第1話 妹に突然告白されたんだが?
俺には年子の妹がいる。
ずっと同じ学校に通い続けている為に、周囲から「双子? 似てないね?」と、苦笑混じりに毎回そう言われる。
俺の妹は、美しいロングの黒髪、透き通る様な肌、大きな瞳、コロコロと変わる表情はどんな時も愛くるしい。
さらには細くて長い手足、少し小ぶりだが整ったバスト、括れたウエスト、引き締まったヒップ……さらには運動神経抜群で、成績は常にトップ……学校内ではない学区、市町村、いや、恐らくは全国クラス……。
更には更には、友達100人出きるかな? どころでは無い超絶コミュニケーションの持ち主、その数は検討もつかない。
恐らく妹が本気になって周囲に広めれば、誰でも市長くらいには余裕でなれるだろうと言われる……いや、その殆どの友達に選挙権は無いんだけど。
しかし、しかしだ、妹の友人は妹の為ならなんでもするという輩ばかりなので選挙権なんぞなくっても……ってそんな事はどうでも良い……。
とにかくそんな超人級の出来る妹に対して……俺はというと取り柄も何も無いごく普通の男子……隠された能力なぞ無く勿論爪も隠していない……
俺達は本当の意味で優等生と劣等生の兄妹なのだ。
そんな兄妹が同じ学年にいれば周囲は疑問に思う。
義理の兄妹じゃないのか? って……そしてクラス替え入学式、妹をよく知る人物からのそんな疑問に毎回俺は同じセリフを吐き続ける「双子じゃなく年子なんだ……」
妹は学校一、いや近所も含めかなりの有名人なのだが、俺は誰にも知られていない。
友達も妹の百分の一以下、いや、盛ったよ少しな……一桁くらい……。
なので毎回毎回そう聞かれ、そう言い続けていた。
いた、のだが、夏休み明け母から妹は県内トップの高校に入ると聞き、俺はそっと胸を撫で下ろした。
ようやく比べれべられなくなる……ようやくあのセリフを吐かなくて済むって。
しかし俺のそんな思いは儚く散った。
「お兄ちゃん私もやっぱりお兄ちゃんと同じ学校に通う事にするから」
「……は?」
「やっぱり近い学校の方が良いし~~」
そんな軽い理由でまた同じ学校に通う事になった……なってしまった。
長谷見 祐が俺の名前、特技は特に無い、趣味は読書、人付き合いは苦手の為に友達は少ない……決していないわけじゃ無いんだからね、勘違いしないでよね!
小さい頃はサッカーをやっていたが当時友人だった俺の相棒の才能を見てプロになる夢は早々に諦めた。
そして高校入学を間近にしている今、俺は出来るだけ平穏な暮らしを望んでいる。
ゆっくりと本を読む平穏で普通の高校生活を送りたい……出来れば彼女なんて居れば最高だけど……、まあ無理か……なんて諦め半分にそう思っていた。
しかしそれは入学式前日に脆くも崩れてしまう事になる。
俺の妹の名は栞、幼い頃は俺にベッタリだった妹は思春期を迎えると同時に俺から距離を置く様になった。
まあ、どこの家庭でもある現実だ。
とはいえ、別に仲が悪いわけでは無い。
誕生日にはプレゼントを貰い、バレンタインでは義理チョコを貰う。
当然朝の挨拶もするし、一緒に食事もする。
でもそれだけだ。
朝「お兄ちゃん起きて」なんて優しく起こされる事も無ければ「キモいから近寄んな、サル」的な事を言われる事もない。
ごく普通のありふれたその辺に腐るほどいるそんな兄妹だった……そうだったとそれは過去形になった……なってしまう。
そう……それは入学式前日だった。
高校入学前日、全て準備を終え俺は少しの期待と、かなりの不安を抱えつつそろそろ寝ようかと思ったその時、俺の部屋の扉をノックする者が現れる。
親父もお袋もまだ帰って来ていない。
「はい?」
俺がそう言うと少しの間の後にゆっくりと扉が開いた。
当然ノックの主は妹だった。
