第47話「色々な終わり」

 ツィードアの叫びに反応したのは周辺の妖樹の森だ。枯れた枝が生き生きと、高速で俺達の方に伸びてくる。速度は速く、範囲は広く。だが、枝に鋭さはない。

 俺達の動きを妨害するためのものだ。

 

「さあ、せいぜいあがきまえ!」


 死ぬほど嬉しそうにそう言ったツィードアが俺達目掛けて魔法を連続で放ってくる。魔族の魔法なのだろう。風とエネルギーを直接ぶつけるタイプが多い。


 込められた魔力量は魔族を名乗るだけあって、なかなかの強さ。

 俺とユニアは互いに防御魔法を張り、後退しつつ身を守る。


「ファイアランス!」


 近くに来た枝を剣で切り落としつつ、ためしに妖樹本体に火の魔法を打ち込んでみた。

 炎の槍が妖樹の一本に直撃したが、数秒燃えてから元気な姿を現した。効果が薄い。あんな見た目でも生木なのか。


「見た目は枯れ木みたいなのに、あんまり燃えないな……」


「ならば、地下からはどうでしょうか。……領域拡大。アイスカッター」


 ユニアが地面に剣を突き立てると、一面に魔力が走った。


 変化があったのは足下だ。猛烈な冷気が地面から立ち昇ってきた。それだけじゃない、見れば俺達が立っている場所以外には、無数の氷の刃が地面から生えている。

 地上に見える長さは5センチもないが、地面の中はその数倍以上あるだろう。地中の根はズタズタに切り刻まれたはず。


「なかなかえげつない魔法を使うな……」


「効果的ですから。ほら」


 見ればそれまで霧を出し、枝を伸ばしていた妖樹の動きが明らかに悪くなっていた。

 魔物の樹木でも、根が弱点なんだな。覚えておこう。


「植物を殺すなら根からです。趣味が役に立ちました」


「勉強になります……」


 日頃の畑仕事の成果に満足気なユニアだった。今度俺も手伝おう。

 こうなると、気分が良くないのはツィードアである。


「君達、意外とやるな?」


 両手に魔力の塊みたいなものを輝かせながら、不機嫌に言ってきた。今ので俺達を殺せるつもりだったんだろう。

 まだ自信があるみたいだが、情報を得た以上、もうこいつに付き合う必要は無い。


「傭兵隊の人々の仇、とらせてもらうぞ」


「できるものなら……なごふぁああ!」


 剣を向けた俺に、凄んで見せたところで、いきなりツィードアが吹き飛んだ。


「……光り輝くトゲ付きの鉄球が乱入して来ましたね」


 さすがはワルキューレ。何が起きたかちゃんと見えていた。

 魔族がいきなり吹き飛んだ攻撃に俺は心当たりがある。


「クリスか……」


 思ったより早く片づけてきたな。


「ご無事なようで何よりでした。お二人を援護するため、急いできたんですよ」


 声のした方を見ると、クリスがゆっくりとした足取りで、俺達の方にやって来ていた。

 多分、他の面々を置いて走ってきたんだろう。射程内に入ったんで、歩いてるだけだ。態度も含めて余裕の現れ。強者の立ち振る舞いだ。

 

 クリスが手にしてるのはマジックアイテムのモーニングスターで、中距離まで対応可能な一品だ。戦場では神聖魔法も乗せて振り回される、危険極まりない武器である。


「そこの魔物が元凶ですね。……終わらせましょう」


 元々は武闘派と呼ばれていた現聖女は高らかに神に祈りを捧げる。


「偉大なる光の神リラよ、ここに魔を討つ力を……」


 短い祈りの言葉に応えるように、俺とユニアの剣が輝いた。

 ミスリルでも神具でもない、ただの上級品だが、聖女のもたらす加護はちょっと凄い威力を提供してくれる。


「ぐ……、聖女クリス……。もう来たのか」


 ツィードアが自分を癒しながら立ち上がる。結構強いな、こいつ。


「終わりです、魔物よ。これ以上好き放題させません」


「どうかな。私にとっては好都合!」


 声と同時、ツィードアが光り輝く刃を無数に打ち出す。


「光よ!」


 しかし、クリスの一言でそれらは全て消滅した。


「馬鹿な! こんな非常識な力があるものか!」


 非常識なまでに神に愛されてるから、聖女と呼ばれているんだよ。

 選んだ相手が悪かったな、ツィードア。


「今です、二人とも!」


 この戦いを終わりにすべく、声に応えて俺とユニアが駆け出す。


「くそ、来るな! その剣の光は!」


 焦って魔法を連打してくるツィードアだが、クリスの加護のおかげで全て届く前に消える。 俺がいうのもなんだけど滅茶苦茶だな。

 殆ど無理ゲーを強制されてるようなもんだ、向こうは。


 俺とユニアは目の前に接近。二方向から加護の乗った剣で攻撃にかかる。


「おのれええ!」


 ツィードアは魔力で作った剣を振るうも、ユニアがそれを受けた。それどころか、素速く返す刃で一撃が入る。どうやら、接近戦は苦手な模様。


「う、お……」


 呻き声と共に、体勢が崩れたのを俺は見逃さない。


「終わりだ。魔族ツィードア」


 多くは語らずに、その一言の後、加護を授かった剣で魔族の首を切り落とした。

 あっさりした最後だった。


 光の神の加護によるものか、十秒もしないうちに、ツィードアの首は霧のようになって消滅した。


「目標の消滅を確認。……周囲の妖樹も力を失っているようです」


「この森そのものがあいつの能力だったのかもな」


 自由自在に迷いの森を使えるとは、恐ろしい奴だ。普通なら、全滅している。出自が植物だったりするのかもしれない。今となっては知るよしもないが。


 徐々に視界が開けている森を眺めていると、クリスが歩み寄ってきた。

 安心したような、晴れやかな笑顔は昔から見慣れた、彼女の魅力的な表情の一つだ。


「お疲れ様です。無事に退治できて良かったですね、フィル」


「ああ。でも傭兵団が全滅してしま……あ」


 言葉の途中で俺は固まった。横のユニアが冷たい目でこちらを見ている。

 今、フィルって言われたよな? しかもつい反応してしまった。

 

「帰ったら、ゆっくりお話しましょうか」


 問題の発言をした人物。聖女クリスはあくまでも笑顔のままそう言いっ放った。

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