―57― リセット
それは、いつも神出鬼没だった。
突然現れては、目の前の存在を葬る。
憎しみと嫉妬の塊のような存在で、いつもなにかに対してイラだっている。
だから、それは吸血鬼ユーディートの首を切り落とした。
ユーディートは吸血鬼だから、首を落とすだけでは死なないため、念入りに脳みそをかき混ぜるようにたたき割る。
脳みそをぐちゃぐちゃして、ようやっと、吸血鬼を殺せたんだと自覚する。
それから、それは次の標的をもとめて、ゆっくりとダンジョンを徘徊していた。
そして、見つけたのだ――次の標的を。
◆
「ずるいなぁ」
ねっとりと粘着したような声質だった。
それは、するどい目で俺たちを睥睨していた。
「お前ばっかり、いい目に合って、なんで我はいつも損な役回りなんだよぉ」
そうやって慟哭する。
「……アゲハ?」
そんな中、俺はただ混乱していた。
そう、アゲハの腕を切り落とし、俺を蹴り飛ばした存在はアゲハだったのだ。
「あっ……あぁッ!」
腕を切り落とされたアゲハは激痛に未だ悶えていた。
俺の目の前にアゲハが二人いるのだ。
は……? どういうことだ?
意味がわからない。
「誰なんだ、お前は?」
そう、尋ねていた。
どっちのアゲハに尋ねてるのか自分でもわからない。もしかしたら、二人に対して尋ねていたのかもしれない。
「アゲハ・ツバキだよ、我は」
答えたのは、俺を蹴り飛ばしたほうのアゲハだった。
「なんで、同じ人間が二人いるんだ?」
そう質問をすると、「ふっ」とアゲハは自嘲的な笑みを浮かべては、腕を切り裂かれたほうのアゲハを指さしながらそう言った。
「こいつは我の偽物だ。我のフリをして、いつも我からなにもかも奪おうとする」
「はぁ……」
よくわからなかったので、ため息のような吐息を出してしまう。
黒アゲハ(混乱するので、突然現れたほうのアゲハを黒アゲハと呼ぶことにした)の言い分では、黒アゲハが本物でアゲハ(記憶を失ってる方のアゲハ)が偽物ってことらしい。
アゲハの言い分を聞くべきかと思って、彼女のほうを見る。
「意味わからない、意味わからない、意味わからない! なんで、私が二人いるのよッ!」
アゲハは頭を抱えて錯綜していた。
そうだ、アゲハは記憶を失っているんだった。偽物と言われても、なんの反論もできるはずがない。この場で一番混乱しているのは彼女なんだ。
「ふっ、都合悪い記憶を全部消してやり直そうってか。あぁ、本当嫌になるぐらい、脳内お花畑だなぁ、お前は」
「そんなの言われても知らないよッ!」
「知らないのは、自分が原因だろう。あぁ……っ、もう呆れるなぁ!」
「だから、わからないって!」
黒アゲハとアゲハがそれぞれ応酬していた。
「キスカ……ッ! お願い助けてよ……」
「あぁ」
アゲハが俺にすがるように助けをもとめる。
彼女の期待には応えたいが、助けてくれと言われても、なにをどうすれば助けたことになるんだ。
「アゲハ……?」
ふと、近くにいた彼女が肩を震わせていることに気がつく。
そりゃそうだよな。
俺だって、同じ目にあったらすごく怖いに違いない。
だから、少しだけ彼女の不安を取り除けることができるならと思い、彼女をそっと抱き寄せる。
「ずるいなぁ」
ぼそっ、と黒アゲハが毒を吐いた。
「ずるいよ。お前ばっかり媚びを売って可愛がられて、それで嫌な役目は我に押しつけて。ずっと、ずっと、ずっと、そうやって我を利用して。あぁ、もう嫌だ。付き合いきれん。今まで、我慢していたけど、もう散々だ。我もそっちがよかった。だって、我も×××が好きなのに……っ」
一部だけ聞き取れなかった。
けど、そんなことより、別のことに意識が向く。
泣いていた。
黒アゲハは大粒の涙を流して、訴えていたのだ。
「そんなつもりじゃ……っ」
なにかを否定しようとアゲハがそう口にする。
あぁ、助けないと。
正直、二人の間になにがあったのか俺にはよくわからな。なにが正解でなにが間違っているのか。なにが正義でなにが悪なのか。俺は微塵もわからない。
けれど、目の前で泣いている女の子をいたら、助けてあげたい
俺の中で芽生えた感情の中で、それだけは確かだと思えた。
だから無意識のうちに俺は手を伸ばしていた。
「もう無理だぁ」
ポツリ、とアゲハがそう言う。
「こんなことなら救うんじゃなかった」
そして、諦めきった表情で彼女はそう言う。
「こんな世界なら、なくなったほうがいいよね?」
まずい……っ。
黒アゲハがなにかをしようとしている。
それがなにかわからないが、本能がそれが非常にまずいんだと訴えかけていた。
「やめろ! アゲハッ!」
そう叫んだときにはすでに遅かった。
ポツリと彼女はこう口にしていたのだ。
「〈リセット〉」
と。
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