第13話 冒険者ギルド

 バーグナー領都、ガデス。

 古き『エルメリア王の迷宮ダンジョン』の直上に築かれたこの都は、まさに冒険者の町といった風情で、それは僕らの時代でも変わらない。

 だが、広がる街並みはどこか新しくも素朴で、僕が知るガデスとはやや趣が違った。


 僕の時代において『エルメリア王の迷宮ダンジョン』は完全に攻略されている。

 迷宮最奥から産出した【超巨大ダンジョンコア:インフィナ】を用いたインフラが整備されており、領都ガデスはエルメリア王国最新の都市として名を馳せているくらいだ。


 それ故に、ここが四十年前の世界であることを強く意識してしまう。

 おそらく、僕の挙動はひどく不審に見えていることだろう。


「シャキっとなさいよ。バレやしないわよ」

「そうは言うけど、僕にとっては危険が大きすぎるよ」


 なにせ、『星証痕キカトリクス』差別がかなり隆盛な時代なのだ。

 僕が『一ツ星スカム』であることが周囲に漏れれば、面白半分に殺される可能性すらある。

 先ほどから目に入る商店の看板にも堂々と『☆1入店お断り』などと掲げられており、僕の心配が杞憂でないことは明らかだ。


「しかし、思ったよりもうまくいきましたね」

「ええ。あの商人、身なりが良かったもの。護衛だったら顔パスで入れると思ったのよね」


 助けた商人──ウィルソンは、バーグナー領でそれなりに名の通った家具商人で、僕らはその護衛としてガデスの門を通った。

 普通ならば、名前や『星証痕キカトリクス』、あるいは冒険者証を改められるものだが、彼のおかげで僕たちはそれらに晒されることなく町へと入ることができたのだ。

 彼の信用を傷つけることにもなりかねないリスキーな行為だが、僕らとしては僥倖だった。


「まずは冒険者ギルドに行きましょ。ノエルとチサの冒険者証を発行してもらわないと」

「それなんだけど、僕も必要?」

「当たり前でしょ。そうじゃないと身分証明どうすんのよ?」


 確かに、姉の言う事はもっともだ。

 この先、帰還にどれくらいかかるかわからない以上、身元を保証するものが必要なのは確かである。

 だが、それは同時に僕の『星証痕キカトリクス』を明示することにもなるわけで、できれば避けたい。


 四十年前の冒険者制度がどうであったかなど、頭に入っていない。

 ただ、父に聞いたところによると、父が冒険者になった当時も『一ツ星スカム』の冒険者はほとんど存在せず、せいぜい荷運びポーターとなるものがほとんどだったと聞いている。

 ここがそれ以前の時代であることを考えると、そもそも冒険者登録を引き受けてくれず、ただ『一ツ星スカム』であることだけが露見する可能性も高い。


「そういえば、チサの『星証痕キカトリクス』はいくつなの?」

「わたくしは『四ツ星アンコモン』の『星』です」

「そっかぁ……」


 小さくため息をつきつつ大通りを歩けば、目的の冒険者ギルドはもう目の前だった。

 こうなれば覚悟を決めるしかない。ダメならダメで次の方策を考える必要もある。


 開け放された扉をくぐり冒険者ギルドに足を踏み入れる。

 一階部分は、酒場兼食堂になっており、冒険者たちで超満員だ。


 笑い声に怒鳴り声、乱暴にジョッキを打ち合う音……まさに喧噪と呼ぶべきものが、耳に響き少しばかり懐かしくなる。

 学園都市ウェルスの冒険者ギルドはもう少しお行儀がよかったが、雰囲気はそう変わらないようだ。

 ……当然、トラブルも。


「お~う、なんだガキども。ここは遊びで来る場所じゃねえぞ」


 酔っぱらった男が、ジョッキ片手によってくる。

 皮鎧に短剣、毛皮のブーツ。おそらく盗賊シーフか何か、斥候を担う冒険者だろう。


「あたしはガキでも新人ニュービーでもないわ。後ろの二人は今から登録だけどね」

「なんだぁ? 口の利き方に気をつけろよ、ガキ。オレ様を誰だと思ってるんだ」

「知らないわ。それより、そこどいてくれる?」


 次の瞬間、突然に男の拳が舌打ちとともに振るわれた。

 思わず袖に忍ばせた魔法道具アーティファクトを起動しかけたが、悲鳴を上げたのは姉ではなく男。

 よくよく見れば、男の拳に姉の拳がめり込んでいた。


「あぐゥ……」

「いきなり拳合わせフィスト・バンプなんて、あなた……とってもフレンドリーね。もう一回する?」


 姉から放たれた冷えた殺気が、重い圧力となって男を襲う。

 実力の差は歴然で、姉はだった。


「ひ、ひぐ……な、なんだよ、ちょっとからかっただけじゃねぇか!」


 男の絶叫が響き、騒ぎ好きな冒険者たちの視線が僕たちに注がれる。


「ジョークなら程々にしておきなさい。あたしはともかく、後ろの二人は素人よ。加減が利かない。あんた、悲鳴を上げるのが少し遅かったら死んでたわよ」


 僕に軽く流し目をして、姉が小さく笑う。

 姉の期待に沿えなくて申し訳ないけど、袖に仕込んだ魔法道具アーティファクトに人を殺すほどの威力はない。

 よほど運が悪くなければ、怪我ですむ程度のものだ。


「おいおい、バンビー。何やってんだ。相手はガキだぞ?」

「う、うるせぇ! 見ねぇ顔だから、ちょっとばかりもんでやろうとしただけだ!」

「それでその様かよ。情けねぇ! そんなだから〝口先〟バンビーなんて呼ばれんだよ」


 野次馬から浴びせられる嘲笑じみた心無い声援に、顔を赤くして立ち上がる男。


「……てめぇら覚えてろよ。そのツラ、忘れねぇからな」


 砕けた拳を押さえたまま、男はギルドの外へ走って行ってしまった。


「さ、行きましょ」

「さっきの人、あのままでよかったの?」

「いいのよ。初めての冒険者ギルドではよくあることだし。学園都市ウェルスでも似たことあったわよ?」


 知っている。

 加減を知らない姉が、失礼なことを言った若手冒険者数人を半殺しにした事件のことだ。

 そのうち二人は、姉(と、無色の派閥)を恐れてウェルスを去ったという凄惨な出来事だった。


「それに、ほら」


 姉に促されて周囲を見れば、視線こそ感じるが近寄ってこようという気配はない。


「冒険者はナメられたらおしまいよ。最初が肝心なの」

「勉強になります、エファ様」

「ふふん、伊達に第四等級冒険者をやってないわ」


 十二等級ある冒険者等級の内、第四等級といえば貴族からの指名依頼すらある上位等級だ。

 さすが〝英雄の再来〟とよばれる姉だと誇らしくなる一方、自分の〝出涸らし〟という悪名が際立つようで少しばかり気落ちもする。


「さ、行きましょ。登録したら、さっそく仕事を受けなきゃね」

「いきなり?」

「もちろん。その為に、草原走蜥蜴グラスラプターの死体を回収してきたんだし」


 姉が得意げに笑いながら、ちょいちょいと壁を指さす。


「なるほど。抜かりないね」

「さすがエファ様ですね」


 チサと二人、顔を見合わせて思わず笑う。

 視線の先にある依頼用コルクボードには、『草原走蜥蜴グラスラプター討伐依頼! 討伐数問わず。一体五百ラカ!』と書かれた依頼票が貼り付けられていた。

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