閑話3 無慈悲な順位争い ~諒太郎、中学時代の話~

 塾のメインエントランスにある掲示板に、でかでかと今回のテストの順位が貼りだされている。そこに群がっている生徒の中に、諒太郎とウヨもいた。


「今回もウヨが学年一位かぁ。やっぱすげぇなぁ。学校のテストでも一位だったじゃん」


 諒太郎とウヨ葉だけじゃなく中学だけでなく、通っている塾も同じだ。


「ウタは残念。今回は三位だな。神薙に負けてるじゃん」


 にやにやと笑うウヨから指摘される。


「うるせぇ。あいつ絶対カンニングしたんだよ」


「してませんー。負けたやつがなに言っても遠吠えにしかならないからね」


 諒太郎の肩を後ろから小突いたのは、今回のテストで二位だった神薙花火だ。鋭い目にベリーショートの髪が特徴の女の子。コスプレが趣味で、ウィッグを被るから短い方がなにかと便利なのだそうだ。


 諒太郎を挟むようにしてウヨと神薙が立ち、改めて三人でテストの順位を眺める。


「でも、三点差」


 神薙が名前の下に書いてある総得点数を見ながら呟く。今回、ウヨが500点満点で一位、神薙は497点の二位、諒太郎は495点の三位だ。


「……じゃないのよね」


 神薙が本当に小さな声でつけ加えたのをウタは聞き逃さなかった。ウタのさらに隣にいたウヨには聞こえていないと思う。


 ちなみに、神薙は別の中学に通っていて、そこでは学年一位らしい。


 それから、三人で他愛もない話をしていると、ウヨは背伸びをしながらこう言った。


「そういや今日、大剣女子戦記たいけんじょしせんきの新刊出るじゃん。ウタ、帰り本屋よっていい?」


「いいけど、そんなに面白いのか、あれ」


 諒太郎はなんの気なしに聞く。


 大剣女子戦記。


 ウヨの口からよく出てくるけど、諒太郎は一度も読んだことがない。


「だから何度も言ってるじゃん。面白いって。なぁ、神薙」


 ウヨが神薙に話を振った。


「そうね。私もコスプレするくらいには好きだけど」


「ってか、よく見たら神薙って武藤乱菊むとうらんぎくに似てないか? その目とか。うん、似てる似てる」


 ウヨが神薙の顔をまじまじと見ながら何度もうなずく。


「ちょっと、人の顔じろじろ見ないでよ。でも、まさにそう。その武藤乱菊のコスプレをしてるの、私」


「じゃあ一回見せてよ」


「やだよ。恥ずかしいじゃん」


 神薙がウヨを一度睨んでからそっぽを向くと、ウヨは「そっかぁ」と不服そうに諒太郎を見た。


「じゃあしょうがない。代わりにウタを武藤乱菊に女装させて、それで妥協するか」


「妥協ってなんだよ」


 諒太郎がツッコむと、神薙が露骨に顔を歪めた。


「泰道くんが女装? ……うぇぇ」


「吐くなよ。ってか俺を女装させるくらいなら、ウヨが自分で女装して鏡見て自家発電しろよ」


「はぁーあ。やだやだ。男子中学生ってすぐ下に走るんだから」


 神薙はこめかみを抑えた後、期待を込めた目でウヨを見た。


「でも近藤くんは似合うかもね。もし近藤くんが女装するなら、須藤蘭子すどうらんこだったらメイクとかやってあげられるかも」


「マジ? 俺、須藤蘭子、大好きなんだよね。自分を決して曲げないから」


「わかるそれ。かっこいいよねぇ。乱菊が恋するのもうなずけるよ」


「え?」


 不思議に思った諒太郎が割り込む。


「乱菊って女なんじゃねぇの? 神薙がコスプレするってさっき」


「だからなに? 同性同士だったらいけないの?」


 即座に神薙に詰め寄られる。


「そうだぜ。女同士でなにが悪い。むしろ尊いまである。異性だけしか認めないなんて、現実的にももう古いぞ」


 ウヨも神薙に続く。


 二人に正論で非難されたように感じて、そういうわけじゃねぇからと言いわけがどんどん口から出ていく。


「いやちょっと驚いただけだって。別にダメとは言ってねぇだろ。魚がぴちぴち跳ねる様子にしか性的興奮を抱けない人がいるってニュースで見たことあるし、俺はそれを受け入れる度量だってあるし。ってか多様性の時代真っただ中にそんな同性愛程度で」


「なるほどぉ」


 そう呟いたウヨが神薙と顔を見合わせ、にやりと笑う。


「つまりウタは百合が好きってことか」


「え? 泰道くんそうだったの? それを早く言いなさいよ」


「お前らはめやがったな!」


 抵抗も虚しく、諒太郎はそれから長々と、二人の百合小説談義を聞かされるのだった。

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