第38話 第3章最終話 夏は夜がいい。月が綺麗だから

「花火大会に行こう!」


「はぁ、正気? あんたとそんなの言ったら私ファンの子に

血祭りにされるわ。

ってかそもそもこんな状況で花火大会なんてあるの?」


夏美と剣也はテント越しに会話している。

剣也はまるで独り言のようだが、仕方ない。


女性と二人でいるところなんかパパラッチされたら

それこそ夏美が全国区になってしまう。


「あぁ、ある。

こんな時だから何回もできないけど、だからこそ本来予定されてた花火を

一日で打ち上げるそうだ。

こんな時だからこそあげるべきだって強い思いがあるらしい。」


「そう。

楽しそう。 そりゃいきたいけどさっきも言ったけどあんたといったら

取り巻きが、」


「任せろ。 変装する。

仮装用の眼鏡と付鼻が家の押し入れにあるんでな。

それを使う。」


「あんた、そんな恰好で私の隣歩く気?」


「だ、だめか? これぐらいしかなくて

これも親父が昔誕生日の時に使ってくれたやつなんだが。」


「ぷっ、もう!

いいわよ、それで。

はぁ、初めての男子のと花火大会がそんな変質者と一緒とはね。」



「す、すまない。」


「ふふっ、いいわよ。

誘ってくれたことの方がうれしい。」


「夏美!」

剣也は歓喜の叫びをあげる。

好きな子と花火大会 これほどテンションの上がる行事も少ないだろう。


「浴衣着たいなー

家のタンス探せばあるんだろうけど、さすがに大変だな。」

夏美の家は倒壊している。といってもある程度撤去も済んできたので

危険ではないのだが、それでも瓦礫の山からタンスを探すのは大変だろう。


「任せなさい!」

「着付けはママがするわ!」


「な、父さん! 母さん!」

そこにはバカ夫婦が剣也の後ろで仁王立ちしていた。


「花火大会に行くんだろう?

なら父さんと母さんに任せなさい。

夏美ちゃんは娘みたいなものだからな。これぐらい親が人肌ぬがなくてどうする。

もしかしたら本当の娘になるかもだしな」

そういって親父は俺にウィンクしてきた。気色悪いからやめてほしい。


「おじさん、おばさん ありがとう!うれしい。」

両親のいない夏美を本当の娘のように扱ってくれる剣也の両親に

夏美は心から感謝した。


「じゃあ俺も探すの手伝うよ!」


「いらん!」


「え?」

まさか断られるとは思っていなかった剣也は面くらってしまい

唖然としている。


「お前は本当に乙女心がわかっていない。だからモテないんだぞ。

浴衣を着た姿をいきなり見せたいに決まってるじゃないか

それを先に浴衣だけみようとは、お前は本当にわかっていない。」

親父に乙女心のことで説教されるとは思わなかった。


「そういうもんかな。」

とはいえ理解できなくもないので反論できない。


「じゃあ夏美ちゃん 探しにいこうか」

「はい!」


そして剣也を残して、3人は浴衣を探しに行ってしまった。







時はすぎ、花火大会当日



花火が打ち上げられる発射場と観客席を分ける川にかけられた橋に一人の少年が立つ。

黒い着物と腰には黒刀 

そして珍妙な眼鏡と、でかい付鼻をしたその少年の名は御剣剣也


傍からみれば不審者だ。通報されてもおかしくない。

それでも少年は立つ。

待ち人を待つために。


待ち人とは、この橋の真ん中で現地集合することになっている。

なぜなら避難所から一緒に行こうとしたら親父にまた怒られたからだ。


「お前は本当にバカか?

