第10話 2-4 安住の日

テレビには、先程の会見がリピートされている。


その会見を初めて見た人は青ざめ、一度見たものもその場から動けない。

この状況でもまだ信じられないという気持ちが、地面に根を張る。


「大変なことになったものだな。

まさかドラゴンとは、神話の生物が地上に現れたのか。

そして人類の近代兵器はそれらには無力で、倒す方法も検討がつかないときた。

お前たち大変な時代に青春を謳歌しなくてはならないな。」


先生は少したのしそうに、笑った。

この状況を楽しんでいるのか、ゲームとか好きだもんな、この人。


「はい。」

まさか、世界中がこんなことになっているとは。


「今日は疲れたので、ここで失礼します。

先生も、無事だったとはいえ命の危機だったんですからしっかり休んでくださいね。

じゃあ夏美行こう。」


「うん、じゃあ先生おやすみなさい。」


「あぁ、おやすみ。しっかり休みなさい。

今日が最後の安住の日かもしれないのだから。」


「怖いこと言わないでくださいよ。

では、失礼します。先生おやすみなさい。」


そう言って二人はその場を後にした。


「ねぇ、剣也、あのケロベロスかな?三つ頭のある犬みたいな化け物。

あれも多分ドラゴンと同じ、神話の生物よね?

でも剣也は、あの生物を倒した。

その剣で頭を貫いて。つまり剣なら倒せるんじゃないかな?

近代兵器はだめだけど。」


そうな単純な話ならいいのだが、そうじゃない気がする。

剣也は底知れぬ悪い予感を感じた。

まるでゲームだよ。能力や。神話の生物たち

明らかに誰かの意図を感じるこの現象。


この裏に存在する何か得体もしれないものを想像して、剣也は身震いした。

まさか宇宙人でも裏にいるんじゃないだろうな。

非現実的な想像をしながら、剣也は夏美と自分たちの仮設テントへと歩いていく。


「なんかすごい疲れたな。

避難キャンプに帰ってきた二人は仮設テントに入ろうとしたが」

そこで剣也は気づく。

「あれ?夏美のテントはどこだ?」


「ん?何言ってんのよ、ここに決まってるじゃない。」


「いや、お前嫁入り前の乙女が、男と一つ屋根の下で寝ていいと思ってんのか。」


「なによ、私の膝で丸一日寝たくせに。

それに一緒に寝るなんて今更でしょ?何回一緒に寝たと思ってんのよ。」


「誤解のある言い方をするな。それは小学生の頃の話だろ。」


二人は恥ずかしさを隠そうと顔を赤らめながら、軽く言い合う。

冷静になると、すごいことをした。

彼女いない歴年齢の俺が、学年のアイドル的存在と一緒に寝るなんて。


もしかしたら、今日俺は大人の階段を登るかもしれない。

この非日常が一夏の思い出を作るのかもしれない。

たしかサイフには、友人からもらったアレがある。準備は常に怠らない。

そんな想像で鼻の下が伸びようとしていたとき、いきなり肩を叩かれた。 


剣也の肩をたたいたのは、一人のおじさんだった。

「起きたか、息子よ」


「お、おやじ!」

剣也の父親だった。

彼は御剣剣也の父 御剣ひろし

国民的アニメのあの足が臭いお父さんがいるだろう。あれをイメージしてほしい。

それを少し筋肉質にしたのが俺の父だ。


「お母さんもいるわよ。」

親父の後ろから出てきた妖怪ロリババアこと、俺の母親 御剣妖子ヨウコ


中学生ならなんとかいけるその風貌と、まんざらじゃないのか少し幼い格好をしているのは息子としてはとても辛いからやめてほしい。今日もピンクの服にひらひらのスカートをはいている。

科学と魔術が交差する世界のロり先生をイメージしてほしい。あれよりもひどい。


「二人とも旅行に行ってたんじゃないのかよ。

連絡もつかないし。心配したんだぞ。」

そう、剣也は起きてから両親へすぐ連絡していたのだが、連絡がつかなかった。

もともと夏休みなので、家族旅行だったのが、剣也が補講のため二人で熱海旅行にいくことになっていたので、安否が確認できなかった。


「剣也くん!剣也くん!

お母さんたちは剣也くんが心配で、旅行先からすっとんでかえってきたんだよ?

お父さんすごいんだから。瓦礫だらけの道を車でブンブン飛ばすの!

あ、後携帯は電池切れね。」


「そうか、よかったよ。本当に」

剣也は安堵した。正直この二人がどうにかなっている想像はできなくて

多分生きていると勝手に思っていたのだが、目の前で見ると安心する。


「あ、おばさんおじさんこんばんわ!」

夏美が挨拶する。軽い感じなのは、昔からの付き合いだからだろう。

夏美には両親がいない。幼い頃事故で無くしている。

夏美はまだ小さくほとんど自我もなかったため特に気にしている様子はないが、両親がいないというのは幼い少女には、あまりにも酷だった。

その夏美を育てたのが、夏美の祖母 柳生ヤギュウ 姫野ヒメノ

今は関西に出ているらしいが、正直ほとんど話したことはない。

めちゃくちゃ若い婆という認識しかない。


長くなったが、もともと夏美の両親と俺の両親同士が学生からの友達であったこともあり、

幼い頃から俺の家を遊び場にして育った夏美にとって、俺の両親は、夏美にとっても両親のような存在なのかもしれない。


「ごめんね、夏美ちゃん、こんなバカ息子の世話をしてくれて。」


「いえいえ、これぐらいなんでもありませんから。」

夏美は笑って答える。


「ほら、お前ちゃんとお礼をいったのか?

