―112― 威圧
同時刻、アゲハと魔王ゾーガは接敵していた。
「誰だ? てめぇ」
魔王ゾーガはアゲハの姿を見て、眉をひそめながらそう口にする。
「勇者だよ。本物のね」
「あん?」
アゲハのしたり顔に対して、魔王ゾーガは怪訝な顔をした。
「まぁ、あなたがどう思おうが、関係ないんだけどね。だって、やることは変わらないんだし」
「なんだてめぇ。さっきから、うぜぇなぁ」
「そう、それは気が合うわね。私もあなたこと、さっきからうざいと思っていたから」
そう言い終えた瞬間、両者は剣を握ってお互い斬りかかった。
◆
「キスカぁー」
アゲハと魔王が戦っているであろう場所に戻ると、すでに戦いは終わっていたようで、アゲハが手をふりながらやってきた。
「よぉ、大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫だった」
と、言いながら、彼女は俺に抱きついてくる。
「魔王は?」
「ほら、あそこにいる。ちゃんと倒したよ」
確かに、アゲハが指差した方向に横たわっている魔王ゾーガがいた。見た感じ、アゲハの手によって殺されたみたいだ。
「そうか、がんばったな」
そう言いながら、アゲハの頭をなでると彼女は嬉しそうに俺に身を委ねてくる。
「ほら、賢者ニャウを連れてきたぞ」
「そうなんだ」
と、言いながら、アゲハは賢者ニャウのほうを見る。
賢者ニャウはというと、状況をまだ把握できないようで、戸惑っていた。
「あなたの転移魔術でダンジョンの外に出たいんだけど」
「そ、それは構わないですが……あなたは誰なんでしょうか?」
「勇者だよ、本物のね」
と、アゲハは言うものの、ニャウは信じられないようで顔をしかめていた。
「まぁ、私が勇者かどうかなんてどうでもいいでしょ。ほら、この通り魔王を倒したのは事実なんだから」
「確かに、魔王はすでに倒されてますね」
賢者ニャウは魔王の亡骸を観察していた。
「ノクさん、彼女が魔王を倒したというのは本当ですか?」
「あぁ」
賢者ニャウの質問に暗殺者ノクは頷く。
「わかりました。まだわからないことが多いですけど、ノクさんがそう言うなら、アゲハさんが魔王を倒したのだと思うのです。なので、協力を惜しみません。ですが、転移魔術を使うにしても全員が揃ってからでないと……。勇者エリギオン様は、そこで寝ているみたいですが、戦士ゴルガノさんと聖騎士カナリアさんを待ってからでもいいですか?」
「あぁ、その必要はないわ。2人とも裏切り者だったから殺した」
もっと言い方があるだろ、と思いつつも事実だからなにも言えない。
賢者ニャウは驚いてしまったようで、硬直していた。
「ノクさん、本当なんですか?」
「あぁ」
再びノクが頷いたのを見て、一応ニャウなりに納得しようとしていた。
「わかったのです。ひとまず後で詳しく事情を聞くとして、転移魔術を使って、一旦外に戻りましょうか」
ひとまず、これで賢者ニャウを説得することができた。想像以上に聞き分けがよくて助かる。
それからニャウはロッドを手にして、呪文の詠唱を開始した。
転移魔術を発動させるには、それなりに時間が必要だったと思うから、このまま待つ必要があるな。
だから、ぼーっとして待っていた。
魔王も倒したことだし、これですべてが終わったのだろう。
百年前にきた当初はわけもわからなかったが、こうして世界を破滅させる元凶を取り除くことができたわけだし、これで俺のやるべきことをすべて成せたのだろう。
……そういえば、どうやって、元の時間に戻ることができるんだ?
観測者はなんて言ってたっけ?
確か……、
「世界が救われたと判断できたら、君を強制的に元の時間軸に戻す」
そうだ、そんなことを言っていたはずだ。
あれ……? 世界が救われたってどうやって判断するんだろう? 魔王倒したら終わりではないのだろうか?
こんなことなら、もっと詳しく聞いておくべきだったな。
なんて、俺は考え事をしていたとき――、
それが起こったのは突然だった。
あまりにも突然で、最初俺は自分の目を真っ先に疑った。
「おい、なにをしているんだ……?」
俺は無意識のうちにそう呟いていた。
視線の先には、アゲハがいた。
アゲハの手に大剣が。その大剣にはべったりと大量の血が付着していた。
「こいつ邪魔だから」
アゲハはぽつり、とそう呟く。
「それに、こいつがいなくなったほうが、キスカも幸せでしょ。だって、これで、アルクス人の風評が生まれることはない」
そう言って、アゲハは俺のほうを見てにっこりと笑った。
確かに、死んでしまえば、裏切り者の汚名が広まることもないような……、と考える。
「な、なにをやっているんですか……ッ!?」
賢者ニャウが叫ぶ。
叫びながら、ロッドを構えて、アゲハに敵対しようとする。
「なに? 私とやる気なの?」
「質問に答えてください……っ。なんで、ノクさんを殺したんですか!?」
そう、たった今、不意打ちのごとく、アゲハがノクの胸を剣で突き刺したのだった。
あまりにも深く剣が突き刺さって、血が勢いよく飛び散っていた。呻き声をあげる間もなく、即死したのは明らか。
「あなたに答える義理はない」
「答えてほしいのですッ! じゃないと、ニャウはあなたと敵対することになるのです」
「そう。別にいいよ。私はどっちでも。私にとって、あなたの生死はあまり興味がないから」
そう言いながら、アゲハは剣の柄を握りしめる。
待て、このままだと、ここでニャウとアゲハが殺し合いを始めてしまいそうだ。
それだけはなんとか避けたい。
「おい、アゲハ落ち着け。ここでニャウと敵対する意味はないだろ!」
「キスカ。なんで、その女をかばうの?」
そう言って、アゲハは睨み付けてくる。
瞬間、ゾクッと背筋が凍った。アゲハから放たれた威圧があまりにも強烈だった。
それでも、俺は勇気をふりしぼって、アゲハを説得しようとする。
「かばっているわけではない。ここで戦うのは無意味だと言ってるだけだ。それに、ニャウが怒るのも当然だ。なんで、ノクを殺したんだ?」
「なんでって、キスカは一緒に喜んでくれないの? キスカだって、ノクのこと邪魔だったんでしょ?」
「そんなこと俺は一言も……」
まずいな。しゃべればしゃべるほど、事態が悪くなってくるような……。
「キスカどいて」
そう言ってアゲハは再び威圧する。
これ以上、ニャウの味方をしたらアゲハの機嫌が悪くなりそうだ。
「わかった」
そう頷きながら、俺はその場を離れる。
途端、アゲハは賢者ニャウに近づいては、剣を首に当てながら、こう口にした。
「殺されたくなかったら、早く転移魔術を使って」
と。
「わ、わかったのです」
賢者ニャウはそう頷くしかなかった。
俺としては、ニャウを怖がらせてしまったとはいえ、殺されることはなさそうなので、ひとまず安心か。
そして、俺たちはニャウの転移魔術をつかってダンジョンの外へと脱出した。
結果的に、ダンジョンの外に生きて出ることができたのは、俺とアゲハ、それから賢者ニャウと勇者エリギオンの4人だけだった。
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