―97― 激戦
魔王軍による首都ラリッチモンドの侵略は未だ勢いが衰えなかった。
あちこちで斬撃音やら悲鳴やらが聞こえる。
城壁はひび割れて今にも崩れ落ちそうだ。
恐らく、ニャウは城壁の上で魔王ゾーガと戦っているはず。
最悪すでに死んでいる可能性も……いや、最悪な事態を考えるのはよそう。
今は、一刻も早くニャウのもとに行くことだけを考えよう。
そう決意して、俺は走った。
◆
「はぁー、はぁー、はぁー、はぁー」
呼吸するたびに、肩が上下する。
すでに賢者ニャウは疲労困憊だった。
「さっきからちょこまかと動きやがってうざいんだよ! もっと正々堂々と戦えや!」
魔王ゾーガが吠えるように挑発する。
さっきからニャウはひたすら時間稼ぎしていた。
魔王ゾーガの攻撃を正面から受け止めようと思ってはいけない。
大賢者アグリープスが魔王ゾーガに一撃で殺されたのは、恐らく彼が魔王ゾーガの攻撃力を甘く見たからだろう。
大賢者アグリープスはこう考えていたに違いない。
まさか、自分の結界が破られるはずがない、と。だから、魔王ゾーガの攻撃から結界を理由にして身を守った。
その結果、あまりにもあけっなく結界は切り裂かれ、そのまま大賢者アグリープスの体まで切り裂かれた。
大賢者アグリープスの貼る結界は数多いる魔術師の中で最も硬度だとして知られている。
それを簡単に破った魔王ゾーガの攻撃力がいかに規格外なのか。
だから、なにがあっても魔王ゾーガの攻撃を受け止めてはいけない。
けれど、ニャウには攻撃を回避するような技術もなければ、速く移動するのに必要な身体能力もない。
その結果、考え出されたのが、さきほど述べた通りの
そういえば、勇者エリギオンが殺されたときも、戦士ゴルガノと聖騎士カナリアに勝てないと判断したニャウは、早々にキスカの体を抱えた状態で、
「おいおい、逃げてばかりだとよぉ! いつまでも決着つかねぇじゃないかぁ!!」
魔王ゾーガが再び挑発する。
バカですね、とニャウはほくそ笑む。
けれど、魔王ゾーガが声を発すれば、相手の位置を補足できる。
「氷の魔術、第四階梯、
詠唱省略。氷の魔術なら、第四階梯までなら詠唱をせずとも魔術を発動することができる。
しかも、
狙い通り、視界を覆うほどの巨大な氷が発生した。
その氷は魔王ゾーガを巻き込む。
ガリンッ! と、氷が斬られる音が聞こえる。
「うそですよね……」
目の前の光景に唖然とする。
まさか、たった一振りで巨大な氷を一刀両断するなんて――。
「そこにいたのかぁ」
魔王ゾーガの声が聞こえる。
まずい……っ。
と、ニャウは肝を冷やす。
魔術を発動させたら、その発射地点を予測することで魔術師の位置があらかた予想できてしまう。
すぐに防御態勢を整えないと。
「結界の魔術、第三階梯、
三重に重ね結界を一瞬で構築する。
けれど、魔王ゾーガなら、これでも簡単に切り裂くに違いない。
「風の魔術、第四階梯、
だから、結界を囮にして、自分はその場から可能な限り離れる。
案の定、パリンッ! と、結界が斬られる音が聞こえる。
「くそっ、またちょこまか逃げやがって! いい加減うぜぇんだよ!」
苛立った魔王ゾーガの声が聞こえる。
「なぁ、いい加減、正々堂々と戦おうぜぇ!」
魔王ゾーガがそう呼びかける。
対してニャウはいたって冷静だった。
根気よく相手の攻撃を避け続ければ、いつか勝機が見えるはずと考えていた。
「あー、もういいや。そっちがその気なら、こっちにだって手はあるんだ」
ふと、魔王ゾーガが意味ありげなことを呟く。
一体、なにをするつもりだろうか、とニャウは疑問に思う。
「本当は部下を巻き込んでしまうからやりたくなかったが、まぁいいや」
嫌な予感がした。
魔王ゾーガはなにかとてつもないことをするつもりじゃないだろうか。
そう判断したニャウはできるかぎり距離をとろうとする。
「邪道式剣技、
魔王ゾーガは持っている大剣を真上にかかげては、そのまま真下へと叩き込む。
途端、地面に大きな割れ目が発生した。
その割れ目は徐々に大きくなっていく。
魔王ゾーガと賢者ニャウがいた場所は、城壁の上だ。
その城壁に魔王ゾーガによる強烈な一撃が加えられたのだ。
結論から述べると、魔王ゾーガの攻撃によって、城壁一帯が崩れ落ちた。
近くにいたニャウもリッツ賢皇国の兵士も巻き込んで、城壁はバラバラに砕ける。
「まずいです!」
ニャウは叫ぶ。
このままだと、落下して瓦礫に押しつぶされる。
「風の魔術、第二階梯、
とっさに風を起こして、なんとか瓦礫を払いのけた上、真下にも風を起こしてクッションにすることで安全に着地する。
「よぉ、そこにいたのか」
声のしたほうを見る。
魔王ゾーガが不気味な笑顔をうかべて、立っていた。
城壁が崩れ落ち、立ち位置が変わったことで、
「おらぁッ!!」
魔王ゾーガが突撃してくる。
ニャウは焦燥する。
今更、
だったら――
「結界の魔術、第三階梯、
身を守るように結界を発生する。
「はんっ、そんな結界はっても意味ねぇことぐらい、知っているだろうがぁ!」
そんなこと言われなくても知っている。
だが、ニャウにはこれぐらいしかやることがなかった。
「お願いです……っ」
祈るように、ニャウはそう呟く。
その祈りを冷笑しながら、魔王ゾーガは大剣で結界をたたき割ろうとする。
パリンッ!
