―21― 遅くなりました
魔族に関してはわかっていないことのほうが多い。
ただ、はるか昔、魔族とそれを従える魔王という存在が人々を襲撃した。
しかし、それに対して人類は打ち勝つことができたとされている。
そして、魔族と戦った人々は勇者として称えられた。
それから、魔族が滅多に姿を現すことがなくなった。
その魔族が、なんで目の前に?
その上、その魔族が百体もの
これは勝てない、ティルミは一瞬でそう判断した。
であれば、なにをすべきかティルミは考える。
「あなたの目的は一体なんですか……?」
ティルミは魔族のことを見て、そう言葉を紡ぐ。
「それに答えてなんの意味があるというのでしょうか?」
「私なら、あなたの願いを叶えることができます」
見たところ、召喚された
恐らく魔族がまだなんの指示も出していないから
ということは魔族さえなんとかすれば、事態は解決するかもしれない。それには、直接交渉するしかないと考えた。
「くっはっはっはっ、なるほど、この私と交渉しようってことですか。おもしろい」
魔族に意図が伝わったようで、そう言ってやつは笑った。
これでひとまず交渉のテーブルにつくことができた。
「では、服を全部脱いでください」
「え……?」
「できないんですか? だったら交渉は決裂。あなた方を襲いましょう」
魔族は下卑た笑みを浮かべる。
ティルミは逡巡する。まさか、この手のお願いをされるとは微塵も考えていなかった。
「おい、お嬢ちゃん、こんなやつの言うことを聞く必要なんて――」
「いえ、やります」
断ったら命はないようなものだ。
悩むのがそもそもおかしかった。
ティルミは深呼吸をしながら、トップスのボタンを一つずつ外していく。そして、袖から腕を通すと肩が露わになった。
ティルミは上着を脱ぐと、律儀に畳んで地面に置いた。
「はぁ……はぁ……」
息が荒い。無意識のうちに緊張しているようだった。
上に着てるのは下着だけになっていた。
それからスカートに手をかける。ボタンを外すと、スカートが自然に落下する。
もうティルミが身にまとっているのは下着と靴下しかない。
「下着もちゃんと脱いでくださいね」
「わ、わかってます……」
ブラジャーの背中にあるホックを外す。
腕で自分の胸を隠しながらブラジャーを地面に置いた。
ティルミは胸は決してふくよかとはいえないが、傍から見て膨らんでいるいるのがわかる程度には大きかった。
その胸を左腕で押しつぶすようにして隠す。腕で全てを隠すことはできないが、大事なところを見られないで済む。
次はパンツだ。
だから、パンツに手をかけようとして――
「あっ」
ティルミは無意識のうちにそう呟いていた。
涙が目尻から零れていた。
なんでこんなことをしてるんだろう?
ふと、そんなことを思う。
ティルミに限らず他にも人間はいた。その中で自分は最も年下だ。
なのに、なんで自分が犠牲にならなきゃいけないんだろう?
そんなことを思ったせいか、どうしようもなく涙がこぼれてきた。
「おや、やめるんですかぁ?」
「いえ、やります」
ティルミはそういって両手でパンツをおろそうとする。
けれど、手が思い通りに動かなかった。
手がガクガクと震えて、思い通りにパンツを掴むことができない。
だから、いつまで経ってもパンツがおろされることはなかった。
「時間切れでぇす」
「え……?」
「いつまで待たせるんですか? もう飽きてしまいました」
「すみません! 今すぐ脱ぎますので!」
ティルミは慌てて、謝罪の言葉を口にする。
「いや、もういいです」
けれど、魔族は聞く耳を持たなかった。
「もう皆さんを殺します。あぁ、あなただけは最後にしてあげますよ。みなさんが死ぬのをその目で見届けてくださいな」
そう言って魔族は笑みを浮かべる。
その瞬間、
地響きがなる。地面が揺れる。木々を倒しながら、一斉に襲いかかってきた。
「うわぁああ!」
「こんなの、勝てるはずがねぇ!」
冒険者たちの絶叫が聞こえる。
「ふっはっはっはっはっ! やはり何度も見ていて気持ちいいものですねぇ。一方的な虐殺というのはねぇ!」
魔族の笑い声が木霊する。
「う……うそ……」
目の前の惨劇にティルミはただ膝を落として見ているしかなかった。
「この状況を作ったのはあなたのせいですよ!」
魔族がティルミの元によってきて、そう叫んだ。
「私のせい……?」
「ええ、あなたが早く服を脱いでいればこんなことにならなかった!」
「あ、あぁ……」
ティルミの目から涙が溢れる。
この状況を作ったのは、全部自分が原因なんだ。そう思った瞬間、ティルミの心のなにかが折れる音がした。
「えぇ、あなたのせいです!」
そう言って、魔族はティルミの首を持って高く持ち上げる。
息が苦しい。けれど、抵抗するだけの気力がティルミにはもうなかった。だから、両腕はだらんと垂れていた。
「今頃、他のみなさんはあなたのことを恨んでいるでしょうね!」
そうに違いない。そう思うと、ティルミはどうしもない罪悪感が沸いてくる。
そして、魔族はティルミの体を遠くに投げ飛ばした。
自分の体が地面を転がっていく。
痛みなんて感じなかった。それほど、ティルミは心は暗く閉ざされていた。
「あっはっはっはっ、なんて楽しいんでしょう! 人間をこうして絶望に落とすのは」
そう言いながら、魔族はティルミのことを蹴り飛ばす。
ティルミはなすがまま蹴られるだけで、特に反応を示さなかった。
「ちっ、つまらん」
それが魔族にとって気に入らなかった。
痛みで悶え苦しむ姿が見たかったのに、人形のように無反応ではなんら面白くない。
「もう殺してしまいましょうか」
この娘を殺しても、他にも人間はたくさんいる。実のところ、
だから、まだ死んではいないはすだ。
そう決意した魔族は槍のように鋭くて黒い影のような物質を生み出し、それでティルミを串刺しにしようと振るう。
あぁ、死ぬのか、とティルミは思った。
仕方がない、とも思った。
だって、私が全部悪いのだから。
これは私にくだされた罰に違いない。
だから、ティルミは目をつぶって自分の死を静かに受け入れることにした。
(ごめんなさい……お父様、お母様)
そして、心の中に両親に謝る。
それと、弟にも謝らないと。
(ごめんなさい、ダニオール)
もう一人、彼にも謝らないといけない。
(ごめんなさい、アメツ……)
そう心の中で囁く――。
「〈光ノ刃〉」
ふと、聞き慣れた声が聞こえた。
「お嬢様、申し訳ありません。遅くなりました」
そう言った彼は〈光ノ刃〉をふるって、魔族の槍を弾き飛ばしていた。
「アメツ……?」
「はい、そうです」
彼がそう言ってこちらを見た瞬間、形容しがたい感情がこみ上げてきた。
目の前の光景が脳裏に焼き付く。これからの人生、この瞬間を何度も思い出すことになるってことがわかってしまうほどに。
「もう安心してください。僕があなたを守りますので」
彼はそう耳元で囁く。
それがどうにもむず痒く、心地よかった。
(あれ……もしかして、私……)
この感情の正体を探ろうとして、一つの可能性に思い当たる。
なぜだかわからないけど、全身火照ったように熱い。
その上、心臓の鼓動の音がさっきからうるさいほどに聞こえる。
この反応の正体を探ろうとして、ティルミはひたすら考える。
そして、ひとつの可能性にいきあたる。
(好きになってしまったかも……)
という。
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