ムードというものを考えろ」


なぜそこまで怒られなきゃいけないのか、剣也には理解できなかったが

3人とも同じ意見のようだったので、しぶしぶこの格好でここまできた。

正直一人だと恥ずかしいし、3回職質された。

そのたびに素顔を見せると、そりゃ変装がいりますねと笑われて通してくれた。

こういう時は便利だと思ったが、芸能人じゃないのでとても恥ずかしい。


それに閻魔だ。

ゴブリンキングの一件から俺の閻魔所持は正式に認められ

国が認めた神の子に限り武器の所持を許可されている。

八雲さんが動いてくれたのだが、いきなりクエストが発生するこの世の中だ。

仕方のない対応だろう。


ふと回りを見渡すと橋の上にはすごい人がごった返しになっていた。

こんな時期だから人が集まるのか? と疑問に思っていたが

杞憂だったようで東京中の人間全員集まったのではないかと

思えるほどたくさんの人であふれていた。

はぐれたら大変だなと思いながら剣也は橋の上で待つ。


「剣也!!」


聞きなれた声が聞こえ、振り向くと夏美? がいた。

疑問符を浮かべるほどいつもの夏美とは違うその風貌。


茶色のショートカットは綺麗にセットされ

銀色に輝くかんざしで止められている。

その簪には、ひらひらと揺れ動く花びらの装飾品がつけられ

歩くたび揺れるその花は思わず目で追ってしまう。


メイクだろうか、いつもより唇は赤く目も大きい。

健康的な小麦色の肌は、ピンクの花びらが散りばめられて着物によく似合う。

胸は膨らみ、腰はくびれる。

健康的なスポーツ女子の夏美は、モデルみたいな細見の静香と違って

出るとこが出ている非常に女性らしい体つきだ。

そう静香とは違って。 痛い痛い! 脳内の静香に殴られた。


その夏美の姿は、はっきり言おう

ドチャクソ好みだと。


夏美の浴衣姿を見て、強調されるボディラインを見た俺のシシガミが荒ぶる。

静まりたまえ! シシガミよ!

今はまずい! 浴衣ではさすがに目立ちすぎる。


「もう! なんか言ったらどうなの?

せっかくおしゃれしてきたんだから!」

夏美が胸を強調するようなポーズで俺を下から覗きこむ。


し、静まりたまえ!!

静まりたまえ!!


「か、可愛い。めちゃくちゃかわいいよ。」


よし!

夏美は剣也に見えないように小さくガッツポーズをする。


「あぁ、ちょっとだけ待ってな

ちょっとだけ。あと少しだから。」


ふぅ、やはり親父の顔を想像するのが一番萎えるな。

性欲などどっかに行ってしまう。


「よし、いこうか!」

キリッとした顔で剣也は答える。


「なんなのよ、さっきまでくねくねしてた癖に

ただでさえ不審者なんだから気を付けてよ」


「すまん」

剣也は心から謝罪した。


そうして、二人は花火がよく見える河川敷に進む。


「まさか屋台まで出てるとはね」


「うん、でもやってよかった

みて、みんなの顔 すごい笑ってる」


そこには笑顔があふれていた。

少しずつ時間が癒しているとはいえ避難所ではいまだに笑えないものも多い。


家を無くしたもの。

職を無くしたもの。

そして愛する人を亡くしたもの。


またこの国を包む暗雲は晴れていない。

なのに、魔獣は容赦なく現れる。


日本中のナンバーズが対応しているとはいえ、正直手が足りていない。

DやCランクならナンバーズが二人もいれば十分対応できるが、

Bランクからは格が違う。


俺のこの剣では、閻魔では

見える範囲の人しか救えない。

それに、


俺は彼女だけは守る。


もちろん救える命は救いたい。

もう俺と同じような思いをする人を生み出したくない。


それでも、俺は彼女のそばから離れるようなことはしたくない。

剣也は誓うように閻魔に手を添える。

頼むぞ閻魔。これからも彼女を一緒に守ってくれ。



「ねぇ、剣也!

私あれやりたい!」

夏美が指をさす方向に目を向ける。そこには


射的?

