第15話 レストランにて

「ありがとうございます。助かりました」

「いやいや。これで報酬以外の恩返しはできたかな?」


 少し上等なレストランの個室、僕らと向かい合ったウィルソンがニコリと笑う。


「あたしからもお礼を言うわ。あのままだったらちょっとキレちゃってたかも」

「そう思って早めに止めに入らせてもらった。しかし、『一ツ星スカム』とはね……これまでどうやって過ごしてきたんだい?」


 一瞬姉が身構えたが、次の言葉でこちらを心配しているのがわかった。


「僕たちは西の国ウェストランドの出身なんです。向こうとはなかなか勝手が違って……」

「ああ、外国の方だったか。なるほど、それで。しばらくはこっちに?」

「ええ、ちょっと事情があってね。それよりウィルソンさん、あなたって有名人なわけ?」


 それは少し気になっていた。

 冒険者ギルドのあの言動や態度から見ると、相当顔が利く人物であろうことは想像に難くないが、まさかあれだけ渋られた『一ツ星スカム』の冒険者登録を認めさせてしまうなんて。


「自己紹介でも話したが、私はベルベティン大森林から出た木材で家具を作る職人でね、それを販売する商会も運営してるんだ。この街の冒険者ギルドにとっては太客兼出資者ってわけでね、少しばかりわがままを言わせてもらったのさ」


 なるほど、納得した。

 定期的に依頼を出してくれる依頼主というのは、この時代においてかなり重要だろう。

 なにせ、この時代では『傭兵商会』という戦闘人材を派遣する組織がまだまだ隆盛で、冒険者というのはその下位互換くらいに思われていた……というのを文献で目にしたことがある。


 失態、出資停止、依頼中止となれば、冒険者ギルドにとって大きな痛手だろう。

 つまり、マルシャという受付嬢は実利を取ったのだ。

 この時代……『一ツ星スカム』を認めるというのは、ひどい葛藤を伴う屈辱だったと思う。

 それでも、実利の為にその感情に蓋をできるあたり、冒険者気質なのだろう。


「本当にありがとうございました」

「いやいや、ほんのお礼さ」


 出会った当初はともかく、落ち着いた彼はなかなかに紳士だ。

 実にしっかりとした大人といった風情で、そつがない。

 それが故に、やや不審に思うところがある。


「どうしたかい、ノエル君。魚は苦手か?」

「いえ、あの……」


 姉の顔色を窺う。

 これは口にしていいものかどうか迷うものだ。

 姉が怒るかもしれないし、ウィルソンには失礼にあたるかもしれない。


 しかして、やはり聞いておきたい。


「どうして、僕を人のように扱うのですか?」

「ノエル……──ッ」

「む……?」


 姉の気が逆立ち、噴き出すような怒気が僕に向けられる。

 対して、ウィルソンは少し驚いた様子だった。


「エリメリア王国では、『一ツ星スカム』は奴隷か家畜と同等に扱われると聞いています。こうして同じテーブルにつくどころか、レストランにも入れないのがこちらの常識ではないでしょうか?」


 怒る姉に察してもらうため、僕は少し説明過多な質問を投げる。


「驚いた。君という人間は、冷静だね?」

「はい。こうして会話を交わすのも、本来はマナーがなっていないと言われるのではないでしょうか?」


 このような時代において、家畜同然の『一ツ星スカム』にまともに話しかけることは、みっともないことだった……と、どこかで読んだ気がする。

 無視するか、嘲笑するか、暴行するか。それが、『一ツ星スカム』に対する正しい態度なのだ──この時代においては。


「答えよう。まず一点、君が命の恩人だから。エファさんは冒険者としてあの場面をビジネスにしたが、君はあの時すでに私を助けるべく動いていた。きっと、びた一文出さないと私が叫んだとて、君は私を助けてくれたろう?」

「ええ、まあ……」


 姉は冒険者だが、僕はあの時点では違った。

 助ける手段があり、必要を感じれば依頼など関係なしに魔法道具アーティファクトを発動していたのは確かだ。


 ……むしろ、そんな僕を見越して、姉はあのような行動をとったのだと思うけど。


「第二に、私自身が『星証痕キカトリクス』に疑念を持っているから」

「それは、あまり口にしない方がいいのでは?」

「そうだね。だが、私は君以外にも優秀な『一ツ星スカム』を知っている。『星証痕キカトリクス』は才能を与えるかもしれないが、それをどう使うかは人次第だ」


 僕の杯に冷えた果汁を注ぎ入れて、ウィルソンが小さく笑う。


「私はその人が何を成すのかで、判断したい」


 じわりと涙があふれて、杯が揺れる。

 我慢しようとしても、嗚咽をこらえられない。


「ノエル様?」


 驚いたチサが僕の背をそっとさする。


「僕は、何か、できるのかな……?」


 とぎれとぎれの僕の問いに、ウィルソンが口を開く。


「少なくとも君は、私の命を助け、私の下で働く者たちの生活を守った」

「あたしのことも守ってくれたわ! ほら、男が泣くもんじゃないわよ」


 ハンカチで僕の顔を力任せに拭く、姉。ちょっと痛い。

 そのハンカチをそっと継いで、チサが俺の目鼻を優しく撫でやる。


「ノエル様。まだ再会して数日ではありますが、わたくしはあなたが大きなことを成すと確信しております」

「チサ?」

「任務だと頭を固くしておりましたが……父上の言う通りでした。あなたはわたくしが仕えるにふさわしいお方です。かの〝魔導師マギ〟のような立派な英雄となられましょう」


 幼馴染に泣き顔を拭かれるような男が立派になるものか。

 でも、嬉しくはある。誰かに……いや、幼馴染チサにこんな風に言ってもらえるならば、少し考えを改めねばならないだろう。


 そうとも、僕は〝魔導師マギ〟の子なのだ。

 いつまでも〝出涸らし〟なんて言われ続けるわけにはいかない。


「なにやら複雑な事情があるようだね」

「ちょっとね。あ、それで? 仕事の話をするために店に入ったのよね?」

「そうだった。依頼は二つだ」


 二枚の依頼票を取り出すウィルソン。

 鼻をすすりながらも、僕はそれに目を通す。


 一つは、ウィルソンの帰路の護衛。

 そして、もう一方は『東スレクト村』での調査依頼だった。


「こっちはわかるけど、こっちはなんで?」


 二つ目の依頼票を指さして、姉が首をひねる。


「昔馴染みがいてな。君達を見込んで、ちょっと手伝ってやって欲しいんだ」

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