第一章 彼女だけの英雄

第2話 1-1 最後の日常

20XX年 夏 東京


 むせかえる湿気と、照り付ける日差しが地面を焼く。

 コンクリートジャングルとはよく言ったもので、日本の夏は、本物のジャングルを凌駕する暑さと湿気を持つ。本物のジャングルに入ったことはないのだが。そんなジャングルを少年と少女が歩いている。


 片方の足取りは軽く、もう片方はまるで鉛のように重い。

後者は、この日差しと暑さだけが原因ではないだろう。

この季節 多くの高校生にとって、長期の休みであり、バケーション。

本来はこの暑さから逃れるための休みのはずだった。


 それは、この物語の主人公

御剣ミツルギ 剣也ケンヤ にとっても例外ではない。

一点だけ違うのは、休みなのに学校に向かわなければならないことだろう。


 なぜなら、一点どころではない間違いのせいで同じく赤点となった仲間たちと仲良く補講を受けなければならないからだ。

「なぁなんで純粋に文学を楽しむだけではいけないのだろう、なんでわざわざ読み辛い昔の言葉で読まなくてはならないのだろう、古典って本当に必要なのか?」


「そりゃ現代文のほうが読みやすいけど、勉強なんてそんなもんでしょ?、剣也は、やればできるんだから頑張りなよ。今回だって理系科目は良かったんでしょ?」

少女は、呆れたように少年を諭した。


 理系科目は楽しい。

そもそも、数学なんて遊びから生まれたんだ。

楽しいに決まっている。

勉学とはそうあるべきだ、やれ四段活用だ、レ点だと古典、漢文は何も面白くない。


「えー私は好きだけどな。古典 源氏物語とか大好き。」


 俺も文学は好きだ、国語の点数は高い。

だがそこに古典、漢文が登場するのが悪い。

俺は断固として抗議する。古典漢文は現代語訳を横につけろ。

しかし、国を語ると書いて、国語だ。そういう意味では過去を学ぶのは当たり前か。


「でもそのせいで補講だし。夏休みなのに学校行くことになってんじゃん。」


 どうせやることもない、夏休みだ。

とはいえ学校にいきたいわけではない。

 

 「部活に勤しむやつらはすごいよ、こんな日差しで走り回るなんて。」


 補講がなければ、帰宅部の特権でずっと家でゴロゴロしていたい。

ひたすらなにかを潰す動画をYouTubeで見ながら、キンキンに冷えたコーラを飲んで、キンキンに冷えてやがると言いたい。


 「まぁがんばんなさいよ。補講終わることに迎えに行ってあげるから。」


 「お前は良いのかよ、大会近いんだろ?テニス部のエース様」


 少女は小走りし、学校の門まで先につく。希望が丘高校 丘も希望もない高校だ。

まあ希望に関しては俺の主観だが。

少女はその場でくるりと回りこちらを振り返る。

短いスカートが絶妙の力加減でふわっと浮いてしなやかな足が見えるがそれ以上は見えない。くそっ完璧な力加減だ。



「良いのよ私は! 剣也といるのが好きなんだから!」

 満面の笑みで、そう答えそのままテニスコートへ向かって走っていってしまった。



 彼女の名前は、夢野 夏美ユメノ ナツミ

彼女は補講のメンバーではない、むしろ成績優秀、スポーツ万能、テニス部のエースで地区予選では上位入賞常連のスポーツマンだ。

ショートカットが似合う元気で、少しボーイッシュな女性。

その明るく分け隔てない性格は、あらゆるモテない男たちの心を掴んでいる。

なんだ今の仕草可愛い。

惚れてまうやろ。あいつ俺のこと好きなんじゃねぇ?


