―16― 今すぐ、行くわよ!

 ティルミお嬢様と魔術の特訓を始めて一ヶ月が経とうとしていた。

 とはいえ、成果のほうは乏しかった。

 術式記録領域を呼び起こすやり方は苦痛が伴うため、何時間も続けることができない。

 それでもティルミお嬢様は懸命に特訓を続けていた。


「アメツ、今日もやるわよ!」


 そう言ったお嬢様の目はやる気に満ちあふれていた。

 うん、この調子になら、今すぐ結果はでなくても、そのうち花が開くに違いない。


「そういえばお嬢様、ここ最近ずっと僕との特訓に付き合っていますが、学校には行かなくていいんですか?」


 以前、お嬢様は学校に通っていると聞いたことがある。

 魔術を習う学校らしい。

 しかし、僕が見た限りお嬢様がその学校に通っている気配がなかった。


「あー、学校なら、すでに卒業できるだけの単位とっているし、通う必要がないのよ」


 学校に行くよりアメツとの特訓のほうがためになるしね、と彼女は付け加える。

 まぁ、お嬢様がそう言うなら、そういうもんなのだろう。僕は学校に通ったことがないので、そういった事情には疎い。


「それじゃあ、始めましょうか」


 僕はそう言ったときだった。

 トントンとノック音が聞こえてから、扉が開かれる。


「お嬢様、旦那様がお呼びです」


 入ってきたのは、ナルハさんだった。

 聞いたところによると、ナルハさんはティルミお嬢様の専属メイドらしい。だから、こうしてお嬢様とは密に連絡を取り合うんだとか。


「わかったわ。今行く。アメツ、少し待っていてね」

「ええ、わかりました」


 お嬢様は返事をすると、部屋から出て行ってしまう。

 こうなってしまえば、特訓のほうも中断だろう。

 部屋に残っていたのは、僕とナルハさん二人きりだ。


「お嬢様に可愛がられているからって、あまり調子に乗らないでくださいね、不埒者」

「え、えぇ……わかりました」


 ナルハさんは僕に会う度に、僕に不埒者と呼んでは野次を飛ばしてくる。

 別に、調子にのっているつもりはないんだけどな。

 なんで、ナルハさんは僕のことをここまで嫌うんだろ? うーん、わからん。

 それからは気まずい時間が流れた。

 ナルハさんはただ、僕を睨みつけては黙っていた。だから、僕も黙っているしかなかったが、やはり気まずい。

 お嬢様が戻ってきてくれたら、この気まずさから解放されるんだけどな。

 早く戻ってきてくれないかな……。


「アメツ! 今から、魔物を退治しに行くわよ!」


 ドンッ、と強引に扉が開いたと思ったら、ティルミお嬢様がそう叫んだ。

 魔物退治だと?

 一体、どういうことだ?


「だから、早く準備してきて。今すぐ、行くわよ!」

「わかりました!」


 質問するタイミングを逃したが、聞く機会なら後からいくらでもあるか。

 だから、急いで自分の部屋に行く。


「あの、お嬢様、わたくしもご一緒に!」

「あぁ、ナルハ、あなたはお留守番よ」

「なぜですか、お嬢様ぁあああ!?」


 という会話が聞こえたが、気にしないでおこう。





 僕とティルミお嬢様は魔物を退治するために馬車に乗っていた。

 その中でお嬢様から説明を聞かされていた。


「村の近くに魔物の足跡が発見されたの。それで、私直々に討伐依頼が出されたってわけ」


 普段、魔物は村から離れた山奥にひっそりと暮らしている。

 だから、村にいれば滅多に魔物と遭遇することはない。

 だが、まれに村に接近してしまう魔物がいる。

 そういった魔物は早めに見つけて討伐する必要がある。


「でも、なぜ、わざわざお嬢様にですか? 別にお嬢様でなくても、冒険者ギルドに依頼を発注すればいいと思うんですけど」


 冒険者ギルドに討伐依頼を発注すれば、冒険者が討伐してくれるはずだ。


「普通の魔物ならそれでよかったんでしょうね。けど、今回は大物なの。だから、私が出向く必要があるってわけ」


 なるほど。

 大物だからこそ、ティルミお嬢様に依頼された。それだけティルミお嬢様の実力が評価されているってことなんだろう。


「それに、冒険者ギルドにも依頼が出されているから、決して私一人で倒すわけではないし」

「そうなんですか」

「それに、今回はアメツもいるからね。期待しているわよ」


 そう言って、お嬢様が僕に微笑みかけてくる。

 期待されている以上、その期待には応えたい、と僕は思った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る