妹は何故か風呂上がりなのにパジャマ姿ではなく、私服を着ている。
しかも部屋着等ではなく、まだ春だと言うのに薄手の可愛らしいシャツにミニスカート姿だった。
「お、お兄ちゃん……ちょっと良いかな?」
「ああ、うん」
緊張した面持ちで俺に向かってそう言う妹、風呂上がりのせいなのか頬がほんのりと赤く、眠いのか目がうるうるとしていた。
兄妹だからなのか、ずっと一緒にいたからか、以心伝心宜しく、妹から緊張感が伝わってくる。
明日は入学式、主席入学のプレッシャーなのだろうか? いやいや、そんな柔な妹では無い。
じゃあ一体この伝わってくる緊張感はなんなのだろうか、俺はじっと妹を見つめ言葉を待った。
「あ、あの……あのね……」
いつもは何でもハキハキと話す妹。その様子はまるで中学生の女子が好きな人に告白するかの様だった。
「どした?」
一体何の用なのだろうか? 俺は少し心配になる。
何でも出来る妹、俺の助けなんて必要無い。そう思っていたが、妹の表情は今にも泣き出しそうで、どんよりと淀んだ夏の空の様だった。
夏の空は雷雨を運んで来る……。
なんでも出来る妹、優等生の妹、妹の存在は俺に劣等感を抱かせる。
だからと言って妹なんていなくていい何て事を思った事は無い。
妹は、栞はずっと一緒に暮らしてきた家族、俺の愛する家族なのだ。
そんな妹がこんなに困っている顔で俺を訪ねてきたんだ。 俺は兄として愛する妹を助けたい。
そう……妹にどう思われていようとも、嫌われていようとも、俺は兄貴なんだ、栞の兄貴なんだ、それは紛れも無い事実。
そんな悩んでいる妹の助けになりたい。 少しでも力になりたい。
「なんでも言ってくれ、栞の為ならなんでもするよ」
仮にこの命をくれと言われたら俺はそうする覚悟で栞に向かってそう言った。
俺の言葉を聞くと栞は一度うつ向き、目を強く瞑った。そして決心したかの様に顔を上げると、俺に向かって強い口調で言った。
「お、お兄ちゃん! お兄ちゃんが好きです! ずっと、ずっと好きでした! わ、私と付き合ってください!!」
その予想もしていない言葉に俺は一瞬冗談かと思った。 しかしエイプリルフールはとっくに過ぎている。
妹の顔は真剣そのものだった。こぶしに爪の跡が付くくらい手を強く握りしめ、顔は紅潮し目には一杯に涙を浮かべていた。
「え? え? ええええ?!」
晴天の霹靂、震天動地、天変地異、心慌意乱、阿鼻叫喚、そんな言葉で俺の頭の中が埋め尽くされていく。
え? えっと……どうすればいい? こんな時はどう返事をすれば良いんだ? こんな事学校でも教わった事は無い。
俺にとって初の告白……、妹は本気なのか? なんと言えば、なんと答えればいいのか、俺はパニックに陥る。
すると妹はそんな俺の様子を見ると、慌て始める。
「え、えっと、その、何て言うか……」
「ほ、本気……で言ってる?」
「も、勿論です!」
「いや、でも……お、俺達が兄妹ってのは知ってるよな?」
「ももも、勿論です!」
「兄妹は結婚出来ないってのは知ってるよな?」
「もももも、勿論です!!」
妹の目がぐるぐると回り始める。
俺同様パニックに陥っている様だった。
「い、いやどう考えても無理だろ?」
そうだよ、どう考えても兄妹で付き合うとか……無理でしょ? 無理だよね?
「ででで、でもでも、ほら、お兄ちゃんの持っている本の中に兄妹で付き合っちゃう奴あったじゃない?!」
「俺の本で?」
あったか? どの本だ?
「あのあの……兄妹で、その……エッチな事をしちゃう奴が」
「は? ええ? ちちちち違うあれは雑誌の一部で俺は読んでいなくてって、ななな何で知ってる?!」
隠しているのに、そういう系は全部マットレスの下に隠してあるのに!