 そう思ったが、すぐに思いとどまる。

中学の頃ある女の子に下の名前で呼ばれただけでこいつ俺のこと好きなんじゃない?と勘違いした。その後馴れ馴れしくしてしまったが、馴れ馴れしすぎて、ちょっと気持ち悪いと拒絶されたことがある。


 その時は、とても傷ついた。

今思えば、その子はみんな下の名前で呼んでいたので、完全な勘違いだろう。

世の男はみな、女の子のちょっとしたやさしさで傷ついた経験はある。

いや、主語がでかいな、訂正しよう。世のモテない男たちは、だ。


 帰宅部補講メンバーと優等生スポーツ美人。釣り合うところは何もない。

なのに、一緒にいると楽しいなどと、それは自分より下のものを見ていると気分が良くて楽しいとかそういう類のものだろう。あいつが俺に惚れてるわけない。

取り柄なんてなんもない帰宅部だ。強いて言えば家が近所で幼馴染なだけだ。

小さい頃からよく遊んだ仲ではある。幼馴染は負けヒロイン、結ばれることなどない。


 なんか気分が悪くなってきた。

自分で自分を卑下して、心を落ち着かせようとしたが落ち着くどころか。

落ちるところまで、落ちてしまった。

しかも今から古典の補講か。死にたい

そんな気分のまま教室まで、ただでさえ重い足取りがさらに重くなった。


 一方その負けヒロインは、全力で走りながら、後悔と羞恥で顔を真っ赤に染めていた。

あーもうなんであんなこと言っちゃったの。ばかばか、つい思ってること言っちゃった。

鈍感だし、気付いてないよね?もー、つぎどんな顔してあえばいいのよ。


 どうせ部活の後はころっと忘れてしまうのだが、今は恥ずかしさで思わず全力疾走してしまっている。秘めていた思いが少しこぼれてしまった。


 いつからだろう、友達だった男の子がいつのまにか目で追ってしまっている存在になったのは。特に思い当たる理由はない、好きになった明確な理由などない。

この気持ちに気づいたのですら友達が、彼のことを「髪を切れば結構イケメンだしワンちゃんアリだね」と言った時だった。その時思わずだめ!と言ってしまい、からかわれたのは記憶に新しい。


 彼女としては今の関係も心地よいが、男女の中になりたくないといえば嘘になる。

手だって繋ぎたいし、それ以上のことだって。想像したらまた真っ赤になってさらに速度を上げて加速した。


 剣也は、教室に到着し、席に座る。

それと同時に、先生が入ってきて出席を取り始めて。


「では、補講をはじめようか。出席をとるぞ。御剣、いるか?」


「います。ってかなんで俺だけ?」


「お前がいれば、全員いるだろう。お前を置いてサボる奴などいない。つまり君はボーダーラインというわけだな。」


 なんて理由だ。

この古典の先生の名前は

小御門コミカド先生。言うことが国語教師っぽい。少し回りくどいとも言えるが。

でも意外と俺は好きだ。個人的にも仲がいい。それに、生徒のことを本当に大事に思ってくれているような気がする。


「では、私は趣味に没頭するから勝手にこのプリントをとって、終わらせるように。」


 思っていただけだった。


「補講中にソシャゲなんてやっていいんですか。バレたら問題ですよ。」

剣也は、プリントを取りに行くついでに、憐れむような顔で先生を見てそう言った。


「ほう、ではこのことをばらすのか?そんなことしたら私は、ちゃんと補講するしか無くなってしまうな。よく考えたまえ、ちゃんと補講して幸せになる奴がここにいるのか。」


 その通りだった。ここにいる生徒に、まじめに授業をして欲しいやつなんかいない。

いるなら、最初から授業に集中している。


「すみません。僕が間違ってました。先生はちゃんと補講してくれています。」


「よろしい。物分かりのいい生徒は好きだよ。」

 

 そう言って満面の笑みで小御門先生は、ソシャゲを起動した!

〇娘!プリティ○ー○ー!!教室に、起動音が響く。

せめてミュートしろよ、と全員が思ったが誰も何もいえない。


 俺はため息をつきながら席に戻る。

このプリントを終わらせれば帰っていいみたいだし、さっさと終わらせよう。


 春はあけぼのから始まる余りに有名な古典文学 枕草子

各季節のいい点を述べるこの始まりは俺でも知っている。

ちなみに夏は夜がいい、月明かりが綺麗だからという内容のようだ。

まぁ科学の光になれた現代人には一切刺さらないなと思いながらもプリントを進めていく。


 キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン

聞きなれた終わりの鐘の音と同時に、俺はペンを置いた。

やっと終わった、意外とかかったな。

と。顔を上げて周りを見渡せば、あれ?俺だけ?


