 明日一緒に
「ぐ、ぐえええ……し、栞、く、くるじい」
「お兄ちゃん、明日行きたい所があるんだけど?」
「わがっだ、どこでもいぐから、は、はなじで」
俺が妹の胸の感触を感じつつ、ついでに命の危険も感じつつ、妹の腕をタップする。こんな状況でしれっと要求してくる妹に若干の恐怖を感じた。
「行くってどこに行くんだ? 明日は学校だろ? サボるのか?」
「ううん、学校終わってからでいいよ、あのね観覧車に乗りたいんだ」
「観覧車?」
「そ!」
俺と付き合う事になり、少し我が儘というか、欲望に忠実になりつつある妹、でもやはりこれも寂しさから来てるんだろうなと、俺はそう思った。
兄として、忙しい両親の代わりを努めなければいけない、大事な妹の為に、愛する妹をこれ以上泣かせない為に。
◈
そして翌日の放課後、俺は妹と一緒に学校を出た。
「今日友達とは大丈夫なのか?」
「うん、今日はお兄ちゃんとお出掛け~~って言ったら皆、いいなあって、えへへへへへ」
いや、それは俺と出かける事がいいなと言ったわけではなく、栞と出掛けられる俺に対して言ったのでは?
妹と向かう先は都内の臨海沿いにある観覧車だ。運転手のいない交通システムに乗り、二人で埋め立て地に向かう。
「お兄ちゃん、ゆりかもめ初めて乗るね、あ、レインボーブリッジ綺麗、うわあああ、お台場が見えるよ、あ。あれ、あれに乗るんだよお兄ちゃん!」
窓の外を眺め子供の様にはしゃぐ妹……そして俺の配慮は全て無駄に……。
お台場で降りると暫く二人でウインドショッピングを楽しむ。
昭和の町の様なお店に入り二人でたこ焼きを食べたりしながら時間を潰す。
「お兄ちゃん、あーーん」
「いや、たこ焼きであーーんは危険過ぎるだろ?」
制服姿でイチャイチャする俺達を周囲は爆発しろ的な目で見ていた。
主に俺を……。
ここでは誰も俺達二人を兄妹とは思わないだろう。
つまり周囲から見れば美女と野獣ならぬ、美女と普通の不釣り合いカップル。
俺はそんな事を考えながら、たこ焼きをハフハフして食べる妹を見てふと思った。
もし俺達が兄妹ではなかったら……。
妹は寂しさを紛らわす為に俺に好きだと言った。と、俺はそう思っている。
つまりは兄妹だから、そんな勘違いな感情が芽生えてしまったのだろう。
じゃあ、兄妹じゃなかったら……俺は栞に近付く事も、気付いて貰う事もなかったんじゃないかって、いや、間違いなく俺達は出会う事はなかった。
そう思うと、俺にも寂しさが込み上げてくる。
何度も言うが妹に対して恋愛感情はない。でも、それでも大好きだって、妹の為なら死んでもいいと思ってる程、俺は妹の事を愛しているのだ。
妹の為ならなんだって出来る。妹の、為、ならだ。
妹の為に、妹に将来の、未来の為にならない事は絶対にしたくない。
それだけは心の中で誓っている。
間違いなんて絶対に犯さないって事だけは誓って言える。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「ソース付いてるよ」
妹はそう言うと俺の唇の横を指で拭き取り、それをペロっと舐めた……。
…………ち、誓って……間違いは犯さないと……誓って……あがががが。
「そろそろ行こうか?!」
固まっている俺の手を掴み、妹と一緒に店を出る。
外に出ると辺りはうっすらと暗く、正面に見える観覧車のネオンは快幾何学模様を描き煌々と辺りを照らし初めていた。
「わあああ綺麗~~」
俺の手を引き遊歩道を歩く妹、その嬉しそうな笑顔に多分俺は魅了され初めていたのだろう。
そう……俺はこの時少しだけ勘違いをしていた。
さっきあれだけ誓うと言っておきながら、俺は栞が本当の彼女だって……そう勘違いをしていたのだと思う……たぶん。
観覧車乗り場に着くと栞はチケット売り場で俺に言った。
「今日は私が誘ったんだから全部出すよ」
そう言われたが兄として「せめて割り勘で」……と言ったが栞は自分が出すと言い張り全く折れない、俺は何事かと思うが今日は仕方なく甘える事にした。
平日とあって観覧車は空いている。
