第4話 学園案内

 ──『ウェルス学園』。


 西の国ウェストランドの東部に位置する世界の最高学府。

 『塔都市』『学園都市』『賢人街』……呼び名は様々あるが、この街はこの『ウェルス学園』を中心にして成り立っている。


 ウェルス学園はいかなる研究をも許容する〝賢人〟の育成機関であり、その究極の目的は『真理』に到達すること。

 そもそもにして『真理』の定義すらも不明なため、それを追い求める〝賢人〟は誰もかれもがどこか浮世離れしていて……早い話が、ぶっ飛んでいる。


 しかし、それが故に多角的な研究が行われ、結果としてこの街にはあらゆる知識が集約される。

 善きにしろ悪しきにしろ、この街は全てを内包して『真理』に向かう人々が集う場所なのだ。

 なにせ、研究が禁止されているアンデッド作成や人体を使った複合生体キマイラの実験すら行う〝賢人〟がいるくらいに。


 そんな〝賢人〟を目指す人々が集う場所が、今日より僕が通うこととなる『ウェルス学園』である。

 一部では狂人育成機関などとも言われるが、専門分野の研究においてこれ以上適した場所は世界に存在しない。


「こっちが大図書館で、ここの階段を降りたら地下実験場があるわ。ええと、魔法道具アーティファクト関連の施設ってこんなものかしら」

「ありがとう姉さん。後は自分で歩いて覚えるよ」

「それはあんまりお勧めしないわねぇ」


 そう首をひねる姉。


「学園って危ない場所なのよ?」

「そうみたいだね……」


 入学初日の今日、僕は姉に連れられて学園の中を案内してもらったわけだが、謎の爆発に何度か遭遇したし、危険な魔法道具アーティファクトが稼働していて立ち入りが禁止された階段なんてものもあった。

 なるほど、入学時オリエンテーションのあとに、護衛付き学園案内ツアーなんてものが開催されるわけだ。

 僕の場合は、姉がいたので参加しなかったけど。


「それで? どう?」

「どう、って?」

「やっていけそう?」


 心配げな目で、姉が僕を見る。

 あの日、『降臨の儀』のあとに僕が言っていたことを未だに気にしているのかもしれない。


「思ってたより……大丈夫かな」

「でしょ。いちいち他人のことなんて気にしてたら、学園ここじゃやってけないもの。完全実力主義だしね」

「うん。ありがとう、姉さん」


 僕の言葉に、姉が少し顔を赤くする。

 いちいち感情表現が大げさなのだ、姉は。


「ノエルがかわいい!」

「ちょっ、やめてよ!」


 人気ひとけがないとはいえ、廊下のど真ん中で抱きついてくる姉に少し照れてしまう。

 だが、そんな僕たちに悪意ある言葉を投げかけた者がいた。


「おいおい、こんなとこで何してんだ〝出涸らし〟。親の七光りで〝賢人〟になろうってのか?」


 投げ掛けられた言葉に一瞬固まって振り向くと、ニヤニヤと笑いながら廊下の影から姿を現したのは見知った顔の少年だった。


「ギルバルト……」

「『さん』をつけろよ〝出涸らし〟野郎。ったく、オレ様が気分よく今日って日を迎えたのによ、テメェのせいで気分がオチちまったぜ」


 まったく同感だ。

 親の金とコネの力で腕利きを集めて試験を突破したギルバルトに、親の七光りなんて言われたら気分も落ちる。

 だが、学長曰くそれもまた『真理』への道なのだそうだ。

 手段を問わない。ただ、目指せ……それがこの学園に在籍するものの責務なのだ。


 逆に言ってしまえば、僕は『親の七光り』をフルに使っても咎められることなどなかった……という証左にもなるのだが。


「どっかで見た顔ね?」

「姉さんが道端でぶん殴ったヤツだよ」

「ああ。ゴミかと思って気にしてなかったわ」


 自然な様子で煽る姉に、顔を歪めるギルバルト。


「おい、ノエル。お前、ここにいる意味ねぇよ。今すぐ退学しろ」

「そのつもりはないよ。僕は、ここでやりたい事があるから」

「あぁッ? 『スカムゴミ』が『アンコモン』に逆らうのかよ!?」


 がなるギルベルトの前に、姉が立ちはだかる。


「失せなさい」

「あ?」

「『アンコモン』が『レア』に口答えするワケ?」

「は? 知るか。お前も気に入らねぇんだよ……エファ・アルワース! 〝英雄の再来〟か何か知らねぇがよ! 所詮は女だろうが! 弟共々、ここで立場をわからせてやるよッ!」


 ギルバルトがパチンと指を鳴らすと、手に手に簡素な武器を持ったゴロツキのような少年たちが現れ、僕たちを取り囲む。

 金で雇った、足のつかない兵隊といったところだろうか。

 さすがにこれはマズい。姉がいくら強いとはいえ、人数が多すぎるし武器も持っている。


「……くッ」


 状況を察した姉が、余裕のない顔を見せる。

 それを見たギルバルトが、下卑た視線で姉を見る。


「叩きのめしてひん剥け。いい声で啼くようになるまで一晩中可愛がってやる」

「……ッ」


 それを聞いた僕の中で、少し考えの変化が起きた。

 それは、悔しさだったか怒りだったか、あるいは焦りだったかもしれない。

 いずれにせよ、モヤモヤとしたものを凝縮したようなそれは、僕にある決心をさせた。

 自分のせいで優しい姉を危機に晒すわけにはいかない、と。


 だから、自らに課した禁をここで破ると。


「〝起動チェック〟」

「……あ?」


 ギルベルトの周辺に居た数人が、バタバタと膝から崩れ落ちる。

 さらに、ざわつくその背後の数名が、今度は目と鼻を押さえてのたうち回り、僕らの背後を囲んでいた者は悲鳴を上げながら頭を抱え込んだ。


「な、なんだ……ッ」


 挙動不審になるギルバルトの周りでは、いまや十数名が倒れこみうめき声をあげている。

 死んではいないはずだが、調整をミスったのが混じってたらご愁傷さまだけど。


「な、ななな何しやがった!」

「あたしじゃないわよ?」


 怯えた様子で叫ぶギルバルトに、あっけらかんとした様子で姉が答える。


「ノエル、派手にやったわね。これ、人間に使っていいやつなの?」

「ちゃんと調整してあるよ。後遺症は少し残るかもしれないけど」


 苦笑する僕の指先から、丸まった小さな紙片がいくつか零れ落ちる。


「てめぇ、ノエル……なに、何しやがったんだ……」

「さぁね。そんな事より、歯を食いしばったほうがいいと思うよ、ギルバルト」

「は──……アボォウッ!?」


 僕の忠告を彼が理解する前に、姉の右拳がギルバルトの顔面を捉えていた。

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