「あんなの、後ろにノリでもついて、落とせないんだろう?」


「いいの! お祭り気分を味わいたいだけなんだから」

少しむくれる夏美も可愛い。


「じゃあ、やろっか」


「うん!」


そして二人は小遣いを強面のおっちゃんに渡す。

やっぱりヤクザなんだろうか。


そんなことを考えながらも銃を構える剣也。

狙うは、クマのぬいぐるみ

照準を合わせ、狙いを定める。

剣也の心は驚くほど静かにクマの額を見つめていた。


直後発射される弾丸

発動したのは思考加速

加速させた思考で引き伸ばされた世界は、弾丸すらも容易に視認する。

その軌跡を読み、見つめる先には、、


――よし! 普通に外れるな。


何もなかった。

発射された弾丸には、剣也の力は何の効果も得られなかった。

わかっていたが、何となく使ってみた。無意味であることが分かっただけだった。


「やった! 倒した!」

横で夏美が両手を上げて飛び跳ねる。


「やられたぜ! いい腕してんなお嬢ちゃん

ほら、このお面をやろう! キ〇ィちゃんだ!」


強面のおっさんが笑顔でお面を渡す。ギャップがすごい。


「へへ、すごいでしょ。得意なんだ! ああいうの。」


夏美はスポーツ万能だ。

それに比べて俺は中の中 特質すべき才能はなかった。

分不相応の力を手に入れただけの帰宅部であることを実感する。


はしゃぐ夏美を横目に少しうぬぼれていた自分を恥じていたら

夏美がまた大きな声を上げて俺の着物の袖を引っ張りながらはしゃぐ!


「あ! 剣也剣也! 私あれ食べたい!」

引っ張られた先にあるのは、わたあめ屋

わたあめか、久しく食べてないな。


「おっちゃん! 二つくれ!」


「悪い兄ちゃん あと一つ分しか作れなくて

少し待ってくれればできるんだが、どうする?」


「いいよ! ひとつで」


「いいのか? 夏美」


「悪いな、ほらよ」

そうやってまた強面のおっちゃん2号からわたあめをもらう。


「はいはい、夏美にあげるよ。」

そういって俺は夏美に一つだけのわたあめを渡そうとした。


しかし夏美は受け取らず、そのまま口を近づける。

わたあめの下から上を長い舌で艶めしく舐め、上目遣いで俺を見る。

なにこれ、エロい。


「ふふ、剣也持ってて、半分こしよ!

私こっち側ね。ん? どうしたの剣也またくねくねして。」


し、静まりたまえーーー!!