俺たちは係員指示の下観覧車に乗り込んだ。
俺の正面に妹が座る。妹は外を嬉しそうに眺めていた。
ゴンドラはゆっくりと高さを増してゆき次第にお台場の全景が見えて来る。
観覧車のネオンの明かりが栞を照らす。色とりどりの幻想的な明かりがゴンドラ内を照らし出す。
満足そうな栞の顔を見て俺は思わず聞いた。
「そんなに乗りたかったのか?」
俺がそう聞くと、妹は俺を見てニッコリと笑う。
「お兄ちゃんと乗るのが夢だったから……」
「そんなの言ってくれれば」
「ううん、違うの、正確には……恋人と乗るのが夢だった、恋人になったお兄ちゃんと乗るのが夢だったの」
「……そか」
俺はそう言って満足そうな栞の顔を慈しむ様に見た。
可愛い……栞はとにかく可愛い……。
すると栞は突然持っていた鞄から何かを取り出す。
そして満面の笑みで俺に向かって言った。
「お兄ちゃん、誕生日おめでとう」
そう言って俺に可愛らしい包みを手渡した。
「…………ああ! そうか!」
「忘れてたでしょ?」
「すっかりと……」
毎年家族以外から祝われた事は無いので、家族の、今は主に妹が言ってくれなければ思い出す事はない。
そうか、だからあんなにもここのお金を払うと言い張ったのか。
「あけていい?」
「うん、いいよ」
綺麗包みを丁寧に開けると、そこには布製のブックカバーが入っていた。
「おお、すげえ、ありがとう」
恐らく栞の手作りと思われる。
趣味読書の俺にとって最高の贈り物だ。
俺はそう笑顔でお礼を言うと、栞は俺に向かって恥ずかしそうに言った。
「あ、あのね、隣に座っていいかな?」
「も、勿論」
そう言うと栞は立ち上がり俺の横に座る。
その拍子に載っていたゴンドラが少し揺れ傾いた。
「きゃ!」
「おっと」
その勢いで、栞は俺に抱き着く。
ゆっくりと揺れるゴンドラ、そしてそろそろ頂点に差し掛かる位置。
窓の外には美しい夜景が広がっている。
今まさに最高のシチュエーション。
「お、お兄ちゃん……」
そんな中で栞は俺を見つめ、そしてゆっくりと目を瞑った。
「し、栞……」
しないよ、といつもの様に言わなくてはと思うも、俺の身体は、心は違う反応をしていた。
ゆっくりと栞の顔が近付く。
今まで見た事のない近さに栞の顔が……。
いや、近付いているのは俺の方だ、そう気付くも何故か俺の身体が、顔が、勝手にどんどん近付いていく。
駄目だ、俺たちは兄妹なんだから……。
そう思うも心のどこかで、いや恋人だろ? という思いが俺を突き動かしていた。
あと数センチ、もう駄目だ。
そう思ったその時、目の前の俺たちの一つ前のゴンドラがぐらりと動いた。
視線が栞から前のゴンドラに移る。そこには金色に輝く髪の派手な女性がイケメンの男と抱擁していた。
しかも抱擁しながらその女性はこっちをじっと見つめている。
さすがに人に見られてキスをする趣味はない。
いや、それよりも、そのおかげで俺はなにをしようとしていたんだと我にかえった。
そんな俺達に対抗するかの様に前のゴンドラはグラグラと揺れ始めた。
「お兄ちゃん、はやくうう」
「いや、しないから」
「えええええええええ!」
「い、いや……そ、そんな事より」
目を開けた妹に前を見ろと顎で促す。
「うわーーーーいいなあぁ」
前でイチャイチャするカップルを見た妹は、ため息混じりにそう呟いた。
「いや良いなじゃねえよ、さすがにあれは……」
俺がそう言うや否や二人はさらに激しく……。
「ふわ、ふわあああああ」
「栞、あんなの見ちゃ駄目です!」
そう言って妹の目を隠す。
教育上良くありません!
「えええええええ! お、お兄ちゃん! けーーしーーきーーもーーみーーえーーなーーいいいいいよおおおお!」
俺に目を隠され妹がいやいやと首を振るが、あんな物を見せてはいけないと俺は必死に妹の目を押さえ続けた。
結局半分しか景色を楽しめなかった観覧車……俺達がゴンドラを降りた時には、既に前にいた金髪とイケメンの二人の姿はそこにはなかった。
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