一晩中お前を見てくれていたんだぞ。

夏美ちゃんみたいないい子がお前の面倒を見るなんて。ほんとにもったいない。

こんな息子で恥ずかしい。父さんは恥ずかしいぞ。」


泣く仕草で言ってるが、全然笑ってることを俺は知っている。

この親父は、息子をからかうことが生き甲斐なのだから。

愛情はしっかりと感じるのだが、昔から俺をからかってばかりだ。


「あぁ、いったよ、大丈夫だから!」


「えーいってもらってなーい。」

なぜか夏美がいじけるような甘えるような声で訴える。

確かにいってないが、いいだろ。

今はだまれ、親父が食いつく。


「なに?お前謝れ。土下座して感謝しろ。

こんなに美人に一晩中膝枕してもらったんだぞ!羨ましい。

夏美ちゃんに捨てられたらお前は一緒独り身で、将来孤独死だ。

父さんは、お前にそんな思いをさせたくない。」


うるさい、この親父。

なんでこんなテンション高いんだよ。

ってか、今羨ましいっていった?犯罪だぞお前。

世界がこんなになってるというのに。

逆か、いつも高いテンションが、この状況で振り切ってるのか。


「わかったよ、夏美

ありがとうな。看病してくれて。」

剣也は罰の悪そうな顔で、お礼をいう。感謝しているのは本当だ。


「はい!頂戴しました。どういたしまして。

私こそ守ってくれてありがどう。」

夏美は満面の笑みで手を後ろで組み俺の顔を下から覗くように、答えた。


「あぁ」

その可愛い仕草に一瞬心を奪われた俺はぶっきらぼうに答える。


「なんだお前その返事は!守ったってなんだ?

夏美ちゃん大丈夫か?変な奴らに襲われたのか?こんな状況だし、

こんなに可愛いんだ。襲われたって仕方ない。」


「ねぇ、パパ

ママよりも可愛い?」

ロリババアが甘える声で親父に擦り寄る。

蚊帳の外にされて、少し嫉妬したみたいだ。


「ママが1番だよーー!!」

親父は母さんを抱き抱える。はたから見れば親子かと見間違う。

いつのまにか二人のムードができてしまった。

犯罪に見えるからやめてほしいし、息子と息子の友人の前でイチャイチャしないでほしい。

ほんとにやめろ、おい!まじでキスしようとするな!

まじでやめろ、殴るぞ。


「ゴンッ!」(骨と骨がぶつかる音)

危うく舌を絡ませるところだった。危ない。


「ところで剣也、

父さんとママは横のキャンプで寝るから

お前は夏美ちゃんとこのキャンプで休みなさい。」


剣也のゲンコツのあとをさすりながら

説教されて、正座させられたままの、親父が答える。


「はぁ?親がそれを言うのかよ。」


親父は俺の耳もとまで顔を近づけて囁く。

「このチャンス ものにしろよ。」

そう親父は言って母さんとテントを後にした。


ほんとに親か?普通止めるだろう。


「何を話したの?」

夏美がグッと顔を近づけながら聞いてくる。


いや、なんでもないよ。

とりあえず今日は疲れたから寝よう。

幸い結構広いし、まぁ二人寝たってなんとかなるだろう。


「うん♪」


そういって、二人は毛布をかぶって横になった。


「ねぇ、これからどうなっちゃうんだろうね。」


「わからない。でも夏美は俺が守るから。」


「ふふ、また言ってる。

ドラゴンからも守ってくれるの?」


「あぁ、恐怖の大魔王が来ても守ってやる。」


「嬉しい。ありがと。ねぇ、剣也」


「ん?」


「手...繋いでもいい?」


一瞬剣也の心臓が跳ねた。誘ってんのか?まさか夏美もそういう気持ちに。

ドキドキしながら剣也は答える。

「あぁ、いいよ。」


二人は毛布の中に手を繋いで横になった。

こんなの変な気になってまうやろーと心で叫んだが、すぐに気づいた。

震えてる?

夏美の手は震えていた。元気に振る舞っていたがあのケロベロスに襲われたのだ。

怖くて仕方なかっただろう。

俺だってなんども心が折れかけて自ら死を選びたいほど恐怖し絶望したんだ。

それを救ってくれたのは間違いなく夏美だった。

それに、あの映像のドラゴン、そして避難所生活、各地にあふれる魔獣

この先不安なことは山ほどある。


最低な妄想をしていた頭の中の過去の自分をボコボコにする。

二度と顔を見せるな、このゲスが。

俺は夏美の手を強く握った。

自分の決意も込めて必ず守ると心に決めて。


「ありがとう、おやすみ。」

夏美はそう言って目を瞑った。

寝顔を見られるのは恥ずかしいのか向こうを向いてしまった。


意識を失って眠っていたが、剣也にとっては長い1日が終わったようで、睡魔が襲う。


一方夏美は、それどころではなかった。

勢いで言っちゃったけど、恥ずかしい!

手汗がやばい、お願い気づかないでー

少し後悔しながら、目がぱっちり冴えてしまっていた。


そして、剣也はなけなしの体力で睡魔と戦いながら

昨日の戦いを振り返る。

ケロベロスとの死闘が嘘のように思えてきたがあれは実際にあったことだ。


これから世界はどうなるのか、不安がないといえば嘘になる。

それでも今は眠いので寝る。

明日考えよう。難しいことは。


そう言って睡魔に首を差し出し、敗北を宣言した。

深い眠りへと誘われる。

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