剣也のシシガミがまた荒ぶる。健全な男子高校生では仕方ないだろう。


少し落ち着き、夏美と剣也はそのままいろいろな屋台を回った。

金魚すくいや、スーパーボールすくい。

焼きそばや、たこ焼き、オムそば

いろんなものを立ち食いした、


久しく食べてなかったジャンクフードたちに舌鼓を打ちながら

屋台のおっちゃんに聞くと、今日のこの祭りのための食材も国から配給されたらしい。

きっとこういう粋なことをするのは、

八雲さんだろうなと思いながら剣也と夏美は祭りを楽しんだ。


そうして、陽は沈み、あたりは暗くなる。

科学の電気は最低限で、周りには地面を照らすためのサイリウムが散りばめられている。

緑や、青の優しい光が幻想的な雰囲気を醸し出す。


そして先ほど見つけておいたスポットへ向かい、二人は花火を待つ。

もちろん今回の敷物も可愛いカエルの敷物だ。

周りにもたくさん人がいて、広々とは使えない。

自然と体がふれあい、手と手が触れる。

お互い気づいているが離そうとはしない。

このぬくもりを離したくはない。


「ねぇ、剣也」


「ん?」


「これからもあの魔獣と戦うの?」

夏美は秘めていた想いを伝える。

本当は戦ってほしくない。あんなにぼろぼろになってまで戦ってほしくはない。

でもわかってる。彼ならきっと


「戦うよ。俺にしかできないことがあるなら俺は戦う。

頑張るんだ。父さんとも約束したし」


わかっていた。彼ならきっとそう答えることを。


「…いや」

夏美は小さな声でつぶやく。誰にも聞こえないように。


「なんて?」

聞こえなかった剣也は夏美に問う。


「頑張って!っていったのよ!」

夏美は笑って答える。どこか寂しそうな笑顔だったが剣也は気づかない。


「ああ、でも俺は夏美を優先するよ。あとは父さん母さん

友人や、先生 手の届く範囲しか守れないけど」

それでも助けを呼ぶ人がいるなら守りたい。

だって俺には痛いほどわかるから、その人達の気持ちが

恐怖が、絶望が。


かつての記憶 ケルベロスに殺され続けた記憶。

英雄願望と言われればそうだろう。

でも俺はそれでも助けたいと思う。それが地獄から這い上がった俺の決意だから。


「うん」


「あぁ」


二人の間に沈黙が流れる。

先に口を開いたのは夏美だった。


「ねぇ花火 まだかな? 時間すぎてるけど」


「うーん、予定では19時からなんだがもう5分すぎてるな」


直後あたりに配置されている拡声器から警報がなる。

「緊急連絡! 緊急連絡!

こちら合同花火大会実施委員会です。


ただいま花火発射場に魔獣が発生!

本日の花火大会は中止です。落ち着いてゆっくりと非難してください!


繰り返します!

ただいま花火発射場に魔獣が発生!

本日の花火大会は中止です。落ち着いてゆっくりと非難してください!」


「え? 魔獣?」

「まじかよ! にげろ!」

「うわぁぁぁ!」

そして、容易にパニックが発生した。


「夏美」

剣也は立ち上がり、夏美を呼ぶ。


「いくの?」


「あぁ、いってくる。ごめん!」

そして剣也は走りだす。思考加速を使いながら人の合間を全力疾走

極限の反射神経だからできるその芸当は、人の波を簡単に越えていく。


「私橋の上で待ってるから!!」


「わかった!」

そして夏美もゆっくりと剣也を追う。

彼の隣で歩くために。


発射場は、剣也たちが座っていた河川敷の反対側

人は多いが、発射場へ向かう人はいない。

もうほとんどが逃げてしまっているんだろう。



一方発射場

「親方! 無理ですって! 逃げましょうよ!」


「馬鹿野郎! ここで逃げたらいつ花火上げんだ!

次いつ花火見せてやれんだ!

俺らの花火を心待ちにしている人がいるんだぞ。

そんな半端な気持ちで花火師やってんじゃねぇぇ!!」


「ふぇぇぇ」

花火師たちは魔獣が現れたのにその場を離れない。


「それにさっき神の子とやらが向かってるって連絡あったろ!

耐えろ! 逃げながら時間稼げ!」


「そんなのあの英雄の少年でも来てくれなきゃ無理ですって!!

神の子ってもピンキリなんでしょ? あんなのに勝てませんって!!」

現れたのは、Bランク魔獣 オークジェネラル

ゴブリンジェネラルと同格の存在

力は強いが、幸い動きが遅いため花火師たちも何とか逃げ切っている。


「馬鹿野郎! 命はってるやつらのこと馬鹿にしてんじゃねぇぇ!

それでも男か! 気合入れて走れ!」


花火師たちは、オークから逃げ、隠れ、気を引き時間を稼ぐ。

オークは知能が低いのか混乱し、どうすればいいか迷っていた。


でも見つけた。

一際声の大きいやつを。あの老人を殺せばいいんだ。

骨ばっていて美味しそうではないが、まぁいい。

そのあとたくさん食べるやつはいる。


そして狙いを定めたオークは老人に向かって走る。


走り回っていた老人はいつの間にか袋小路に逃げていることに気づかなかった。

そして逃げ場がないことに気づき、悪態をつく。


くそったれ! あげなきゃならんのだ。

花火を! 花火はこの国の心だ。

江戸時代から続くこの国の国民の心を照らすために必要な灯りなんだ。


そしてオークが老人の前に立つ。

巨大な斧を振りかぶり老人をつぶそうとする。

もうだめかと思ったそのときだった。


黒い着物を身にまとう少年の背中

何度も映像でみたあのゴブリンを倒した黒刀は、オークの斧を受け流す。

その少年の正体は、


珍妙な眼鏡と付鼻の不審者だった。


「だれ?」

一瞬あの英雄の少年かと皆が思ったが、疑問を浮かべる。

何だあの不審者は。



「もう変装はいいですね!

