第17話 街道を東へ
ウィルソンの馬車に乗って、僕たちはスレクトの野原を行く。
鮮やかな緑が広がる景色は、何故か懐かしい様な気がして心が休まる。
「ウィルソンさん、御者を代わりましょうか?」
「いやいや、大丈夫。いざという時にはお願いしますよ」
普通、御者などは『
それ以前に、僕が馬車に乗って依頼主が御者をすると言うのもなんだかおかしい。
どうやら、ウィルソンが『
僕にとっては有難い。
「そういえば、二つ目の依頼について聞いてなかったわね」
「ついてから話そうと思っていたが、道中の話題に少し話しておこうか」
手綱を握ったまま、ウィルソンが話し始める。
曰く、問題は
この魔物はこういった草原の多くに生息しており、豊富な草に集まる草食性の動物や魔物──例えば
つまり、そう珍しくない。
しかし、最近この
確かに人間も襲うが、領都近くの街道に堂々と出てくることは今までそうそうなく、あのように興奮状態であることも少ない
「どうも最近おかしいんだよ。私も襲われたのは初めてでさ。それで、本題なんだが……今向かってる東スレクト村からちょっと北に行ったところに、名前もない集落がある。そこの知り合いがよ、
「
「魔物の事はよくわからんが、それかもしれんな。まぁ、その調査をして欲しいわけだ」
「討伐じゃないの?」
「そりゃ可能ならして欲しいがね、その村も裕福なわけじゃない。手紙代をケチって商いに行く私に仲介を頼むくらいだからね」
姉が確認するために依頼書を取り出したので、横からそれを覗き込む。
現地調査依頼。
一週間。
謎の魔物の確認。
期間中の宿泊、食事込み。
報酬、一万ラカ。
と、シンプルな箇条書き。
確かに、この報酬で拘束一週間は安い依頼かもしれない。
パーティ人数が多い場合は、なおさらそう感じるだろう。
「ギルドには私の指名依頼ってことにしたから、完遂したらもう少し色がつく。その村の昔馴染みは所帯を持ったところでな、助けてやって欲しいんだ」
「いいわ。あなたはノエルを助けてくれたもの。食事が出るなら報酬が安くたってかまわないわ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
軽く笑うウィルソンを尻目に、僕は思考を加速させる。
依頼に関連することだが、魔物の増加と凶暴化について文献で何か読んだ気がするのだ。
しかし、それがうまく出てこない。
父に近づくためとため込んだ知識を、いま活かさずどうするのかと自嘲する。
もしかしたら現役冒険者の姉であれば何か知っているかもしれないので、夜にでも聞いてみよう。
「さて、後少ししたら宿場に到着するが、どうするね」
「手前に魔物除けの結界のある野営地がありましたよね? 僕はそこで」
「では、私もご一緒しようかな。野営なんて久しぶりで少し心躍るね」
ウィルソンの気遣いに、心が温かくなる。
僕が『
領都で起きた大きなトラブルの一つに、宿を確保できないというものがあった。
宿泊時に、受付は必ず「念のためお尋ねしますが、お客様の中に『
そして、僕が『
『
これは、四十年たっても変わっていない国も多い。
だからと言って、誤魔化して泊ればいいではないか……などという考えは、大きな間違いだ。
宿泊は契約であり、虚偽を成せば罪となる。
そして、『
なんなら、死罪すら面倒くさいと暴行を加えられて川に放り込まれるかもしれない。
故に宿に泊ることは難しく、野営をする必要があるのだ。
少なくとも、僕は。
……僕だけ降ろしてもらえれば、翌日の朝に宿場町で合流するんだけどな。
「ノエル様、いけませんよ」
「え、チサ?」
「いま、自分を貶める考えをしましたでしょう? 顔に出ております」
「う……」
そんなバカな、と思うが事実として読まれているのだ。
きっと顔に出ていたのだろう。
「ダメよ。あたし達三人は少なくとも一塊でいるべきだわ」
「然り。ノエル様、気遣いは不要にございます」
「うん、ごめん」
素直に謝っておく。
父譲りだと言われるこのネガティブ思考が、悪い癖だとは理解している。
さりとて、『
僕は、まだそれを上手に処理できない。
「おっと。仲間外れにされてしまったけど、私もご一緒するとも。昔、全国を巡っていた時は野営もたくさんしたものさ」
「へぇ……いろんな国に行ったのね。あたし、ちょっと興味あるかも」
「なら、酒の肴にお話しよう。野営ともなれば、時間はたっぷりあるしね」
そう笑ったウィルソンが馬車を止める。
どうやら、野営地点に到着したようだ。
街道から少しそれた小道の先、円形状に草が刈りこまれた広場。
水場も何もないが、テントを立てやすいように平らにならされていて……なにより
少し行けば宿場町がある場所なので、わざわざ野営をする者がいないのだろう。
馬車から降りたウィルソンが、ぶら下がっていた桶を手に取る。
「少し先に小川があるので、まずは水を汲んでくるとするよ」
「あ、それなら……」
「これは?」
「僕が作った
「そりゃ便利だな! 魔法使いがいなくても真水が確保できるなんて。行商人ならきっとみんな欲しがるぞ」
……なるほど。これは盲点だった。
【水差し君】を手に目を輝かせるウィルソンを見ながら、僕はそんな事をふと考えるのであった。
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