「お前だけだよ」

小御門先生がスマホを見ながら答えた。


「お前が終わるのが遅いから三人も育成してしまったじゃないか。全く、夏休みの休出なんぞ、大した給料にもならんと言うのに。全部今日のガチャ代で、消えてしまうぞ。」


 そう言いながらも、終わるまで文句も言わず待っていてくれた先生はやはり生徒思いの先生だ。


「まぁゲームして金がでるんだからボロいもんだな。」


 やっぱり勘違いだった。


「剣也おわった?」

教室のドアを勢いよく開けながら夏美が勢いよく入ってきた


「あぁ、お前まだいたのか。先に帰ってよかったのに。」


「べ、別に待ってたわけじゃないわよ! たまたま部活の終わる時間が重なっただけよ!」


「いや、彼女はずっとドアの前で待ってたぞ。」


「ちょ、先生なにいってんのよ!」


「青春だねぇ。私も高校生に戻りたいよ。」

 小御門先生は、何かを悟ったように遠い目をしていた。

どこか悲しそうだ、彼女の高校時代に何があったのだろう。

いや、何もなかったからこんなに悲しそうなのか。


「補講は終わりだ。帰っていいぞ、気をつけてな!」


「はい!ありがとうございました。」

そして席をたった。何気ない日常 何気ない会話

全てが、いつもの日常だった。あとは帰ってYouTubeでも見ながら寝るだけ。そんないたずらに消費してきた毎日に戻れる。失うまでは大切なものは気づかない。

そんなありふれた言葉を、自らが実感することになるとは、夢にも思っていなかった。


 その瞬間までは。


 世界は表情を一変し、

轟音と共に天地がひっくり返る。


 その日僕たちの日常は、終わった。




 急激な揺れが俺たちを襲う。

狼狽えるだけの俺と夏美に、小御門先生の対応は早かった。

「地震だ!早く机の下へ!」

三人は机の下に隠れたが、声にならない悲鳴をあげる。

こんなに大きい地震初めてだ。

地震大国、この日本に生まれたい以上地震とは付き合っていく必要がある。

しかし立つこともできず、逃げることもできず、ただ終わるのを声にならない声を上げながら待つしかない、そんな大地震は初めてだった。


 どれだけたっただろう。永遠にも感じたその揺れがようやく収まり机の下から顔をだす。机はひっくり返り、ガラスは割れる。

なんとか、部屋を保っている状態の教室で、剣也は叫ぶ。


「夏美!先生!大丈夫か!」

 二人の無事を確認しようとしたが、返事がない。

二人のいた場所に目をやると、夏美は倒れ、先生がいた場所には崩れた天井の瓦礫の山ができていた。


 一瞬何が起きているかわからなくなり脳がフリーズした。

なんとか脳を再起動させ、稼働させる。どうしたらいい?

先生は無事なのか?あの瓦礫の山を退かせることは自分一人ではできそうにない。


 夏美は?気を失っているだけなのか?もしかして死んで,,,

そこで先生の声が聞こえた。


「無事か、御剣!」


「はい!僕は何ともありません。先生は、先生は無事なんですか!?」


「ああ、机の下で瓦礫に埋もれてしまった。幸い机が守ってくれて怪我はない。だが、この瓦礫は退かせなさそうだ。君は夢野君を連れて避難しなさい。彼女は無事か?ここはいつ崩れてもおかしくない。」

気のせいではないだろう、小御門先生の声は少し震えている。


「そんな、でも先生はどうするんですか!」


「どうしよもない。この瓦礫を君がどけれるのか? 帰宅部の細い体では無理だよ。いや、たとえ日本一のマッチョでも無理だろう。」


「今そんな冗談を言ってる場合じゃないです。なんとか助ける方法はないんですか。」


「ない。少なくともわたしには思いつかない。それに私は先生だ、聖職だ。いつだって生徒を優先させる。君の大切なものはなんだ?私か? 違うだろう、そこにいる少女は君の大事な人じゃないのかい? 早くいけ、御剣。私が恐怖で惨めに助けを求める前に、先生のままでいさせてくれ。」


