―28― 流石にキツいな

 ある日を境に、お嬢様の様子は元に戻った。

 気になって理由を聞いてみたところ、「別に、いつも通りだったわよ」と返された。彼女がそう言うなら、そうなんだろうと納得するしかなかった。


「ねぇ、アメツ。今日はデートに行かない?」


 ある日、彼女はそう提案をした。


「デートですか?」

「そう、デートよ」


 あっけからんとした表情で彼女は断言をする。

 まぁ、デートといってもただお出かけをしようってことなんだろう。


「もちろん、かまいませんよ」

「そう、じゃあ、すぐに馬車を用意させるわ」


 ということで、僕とお嬢様は共に馬車に乗り込むことにした。


「それで、どこに行かれるんですか?」


 二人っきりの馬車の中で、僕はそう問うた。


「ただの観光巡りよ」


 と、彼女は答える。


「ねぇ、アメツ。ナーベル王国の成立ちって知っている?」

「えぇ、知っていますよ」


 僕が奴隷だった頃、たくさんの書物を読まされたが、その中には歴史書も含まれていた。

 ナーベル王国とは、今、僕がいる国の名称だ。

 ナーベル王国の中に、リグルット侯爵が治めるリグルット領や、クラビル伯爵が治めるクラビル領が含まれている。


「魔王を倒した勇者が建国したんですよね」

「よく、知っているわね」

「このぐらい誰でも知っていると思いますよ」

「じゃあ、聖剣伝説については知っているかしら」

「もちろん知っていますよ。勇者が魔王を倒したときに使われた剣のことですよね」

「ええ、そうよ。だから、聖剣がこの国のシンボルであり、その聖剣は王族が代々受け継いでいるってわけね」


 ナーベル王国の別名に、ナーベル聖剣領というのがある。

 それだけ聖剣の存在は神聖視され、人によっては、聖剣を持っているからこそ、国王の威光が担保されていると主張する者さえいる。


「じゃあ、その聖剣がすでに失われているって話は知っている?」


 彼女は悪戯な笑みを浮かべていた。


「ほ、本当ですか……?」

「ええ、本当よ。もちろん、このことは公には隠されているし、すでにレプリカが作られているから、民衆が簡単に気がつくことはないでしょうけど」


 本当に聖剣が失われたとなれば、それは国を揺るがす一大事だ。

 とはいえ、一部の者しか知らなければ、そう大きな問題にはならないのか?


「その、聖剣は誰の手に渡ったのですか?」

「色んな説が唱えられているけど、正直なところわかっていないわ。王族もこのことを必死に隠したがっているせいで、情報もあまり出回ってこないのよ。ただ、一つだけ断言できることがある」


 と、彼女はここで一息ついて、こう口にした。


「近いうちに、この国で争いが起こる」

「――ッ!?」


 驚きで言葉を発することができなかった。


「聖剣が失われたことで、王族の信頼は地に落ちた。それに対して、地方の領主たちはめきめきと力をつけているわ。リグルット家もそのうちの一つね。だから、王族は力をつけた領主を脅威に感じている」

「なるほど、具体的にはどんなことが起こる可能性があるんですか?」

「そうね、例えば、王国軍が今、このタイミングで私を襲撃するとかかしら」


 そう彼女が口にした瞬間だった。

 外部から魔力の反応を察知する。


「〈結界エステ〉」


 ティルミお嬢様がそう言うと同時、巨大な爆風によって、馬車が破壊される。

 結界で守られていた僕とお嬢様はなんとか無事だった。


「これを防ぐとは、流石、魔術の申し子と呼ばれるだけのことはあるな」


 外部と遮断していた馬車が破壊されたおかげで、外にいる存在が明らかになる。


「あら、褒めていただけるなんて、嬉しいわね」

「ふんっ、やはり貴様と話すたびに気分を害するな。ティルミ・リグルット」

「あら、奇遇ですね。私もあなたと顔を合わせると不愉快な気分になりますの、ガディバ・クラビル様」


 そう、目の前にいたのは、僕の元ご主人様、ガディバ・クラビルだった。

 そして、その後ろには甲冑を身にまとった大勢の兵士たちがある。


「それで、一体どんな名目で私を攻撃したのですか?」

「それは、俺様から説明しよう」


 そう言って、一人の男が前に進み出る。


「久しぶりだな。ティルミ・リグルット」

「あら、これはこれは、ケネスト・ナーベル様ではありませんか」


 ケネスト・ナーベル。確か、この国の第一王子を務める人物だったはず。


「ティルミ・リグルット。貴様には、国家転覆罪の容疑がかかっている」

「……証拠はどこにあるというんですか?」

「誤魔化すな。お前の使用人から密告があった。確か、名はナルハと言ったかな」

「あら、ナルハがそんなことを。では、仕方ありませんわね」


 そう言って、ティルミが両手をあげる。


「降伏しますわ」

「賢明だな。よし、そいつを連行しろ」


 そう言って、ティルミお嬢様を兵士たちが取り囲む。

 どうする? こいつらを全員殺して、ティルミお嬢様を救うべきか?

 とはいえ、彼らをここで殺してしまえば、ティルミお嬢様の立場は余計、悪くなるのも事実。


 すると、ティルミお嬢様は僕のほうを見て、口を動かした。


『右ポケット』


 口の動きを見て、そのことを読み取る。

 指示通り、右のポケットに手を突っ込む。

 すると、一枚の紙が入っていた。

 ティルミお嬢様が僕の隙を盗んでいれたんだろう。 

 内容はこうだった。


『クラビルを監視しろ。私は自力で脱出するため、構わないように。詳しいことはナルハから』


 書かれていた内容を把握すると、他の者に見られないように口の中にいれて飲み込む。

 すでに、目の前ではティルミお嬢様は手錠をつけられた上で、囚人用の馬車に入れられていた。


「やぁ、アメツ。君をずっと探していんだ!」


 クラビルがそう言って、僕のことを両手で抱きしめる。


「それじゃ、アメツ、改めて俺と契約魔術を結んでくれるよなぁ」

「ええ、もちろんですよ。ご主人様」


 そう言った僕の口調はどこか機械的だった。

 お嬢様の命令であれば、どんな内容でも従おうと思っていた。

 とはいえ、これは流石にキツいな。


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