ここは任せて避難してください!」

剣也は眼鏡と鼻を捨てる。


それに気づいた親方は、助けが来たことに喜んだ。

「お前はあの映像の坊主か! きてくれたんだな!」


「ええ、ここは僕が止めますから逃げてください!」


「よっしゃ!!

よーし、おめら! 準備はじめっぞー!

花火を打ち上げろ!!」


「はぁ??

何言ってるんですか!逃げてくださいよ!」


「ばっかやろう! おめぇはおめぇの役割を果たせ!

俺らには俺らの仕事がある!

おめぇは剣で、俺らは花火で!

みんなに元気を出させる! そうだろ!坊主!」


何て気合の入った爺さんだ。

しかし剣也は笑った。

自分以外にもこの国に元気を出させてあげたいという人に出会えて。


「わかりました! ここは任せてください!」


「よっしゃ! おめぇはいい男だ!

おめぇら上げんぞ!!」


「「へい!!」」


そして花火師と剣士と豚の戦いが始まる。


豚の動きは遅かった。正直簡単によけられる。

しかしその皮膚は分厚く剣を容易には通さない。

いままでならこういった相手にはリスクを冒して

弱点へのカウンターを狙う必要はあった。


しかし今の剣也には必要ない。

なぜならゴブリンキングを倒して得た力

『護りの剣豪』 相手の攻撃を受けたあと身体能力が10倍になるという力

しかし、このスキルだけでは、効果は薄い。

そもそもあの怪物の攻撃を受け流せる人間が何人いるのかということ。

ただし、剣也には思考加速が存在する。

神懸かったその反射神経と、受け流す能力このスキルと組み合わせることで

破格の性能を持つスキルへと変わっていた。


オークは再度剣也へと斧をふるう。

それを閻魔で受けきり横に流す。


そして発動するのは、護りの剣豪

10倍の身体能力で剣也はオークの首へと飛びそして一閃

オークの首は簡単に空へと舞う。

あまりにあっけない幕切れ それはもはや彼が人の枠を超えた証拠でもあった。


「ふぅ、おわった。簡単に倒せてよかった。」

閻魔をしまい、一息ついた直後背後から爆音が聞こえる。

振り返るとそこには、夜空に咲いた花が見えた。


綺麗だ。

こんなに近くで花火をみたことはない。

その迫力に圧倒される。


「夏美と見たかったな。」

素直な感情が溢れた。


「おい! 坊主! 

ほら!拡声器! しゃべれ!!」


「え?」

剣也はなすがまま、親方から拡声器のマイクを渡される。


「安心させてやれ。

お前の声で、インフルエンサーなんだろ? それぐらいやってやれ」


そういうことか。

なら俺がやることは一つだけ


「みなさん! 御剣剣也です!」


「え?剣也君?」

「あのキングの映像の?」

「まじ?きてんの?」


「魔獣は僕が倒しました。

今花火が打ちあがっています。

安心してみてください! 花火を!


もしまた魔獣が来ても僕が倒します。

絶対に花火を止めさせません。

だから! 安心して花火をみてください!」

そして剣也は同時にSNSでもつぶやく。

光の速度で日本へ伝わるその情報は、パニックになっていた皆を落ち着かせる。

ゆっくりと、みんなが元に戻り、花火を楽しめたのは発言したのが彼だったからだろう。


あの映像で、インフルエンサーとして、この国の英雄になった彼の言葉だからこそ

みんな信じて、行動する。


これが八雲さんが俺に求めていたことか。

国民の心を一つにするための英雄という名のインフルエンサー

少しは近づけているのかな。


「おまえ誰かと見に来たんじゃないのか」

一仕事終えた剣也に、親方は問う。


「いいんです。この花火を止めるわけにはいかない。今約束しましたし。

終わるまでここで待ちますよ、きっと彼女も許してくれる。

一応あの橋の上で待ち合わせしてますが。」


「そうか、損する性格してやがんな。

英雄様の資質ってやつか。ははは!」

親方は嬉しそうに笑う。


「よっしゃ、お前この花火が終わったら

その彼女と橋の上でまってろ! ちゃんとつぶやけよ。SNSとやらで!