「あ、あのね、重く考えないで、えっと、その……そうお試しっていうか、あ、そうエッチな本の様な、性欲の捌け口的な」
「ば、バカ言うな!」
俺は思わず妹を怒鳴りつけてしまう。
「……ご、ごめんなさい……」
「いや、大きな声を出してごめん」
妹が本心で言ってない事はわかっている。パニックになってつい言ってしまったのだろう。
「ご、ごめん……なさい……」
俺に怒鳴られ我に帰った妹は、ポロポロと涙を溢し始める。
そして妹を泣かしてしまった罪悪感からなのか、俺はその場で直ぐに断る事が出来なかった。
「…………ちょ、ちょっと考えさせてくれ」
「──うん、わかった、ごめんね、突然こんな事言って。お兄ちゃんが困るのも無理ないよね……でも……でも、私……本気だから!」
そう言って妹はポロポロ涙を零しながら俺に背を向け部屋を後にした。
俺は追いかける事も、声をかける事もできずに、ただただその場で呆然と立ち尽くしていた。
部屋には俺の為に付けたと思われる妹の香水の香りが僅かに漂っていた。
そして何時間が過ぎたか……ようやく俺は落ち着きを取り戻す。
「マジか……」
ベッドに倒れこみ妹の言葉を反芻する。
どう考えても本気の告白だった。
女子から告白されるのは初めての経験だ。いや、別に男子からもされた事ないが。
とにかく初めての告白がまさかの実の妹からだとは……。
そして、俺は自分を恥じた。妹の為なら死んでもいいと言っていた自分を。
あんなに不安そうな妹に涙を流す妹に、俺は何もしてやれなかった。なんの言葉もかけてやれなかった。
告白の衝撃よりも、今、俺はその事を、妹に何も言ってやれなかった事を後悔していた。
かと言って、なんと返せば良いのか……栞になんと言ってやれば良いのか、未だ見当もつかない。
一体いつからなんだ? 妹はずっと前からと言っていた。
俺と妹は普通の、こく普通の兄妹じゃなかったのか?
いくら考えても思い当たる節は……いや、それは俺が鈍いだけなのか?
よく考えればバレンタインのチョコは手作りだった。誕生日プレゼントもその辺で買ってくる物ではなかった。
「勝手に普通だって思い込んでいたのは、俺だけなのか……」
どうすれば、本当にどうすればいいのだろうか……答えの出ない問題を出された気分に俺は混沌の闇に飲まれて行く様な、そんな感覚に襲われていた。
***
翌日、俺はいつもの様に起き、真新しい制服に着替え部屋を出た。
「ううう……寝たんだか寝てないんだかわからん」
眠い目をこすり俺の部屋の隣の妹の部屋をチラリと見る。
妹は大丈夫だろうか? 心配が募る。
部屋の前で立ち止まりノックをしようとするも、なんと言っていいか、そもそもどんな顔で会えばいいのかわからず、俺はノック出来ないまま、階段を下りてキッチンに向かった。
「あ、お兄ちゃんお早う~~」
キッチンに入ると、いつもより若干テンション高めの妹が俺の顔を見るなり元気に挨拶をしてくる。
「……あ、うんおはよ」
昨日の事は微塵も感じさせず挨拶をしてくる妹に俺は驚きを隠せないでいた。
「あら早いのね」
キッチンには真新しい制服姿でパンを噛る妹と、朝の情報番組見つつだらだらとコーヒーを飲む母さんが座っている。
サラリーマンの父が数年前にかなり無理して買った都内の一軒家。
俺達が中学に進学すると母親も看護婦の仕事に復帰し、今は二人とも深夜遅くまで、時には夜勤もして働いてくれている。
「ごめんねえ、あんた達の入学式なのに、今日はどうしても日勤で出ないといけなくて」
「今日も遅いの?」
「そうなのよお、はあ、もう行かないと」
「大丈夫だとお母さん、そもそも高校の入学式に親が来る事無いよ、ね? お兄ちゃん」
「あ、うん、俺……達は大丈夫だから、倒れんなよ」
「ありがとね、じゃあ行ってくる……、あ、祐、栞入学おめでとう」
「「ありがとう行ってらっしゃい」」
俺と栞は声を揃えて母を見送る。
いつも通りの日常、いつも通りの朝……しかし俺にはそれが不思議だった。
昨日あんな事があったのに、いつも通りなのだ。
俺を見て顔を赤らめる事も無い、いつも通りの妹の姿だった。
あれは、あの告白は夢だったのでは、と俺の中にそんな疑惑が沸き起こる。
しかし、母親がいなくなると妹の様子が途端に変わった。
よく見ると僅かに目が赤い。
「えっと……お兄ちゃんごめんね……昨日の事は、気にしないで」
妹はそういうと、牛乳を一気に飲み干し鞄を手にする。
「えっと先に行くね」
妹はそういうと足早にキッチンから出ていく。
俺はそれを黙って見送る事しか出来ないでいた。
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