第3話 そっくりさん

「あら、まあ。どうしたの? エファ」


 トレーに人数分のお茶のセット載せてを運んできた母さんが、ぐずる姉に声をかける。


「ノエルが、がくえんにいがないっでいっだー……」

「あらあら。それは、大変ね。一年間、楽しみに待っていたのに、ね?」

「うん」


 姉の背中をさすりながら、柔らかに笑う母。

 そのおかげか、姉は少しずつ落ち着きを取り戻したようだ。


「ノエルも楽しみにしていたのに、どうして、かな?」

「母さん。僕、『一つ星スカム』だったんだ」

「お父さんと、お揃いね」


 なんてことはないと言った風に、母が微笑む。


「それで、どうして? 『学園』に行くのに、星の数は関係ない、でしょう?」

「みんなに迷惑をかけたくないんだ」

「迷惑?」


 父と母が顔を見合わせて首をひねる。


「ノエル。『学園』で何か私たちの迷惑になるような研究をするつもりなのか?」

「役に立つ魔法道具アーティファクトの研究をするんじゃ、なかったの?」


 父と母が揃って真顔で俺に尋ねる。


「そんなこと、ないけど」

「じゃあ、何なのよ!」


 姉が少し怒った様子で詰め寄ってくる。


「親の七光りで入ったと思われたら、みんなに迷惑が──……」

「……ッハハハ」


 父が吹き出すようにして笑う。

 それにつられるように、母も苦笑した。


「ノエル。お前……『学園』を舐めてるな? 私たちの威光なんて足元を照らす役にも立たないよ」

「うん。お父さんの言う通り、だよ」


 学園都市を代表する〝賢人〟が二人して、再度吹き出す。


「まったく……何年ウェルスで暮らしてるんだ? ここは“真理”を探究するイカれた〝賢人へんじん〟を育成する研究学術都市だぞ? 親の七光りで入学したって、どこにも進めやしない。行きつくのは泥沼の底だ」


 父がご機嫌に笑う。

 なんというか、こんなに楽しそうな父は久しぶりで、戸惑いながらも僕は気分が少し晴れていくような気がした。


「それにな、ノエル。私たちはお前になら迷惑くらいかけられたって気にしやしない」

「でも……!」

「いいかい? 〝賢人〟ってのは、どいつもこいつもみんなどこか頭のおかしい人間だ。迷惑のことなんて考えていたら、とても到達できない場所に到達してしまう連中のことだ。私も含めてね」


 小さくウィンクして、父が窓の外を親指で示す。

 見ると、遠くの塔から黙々と虹色の煙が出ている。


「見ろ、学園都市ウェルスを。今日もどこかで魔法実験の事故で爆発が起こってる。……この方向ならマスキュラーの弟子のところかな? まったく迷惑なことだ」


 苦笑しながらも、真面目な視線を俺に向ける父。


「〝賢人〟になるんだろう? なら、私たちが度肝を抜くような迷惑の一つでもこさえてみるといい。それをさらに乗り越えて、私たちはまた一つ狂った“真理”とやらに近づいて見せるよ」

「そう、だよ? それに試験は……わたし達、ノータッチ、だからね?」

「〝賢人バカ〟の卵になる最初の試練だ。一筋縄じゃいかないぞ?」


 励まされているのだとわかって、僕は胸に熱いものがこみ上げるのを感じた。

 南部諸国などでは『一つ星スカム』と判断された瞬間、家の名誉のために子を殺す親もいるというのに、こんなにも僕は恵まれている。

 満たされた心で前言撤回を口にしようとしたその時、姉が半泣きのまま僕を指さす。


「だいたい、ノエルが急に入学試験やめたら……逆に我が家の評判が悪くなるでしょ! 『一つ星スカム』だから逃げたなんて言われたら、同じ『一つ星スカム』の父さんの迷惑になるのよ!?」

「あ……」


 ここに来て、自分の浅はかさにがっかりした。

 まったくもって姉の言う通りだと思っていたら、とどめの言葉が来た。


「どうしても『入学』しないって言うなら、受かってから堂々と辞退しなさいッ」

「……はい」

「ふふ。エファは、手厳しい、ね?」


 母さんがころころと笑いながら、お茶を差し出してくれる。

 それに顔を赤くしながら受け取って、すっかり焦って暴走していた自分を恥じいった。

 まだ入れるかすらわからない『学園』の入学を辞退するなんて、逆に親の七光りを確信していたようで、本当に恥ずかしい。


 穴があったら入りたい。


 いや、今から掘ろう。

 僕が先日開発したスコップ型魔法道具アーティファクトならそれも可能だ。

 深い深い穴を掘って、声の届かぬ場所で思いっきり叫ぼう。

 そうしないと耐えられないくらい、今の自分は恥ずかしい。


「ごめん、父さん、母さん。姉さんも。僕が間違ってたよ」

「おっと、ノエル。今の言葉も間違いだ」


 湯気の立つカップを傾ける父が、僕を再度見る。


「選択が間違っているかどうかなんて、結果が出てみないとわからないもんさ。私だって、いまだに悩む決断はたくさんある」

「そうなの?」

「そうとも。簡単に結果を決めてしまわずに、いろいろと悩むといい」

「ダメよ、父さん。せっかくノエルが認めたのに」

「ふむ。まぁ、だが……ノエルは大丈夫だと思うんだよなぁ」


 茶をすすりながら、父が俺を見る。

 それに続くように、母も姉も俺見て小さくうなずく。


「わたしも、大丈夫だと、思う」

「あたしも」

「……なにが?」


 そう尋ねると、母と姉が父をちらりと見てから小さく笑う。


「本当に、似てきた。そっくり、さん」

「苦労したって、母さん言ってたものね」

「え、だから何が……?」


 誰も僕の疑問に答えてくれないまま、一ヶ月が過ぎ……僕は試験の日を迎えた。

 そして、ごくごくあっさりと、僕は無事に『学園』の生徒へとなったのである。

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