うちの若いもんもお前のファンだからな。チェックしとく。」


「え?なんでですか?

合流したらつぶやくんですか?」


「ああ。1時間以内だぞ。

それ以上は待てんからな。」


よくわからないが、剣也は了解し

そして花火はフィナーレを迎えた。


「ほら、いけ!坊主

彼女を見つけてこい!」


「はい! 行ってきます。」

剣也は走った。もう夏美は帰っているかもしれない。

でも彼女は待ってる気がする。

まだずっと一人で、あの橋の上で。


「夏美!」

やっぱりいた。

たった一人橋の上で。

この橋は魔獣の影響もあり、向こう岸からは封鎖されている。

封鎖される前に夏美だけが、こちら側に向かっていたのだろう。


「もう! 遅い! 

こんなかわいい子ほっぽっていくなんて!」


「ごめん」


「ふふっ。怒ってないよ。聞いてたから

剣也が頑張ったから花火続けれたんでしょ?

みんな笑顔だったよ。幸せそうだった。


剣也とは見れなかったけど、すごく綺麗だった。」

夏美は少し悲しそうに剣也に伝える。

本当に楽しみにしていたんだ、俺だって楽しみにしていた。

あ、そうだ。

合流したらすぐつぶやけって。


================

合流しました!

================

っと。



「どうしたの?」


「いや、花火師さんたちが合流したらつぶやけって」



ヒューーーーーーーーーーー


「「え?」」


ドーーーーーーーーーーーーーン!!!!!


直後鳴り響く、花火の音


花火師たちの意図に気づいた剣也は目を見開く。

「まさかあの人たち!」


「おら!おめぇら恩ぐらい返せ!

打て打て! 全部打っちまえ!!

予備の分も、ぜーーんぶ打っちまえ!勝利の祝砲だ!!」


坊主、あんがとよ。

これぐらいしかしてやれねぇが。

ちょっとは、この国も明るくならぁ。


「綺麗」


橋の横めがけて撃たれた花火は

水面に映り、二つの巨大な花を咲かせる。

自然と身を寄せ合う二人を花火が明るく照らす。


「ねぇ! 剣也!」


「なに?聞こえない!」

花火の音が二人の声をかき消す。


「私ね! 今日剣也と過ごしてはっきりわかったの!」


「なんで? なにがわかったって?」


「すき!!」


「え?きこえない!」


「あなたが好きなの!」


「もう一回いって!!」


「もう!!」


夏美は剣也の服をつかみこちらを向かせる。

背伸びし、剣也と身長を合わせた。

そして力任せに引っ張る。

直後感じたのは唇への温かい刺激。


「こういうことよ! あなたが好きっていってんの!」

顔を真っ赤にさせながら、剣也の瞳をまっすぐ見つめる夏美

その彼女の意図に気づいた剣也は夏美を力いっぱい引き寄せる。

まるで俺の方が好きだと言わんばかりに。



花火の灯りで

二人の影が一つになり、


夢のように、現れては消えていく。その灯りは

野に咲くどんな花よりも

夏の夜空に輝いて、どこまでも

美しく二人を照らし続けた。



花火が終わり暗い道を二人は手をつなぎ、帰路へ着く。

もう離さないと、強く結ばれた二人を月明りが優しく照らし、道を示す。

科学の光はなりを潜め、はるか昔と同じ暗さを取り戻す。


『夏は夜がいい。月が綺麗だから。』






あとがき

第3章これにて完結です。

基本的に日常章でした。


よければ評価していただけると励みになります。

では第4章の最後でまたお会いしましょう


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