 この状況で、なんて強い人だろう。震える声から恐怖しているのはわかる。

逆の立場ならこんなことが言えただろうか、ただ何喚いて助けを呼ぶだけだろう。

人としてそれが普通だ。でもこの人は‥‥

「わかりました。夏美を助けます。

でも、すぐに誰かを呼んできます。待っていてください。」


「あぁ、期待して待っているよ。君は死んでも行きたくないと言っていた補講にですらきたんだ、助けにぐらいきてくれるだろう」


「はい!」

 そして俺は夏美の元に駆け寄り呼吸を確かめた。

よかった。息はしている。地震のショックで気絶しているだけか。

揺すっても起きないためなんとか背負い歩き出した。


 意識のない人間はここまで重いものなのか。

夏美はスポーツマンといえ、細くスタイルはいい。

体重は50前後だろう、それでもここまで重いのか。


 なんとか崩れた校舎と歩けるところを探しながら、外に出る。

外に出て、周りを見渡す。


「なんだよ、これ」


 そこに見慣れた街並みなどなかった。あらゆる建物は地震によって崩れていた。

無事な建物も多いが、それはこの国の建築技術のおかげだろう。

ところどころで火の手も上がっている。

だがそんなものよりももっと異質な光景が広がっていた。


 塔、なのか?

山のように大きな塔が地面から空高く聳え立つ。

目の前に一つ、これが校舎を押しのけ半壊させた理由だろう。

遠くにもいくつか塔は見える。

見た目も形状も異なるがそれは塔だった。


 何が起きているんだ、あの塔が原因なのか?

わからない。いまは何もわからないが

それでもまずは先生だ、先生の助けを呼ばなくちゃ。

あたりを見渡して助けを呼ぼうとしたその時だった。


 轟音と砂煙をまき散らしながら、校舎が崩れた。

俺たちが補講を受けていたまだ先生のいるはずの教室は、瓦礫の山となった。


「先生!!」


 剣也は叫びながら崩れた校舎に駆け寄ろうとしたが、後ろから抱きしめられてとまった。


「まって!あそこは、いつ崩れてしまってもおかしくない。危険よ。」


 俺を止めたのは夏美だった。意識が戻ったようだ。

まだ覚醒しきれない頭を抱えながら必死にしっかりと俺を止めた。


「夏美!意識が戻ったのか、よかった。いや、でもあそこに先生が、助けに行かなくちゃ、俺約束して」


 呂律の回らない言葉で、必死に夏美の静止を振り解こうとするが、振り払えない。

夏美も必死だった。そして、俺は力なくそこに膝をついた。

自分でもわかっていた。あれではもう助からないだろう。

瓦礫に潰されて多分先生はもう。


「先生がいるの?あの中に?」


「あぁ、まだ教室にいる。瓦礫に埋もれて身動きが取れなかった。」


「そんな‥‥‥」

 両手で、口を隠すようにし、崩れた校舎をみる。

状況をいまいち把握しきれていない夏美は、

混乱する頭を必死に整理して、なんとか理性的な言葉を絞り出す。


「救助を待ちましょう。この学校のグラウンドは、避難場所として指定されてるわ、きっと今にも自衛隊とか警察がたくさんきて助けてくれる。それまで待ちましょう。」


 俺はやっと少し落ち着きを取り戻しながら、唇を噛み締め苦虫を潰したような顔でなんとか言葉を捻り出した。


「わかった。」


 なんとか捻り出せた言葉は、頭では理解できても納得できない。

先生を見捨てるという選択。

助けに行けば、救える可能性はあったかもしれない。

もし救える可能性があったなら迷わず行っていただろう。


 だが、そんなものはやってみなければわからない。

いつだって、1秒先のことすら誰にもわからない。

ただの学生にはこの状況は、ただただ無力を実感するだけだった。


 いつかの先生の言葉を思い出す。

人生は、選択の連続だ。

選べないときもあるだろう。どれを選んでも地獄の可能性だってある。

それでも選ぶんだ。自分の意志で、

その選択が正解だったかなど、他の選択を選んだ未来を見てでも来なければ、わからないが。いつだって最善と思って行動する様に。

その選択を最善にするか最悪にするかは気持ちの持ちようだ。


 人間万事塞翁が馬という諺はしってるか?

