第7話 見てほしいの
翌日の放課後。
諒太郎は図書準備室にいた。《放課後、図書準備室に来てください》と、一昨日と同じように手紙で聖澤に呼び出されたのだ。
「ごめんね。また、こんな感じで呼び出して」
聖澤は本当に申しわけなさそうにしている。また、こんな感じ……って、ああ、教室で声をかけられなかったことか。そういや今回も宛名、書かれてなかったな。
「別にいいって。気にすんな」
諒太郎は、自分が原因で聖澤のクラスでの立ち位置が崩れる方が面倒だと思っている。でも、いちいちこうやって手紙でやり取りするのも、それはそれで面倒だ。
「ってかさ、連絡先交換しとこうぜ。それで全部解決だろ」
「え……れんら、く」
聖澤が目を大きく見開く。
「いや、なんでそんな驚いてんの? もしかして、お前の友達の中に人のスマホを勝手にのぞく趣味のやつでもいんの? それで俺の連絡先があったら困るとか?」
「そうじゃなくて。えっと……ははは、そうだよね。最初からそうしとけばよかったんだよね」
苦笑いを浮かべた聖澤の目に、残念という感情が混じっているように見えた。
え、どういうこと?
「ま、連絡先教えるのが嫌なら別にいいけど」
「あ! 違う違う。そうじゃなくて!」
聖澤が前のめりに否定する。
「そういうんじゃなくて、連絡先を教えるのは別に大歓迎なんだけど、その……」
「その……?」
追及すると、聖澤は目を伏せて、手を体の前でもじもじと動かし始めた。
「なんていうか、この図書準備室での密会がなくなるんじゃないかって、そう思って」
「は?」
「だからその、連絡先交換したら、やりとりがスマホを通してだけになるんじゃないかって。それじゃ味気ないっていうか、危険を冒してまで、ここで、会う必要が……」
発言の後半になるにつれて、聖澤の顔がどんどん赤くなっていく。
「つまり私が言いたいのはね! 泰道くんとこうして対面で話す機会がなくなるんじゃないかってこと。だって私もう泰道くんに悩みのこと言っちゃったし。それで相談を続けたいっていうか」
顔をゆでだこみたいに真っ赤にして、なにを真剣に語ってんだこいつは。
こっちまで恥ずかしくなるじゃねぇか。
「いや、別に交換したって、こうしてここで待ち合わせして話せばいいだろ。なにを変な不安抱いてんだよ」
「そ、そうだよね。あああ、ありがとう。そそそれじゃあ交換しようか」
慌てふためいたままの聖澤と連絡先を交換する。聖澤の緊張が諒太郎にも伝わって、QRコードを読み取るだけなのに三回も失敗した。
「それと、昨日のことでありがとうって言いたいなら、もう気にしなくていいから」
聖澤とのトーク画面に《泰道です》と入力しながらそう言うと、「え?」という声とともに、トーク画面に《ひじりさ》という中途半端な文字が現れる。
「なんで、私がやろうとしたこと知ってるの?」
「いや、普通わかるだろ」
「もしかして泰道くん、人の心が読めるの?」
「そんな特殊能力あったら、とっくの昔に高校やめてタレントになってるよ」
本当に、そんな力があればよかった。
そうすれば、きっとウヨを救えた。
――それで本当に救えたのか?
「じゃあ、どうしてわかったの?」
「お前の律義な性格を考えたら誰でもわかるよ。だからもう感謝とか謝罪はいいから。こっぱずかしい」
「それはだめ」
聖澤に、強い意志のこもった目を向けられる。
「だって、これは私の気持ちの問題だから」
「……まあ、それで気が済むんなら」
真剣な顔でそこまで言われたら、受け入れざるを得ない。ほんとこいつ、生きにくい性格してんなぁ。真面目というか、他人を気遣いすぎというか。そういう性格の人が生きにくい世の中の方が問題なんだけど。
「泰道くん」
諒太郎の前に立った聖澤が、深々と頭を下げた。
「昨日はありがとう。もしあそこに泰道くんが来てくれなかったら、私、風間くんの告白を断われなかった。強引さに負けて、自分の意見を言えないで他人に合わせて、周りも祝福するだろうからって、後からこれでよかったんだって理由つけて納得したかもしれない。私ってさ、他人の願望に寄り添って、さもそれを自分が望んだかのように生きるのがすごく上手くなっちゃって」
言い終えた聖澤が困ったように笑う。
「そんな風に笑うなよ。あれはあの男が百悪いんだ。お前はなんにも悪くねぇ」
「でも、また泰道くんだけを悪者にした。自分が断れなかっただけなのに。しかも泰道くんに言われるまで無自覚だった」
諒太郎は思い出す。
そういえば、演技とはいえそんなことを言ってしまったんだったか。
「あれは本気で思ってることじゃねぇって。俺が勝手に出しゃばっただけだ」
「でも正論だった」
「俺は、誰かが無理して生きてるのを見るのが嫌いなだけだ。こうあるべきだ、こうがいいだろう、って他人が誰かになにかを押しつけるのが、とにかく嫌いなんだ」
ウヨみたいな人間をもう二度と、少なくとも自分の手が届く範囲の中では出したくない。
「それに、俺はお前に頼られて嬉しかったんだよ。人から頼られたのは久しぶりだったから」
最後にそうつけ加えてしまった理由は、少しでも聖澤の中から申しわけなさを消したかったからだ。
「嬉しい……頼られて…………。そ……っか」
聖澤がなにやらぶつぶつとつぶやいている。
胸に手を当てて、目を閉じて、深くうなずく。
「そういうことか。私、もう頼ってたんだ。いつのまにか泰道くんのこと、信用してたんだ」
ってか相談を続けたいって自分で言ってたじゃん、と続けた聖澤は、今度は腹を抱えて笑い始めた。
「あー、なんであんなにためらってたんだろう」
なにこいつ。
諒太郎は少し恐怖を抱いた。
いきなり情緒不安定ってどういうこと?
「どうした? いったん落ち着けって」
「ねぇ、泰道くん」
聖澤に言葉を遮られる。彼女はいじらしく諒太郎を見つめた後、腕を体の後ろで組んで扉の方へおもむろに歩いていく。
「泰道くんに、また相談事してもいい?」
彼女はきちんと扉に鍵がかかっているか確認してから、扉に背中を預けた。
「また相談事って、俺は便利屋じゃねぇんだぞ」
「さっきは私に頼られて嬉しかったって言ったじゃん」
「それとこれとは話は別だ」
「お願い」
聖澤の声に突然宿った必死さに、諒太郎は面食らう。
彼女の大きな瞳の奥にある恐怖と目が合っていると思った。
「泰道くんにだから相談したいの。話を聞いてくれるだけでもいいから」
「……しょうがねぇなぁ」
そう言わざるを得なかった。聖澤のこと責められねぇなぁと、諒太郎は心の中で笑う。俺だって、その場の雰囲気に流されて、聖澤にノーって言えてねぇ。
「ありがとう。よかった」
儚げに笑った聖澤が一歩前に出て、セーラー服の裾を両手でぎゅっと握る。
「実はね、私の、お腹を見てほしいの」
「え?」
その言葉の衝撃にやられ、諒太郎は固まってしまった。
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