第48話「イストの提案」

「まさか、バレてるとは思わなかった……」


 港町フルムにある、宿の一室で俺は落ち込んでいた。

 ここは辺境大陸で何かあった時のために、ハスティさんが自前で抑えている宿だ。

 ちょっと景気が悪いとはいえ、さすがは大国の宮廷魔法使いである。辺境大陸でも屈指の宿。そこにはちょっとしたホームパーティーが出来そうなくらいの空間があった。


 広い室内に用意された大きなテーブル。そこに用意された席に俺達は座っていた。

 隣にはユニア、向かいにはハスティさん。そして、クリスだ。


 流れとしてはこうだ。

 傭兵団の壊滅で終わった魔物の巣退治を終えて帰ってきたら、ハスティさんが居た。

 そして、そのままクリスも伴って室内で緊急会議というわけである。


 その間、クリスは俺と一言も口をきいていない。恐い。


「最初から店長の正体に気づいていたのですか?」


「いえ、ご挨拶した時は本当にただの二人組の冒険者だと思っていました。気配からかなりの腕前だと察してはいましたが……」


 ユニアに問われて答えるクリスは、いつも通り穏やかな口調と表情だ。そこに怒りの感情は混ざっていないように見える。

 もしかして、それほど怒ってないんだろうか。考えてみれば、怒られる道理もあまりないしな。

 そんな俺の心中をよそに会話は進んでいく。


「ふむ。だとすると、気づいたのは依頼の途中ということじゃな」


「気づいたのは本当に最後の方です。妖樹の森の出口付近での立ち回り。それを近くで見るうちに確信しました」


「見た目を変えても動きまでは誤魔化しきれないか……」


 戦闘方法は以前からそれほど変えていない。魔法剣を使わなければ隠しきれると思っていたのは甘かったようだ。


「それで、なんで怒ってるんだ?」


「怒ってはいませんよ? 少し、呆れただけです。姿や名前を変えても女の子が近くに寄ってくるんだなとか、せっかく安全な地域に住んでるのに自分から進んで危険な場所にやってくるんだなとか……。私にこっそり挨拶に来て、正体を明かしてくれなかったな、とか全然気にしていません。きっと、態度に出てしまいますからね。気にしていませんとも」


 めっちゃ気にしてるやつだ。間違いない。


「いやでも、俺の新しい顔と名前を知ったら、自分が原因でバレるようなことになりそうって言ってたのはクリスだろ?」


「店長。言い訳無用かと。ところで「女の子が近くに寄ってくる」とはどういうことでしょうか」


「気を付けた方がいいですよ、ユニアさん。この男は行く先々でトラブルを見つけると女の子と仲良くなるのが得意技なのです。いつかわかります」


「それは本当にただトラブルを解決してるだけで何もないんだが……」


「本当に?」


「…………」


 答えられなかった。神界に行って情欲とかが制御できるようになる前は、年齢相応に下心とかあったのは確かだ。精神年齢が高くても肉体が若いとそんなもんなのだ。


「まあ、その辺りにしておくがよかろう。クリスもなんか嫉妬してるみたいで面白いけどのう」


「ちがっ」


「なるほど。これはなかなか興味深い関係ですね」


「うむ。儂も当時は楽しく眺めておった。ともかく本題じゃ。敵は北と言ったんじゃな」


 尚も反論しようとするクリスを制して、ハスティさんが強引に話を進めた。ありがたい。


「ええ、北です。率いているのはベレブという名の魔族。かつて、魔王の力で魔物を強化する技術を開発したという話ですから、学者のようなものじゃないかと」


「魔王の骸を狙っているのも納得の輩じゃのう」


「……魔王の骸は神剣によって地下深くに封じられています。人も魔も近寄れません」


 俺達を見回しながら断言するクリスは、少し憮然とした表情をしていた。

 封印するとき、自分の奉じる神も協力したからだろう。神の力を破れるのは神だけ。態度がそう語っている。


「近寄れなかった、という過去形の可能性がある。俺達ですら知らなかったベレブという奴が動いたんだから、それなりに根拠あっての行動だろう。ユニア、どう思う?」


「複数の神の加護を得ているからといって、無敵とは限りません。小さな複数の加護よりも、一つの祝福の方が勝るのが、この世界にもたらされる神の力というものです」


「何故断言できるのですか?」


「彼女はワルキューレだ。相当長く稼働している。俺達よりもこの世界の仕組みに詳しいよ」


「……フィル。いえ、イストと共にいるだけの理由はあるみたいですね。つまり、魔族ベレブは神の祝福を得ていて、魔王の骸を手にできると?」


 どうやら納得したらしい。少し落ち着いた様子で、クリスが問いかける。


「可能性は高いかと。ようは神剣の力を無効化、あるいは減衰させれば魔王の骸に接触できるわけですから」


「あるいは今でも魔王の骸から力を得ているのかもしれないな」


 空中庭園のエルダードラゴンや魔族フィードアなどは最近強化されたものな気がする。ほとんど勘だが、前からいるなら出会っていたり、噂を聞いてもおかしくないはずだ。


「なるほどのう。神剣さえ抑え込めれば後は魔王の骸の力でどうとでもなるというわけじゃ。手堅いかもしれん」


「わかりました。神界から何らかの介入があって事態が進行しているということですね。それで、どうするのです?」


 今後の方針は、俺の中でもう決まっていた。


「まず、ユニアに偵察に行ってもらう。彼女は情報収集が得意なワルキューレだ。得意分野だしな」


「お任せください。全てを見てきます」


「話からするに、魔族は軍勢を率いているかもしれんのう。強化するのが得意な奴なら、魔王の骸で味方を強化して進軍じゃ」


「厄介ですね。こちらも至急準備を整えなくては。決戦は防衛戦になりますね。大陸に援軍も求めなければ……」


 戦いについて考え始めるクリス。

 だが、俺は考えているのは別の案だ。


「クリスはここに残って戦いの準備をしてくれ。念のためだ」


「念のため?」


「ユニアが偵察を完了次第。俺達で奇襲する」


 いつまでも向こうの策に乗るのはごめんだ。


 こちらから乗り込んで、台無しにしてやる。

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