その音は、結界が割れた音ではなかった。
「あぁん?」
一瞬、なにが起きたのか把握できなかった魔王ゾーガは呆けた声をだす。
そう、砕けたのは魔王ゾーガの持つ大剣の方だった。
「ニャウが意味もなく逃げ回っていたと思っていたのなら、それは大きな間違いです」
ニャウはそう言いながら、ほくそ笑む。
「一番、最初に、あなたの大剣に
そう、魔王ゾーガと戦い始めたときに、こっそりと
一般的な武器なら、
だから、壊れるまで、ひたすら攻撃をかわし続ける必要があったというわけだ。
とはいえ、もう少し壊れるのが遅かったら、致命傷を負っていたに違いないから、心底運がよかったな、と思う。
「これで、あなたの攻撃力は大幅に弱体化しました。だから、ニャウの勝ちです」
「うるせぇ!!」
そう言って、魔王は大剣の代わりに、おのれの拳で叩き込もうとする。
しかし、そこにはニャウによって貼られた
いくら魔王といえども、拳で結界を壊すなんて、不可能――。
「へ?」
今度はニャウが唖然とする番だった。
なにせ、目の前で、いとも容易く
「大剣が壊れたのは驚いた。だが、たかがそれだけのことだ。てめぇみたいな雑魚相手に、大剣なんて必要ねぇんだよ」
そう言いながら、魔王ゾーガはニャウのお腹に拳を叩き込む。
「ごふぉッ!」
低い呻き声をだす。
次の瞬間には、ニャウの体躯は城壁の壁へと叩き込まれる。
だが、それで許してくれないのが魔王ゾーガだった。一瞬でニャウのいる場所まで移動し、回し蹴りをする。
「ぐあぁッ!」
再び、ニャウは悶絶しながら、地面を勢いよく転がっていく。
全身に激痛が走る。あまりの痛みで発狂してしまいそうだ。
まずい……、早く立たないと、また攻撃を受けてしまう。
そう思って、力を入れるも、うまく力が入らない。足の骨が盛大に折れているのが明確だった。
このままだと、まずいと判断したニャウはとっさに魔術を構築する。
「ち、治癒の魔術、第一階梯
「おい、なにやってんだぁ?」
見上げると、目の前に魔王ゾーガが立っていた。
「あ……あぁ……」
か細い悲鳴をあげてしまう。
これから、さらに痛めつけられると思うと、恐怖で青ざめる。
「死ねぇ!」
魔王ゾーガは横たわっているニャウに対して、足を真上にあげては真下へ振り下ろした。
地面に割れ目ができ陥没する。
上かせ衝撃でニャウの体は大幅に反る。
ニャウのか細い体はすでに全身ズタズタだった。
◆
「よぉ、生きているか?」
魔王ゾーガはそう呼びかけながら、横たわるニャウの頭を掴んでは乱暴に持ち上げた。
「あ……ぅ」
ニャウにはすでに抵抗できるだけの力がないのか、なんの反応も示してくれなかった。
それが魔王ゾーガにとって、つまらなかった。
だから、ニャウの頭を掴んだ手を握りつぶすつもりで握力を強める。
瞬間、頭が割れるような痛みが発生する。
「あぁあああああああ! あぁああああああああああああああああ――ッッッ!!」
たまらずニャウは悲鳴をあげる。
「ふはははははッ!」
それが、魔王ゾーガにとってたまらなくおもしろかった。
けど、ある程度時間が経つと、ニャウは人形のように声を発しなくなった。
死んだか? と、魔王ゾーガは思う。
死んだなら、もう用はない。
だから、ニャウの体を乱暴に放り投げる。
投げられたニャウの体躯は地面を引きずるように転がっていった。
さて、厄介な賢者ニャウを潰すことはできた。
城壁が壊れたことで、魔王軍は次々と、町の中へと進軍していく。この町が陥落するのも時間の問題か。
すでに、魔王ゾーガは勝利を確信していた。
「……まだ、です」
「あん?」
ふと、振り返る。
そこには、立ち上がろうとしているニャウがいた。
けれど、立つことさえ難しいようで、ロッドを杖代わりにして、なんとか体を立たせようとして苦心していた。
すでに、満身創痍なのは明らかだ。
あちこちから、血は出ているし、骨が折れているのか、骨格がところどころ歪だ。
「まだ、ニャウは、負けていないです……」
そう言って、彼女は立ち向かおうとしていた。
とはいえ、なんの驚異も感じなかった。
彼女なら、威力が高い魔術を放つことができるかもしれない。けど、この距離なら、自分がニャウの息をとめるほうがずっと早いことがわかっていた。
だから、魔王ゾーガはニャウの近くまでゆっくり歩く。
どうやらニャウの目が使い物にならなくなっているのか、これだけ近くにいるというのに、ニャウが魔王ゾーガの存在に気がつく気配がなかった。
「死ね」
魔王ゾーガは躊躇なく、拳を全力でふるった。
ニャウにとどめをさすため。
「――あ?」
空ぶった。
そこに、ニャウがいると思った場所を全力で殴ったはずなのに、なんの感触も得ることができなかった。
「間に合ったな……」
ふと、そんな声が聞こえる。
離れた位置に、ニャウの体を支えているキスカが立っていた。
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