知らないならスマホでぐぐれ。

おい、そこ授業中だぞ!スマホを出すな。没収だ。

つまりだな。このことわざは、不幸だと思ったことも実は最高の幸運なのかもしれない。という意味だ。なので、ポジティブに生きよう。選んだ選択は正しいとこちらが正解だったと。


 先生、僕は先生を見捨てる選択をしました。

それが最善だったなんて思えない。でも夏美を救うことはできた。だからもしかしたらこの選択があの状況下では最善だったのかもしれない。もしあのまま教室にとどまっていたら全員死んでいたかもしれない。


 そう思って剣也は心を落ち着かせる。

落ち着いた心であたりを見渡せば、ちらほらと生徒も避難してきたようだ。

夏休みで本当によかった。

ほとんどの生徒は部活で外に出ていたため、幸いにも校舎にはほとんど人はいなかったようだ。

ただしほとんどなだけで、何人かは瓦礫の下だろう。もしかしたら友人も含まれるかもしれない。


 剣也は、信じてもいない神に祈った。

どうか、みんなが無事でありますように。

人は自分ではどうしようもない時祈ることしかできない。


 それにしても、この塔はなんなんだ。

目の前に聳える金色の丸みを帯びた巨大な塔

これが原因かはわからないが、少なくとも関係しているはずだ。

剣也は、学校を崩壊させた原因かもしれない塔に引き寄せられるように、近づき触れた。


 その時脳に直接語りかけてくるような、

機械の音声、スマホの自動応答音声のようなシステム音声が聞こえた。


システム音声

「認証を開始します。個体名 御剣 剣也

No.00001を割り振ります。


初回認証のため、ファーストクエストを発行します。


ファーストクエストを発行しました。

ファーストクエストは、Aランククエストを選択しています。

Aランククエスト 地獄の番犬を発行しました。

続いて、Eランクギフト 始まりのタネを付与します。


 発芽処理に入ります。

ポイントは0のためポイントによる発芽はできません。

続いて心の鉢 による発芽を試みます。失敗しました。

心の鉢の大きさはEランクです。


以上で、アカウント登録並び初期処理を終了します。」


「剣也、剣也?」


「はっ!」


我に帰った剣也は、夏美の声で精神を取り戻す。


なんだ今のは。直接語り掛けられるような。


「何してたの?この塔?かよくわからないものに触れた瞬間いきなり固まって。

10秒ぐらい固まってたよ?」


「あ、いや、この塔に触れたらいきなり頭の中に話しかけられて、

俺にもよくわからないんだけどアカウント認証がどうのって」


「何言ってんのか全然わかんないんだけど。

アカウント認証?ってなに?」


 そして夏美が塔に近づこうとした瞬間、それは現れた。

空間が避ける音 あえて擬音をつけるとしたらバリバリっと避けるような音とともに

それは現れた。


 空間に門のような模様が現れる。

その門はゆっくりと開き、暗闇を覗かせる。

暗いとかではない。完全な黒 光も何もないそんな空間からゆっくりと現れたのは

巨大な爪、青黒い体、そして三つの首をもつ獣だった。そんな生物は存在しない。

だけどみんな知っている。あまりにも有名なその獣は、


「ケル、ベロス?」


 二人の体が思考でフリーズしていると

その獣は、夏美に向かって走り出した。

声が出ない。咄嗟のことで何も反応できなかった。


 夏美も動けない。恐怖で動けない。

明確な殺意 いや。殺意なんかじゃない。

ただの捕食行動 敵ですらない餌に殺意など沸かないだろう。

あるのは、食べたいという感情のみ。


 夏美は一歩も動けず、また剣也も同じく声を出すことも出来ない。

そしてケルベロスは、全ての口を大きくあける。

次の瞬間、夏美の身体の上半分がきえた。

悲鳴すら上げられず夏美だったその肉はその場でぐしゃっと音を立てて崩れた。


 夏美は死んだのか?

疑問に思うまでもない。夏美は死んだ。

あの肉片は、夏美だったものだ。

夏美だったものを咥えながらその獣は俺を見て、笑った。

確かに笑った。感情があるのか、知能があるのかわからない。

それでも今からお前もこうなると言わんばかりに満面の笑みで笑った。


 剣也は恐怖で動けなかった。

夏美が肉に変わった悲しみすら抱けない。

今から自分も食われるのかその恐怖でいっぱいだった。

そしてそのままケルベロスはゆっくりと剣也に近づき目前に迫る。

口を開けたかと思った次の瞬間には、身体を噛みちぎられる激痛とともに視界は暗転した。




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