第30話「月にいるもの」

 この世界のハイエルフは月に住んでいる。

 比喩とか伝説ではなく本当だ。ハイエルフには自然派と文明派の二派閥があり、そのうち文明派の方が星界に至り、そこに溢れる魔力で月を作った。

 今では自然派のハイエルフは世界のどこかで静かに過ごし、月に至った文明派はそこで繁栄を享受しながら世界を見守る。


 この世界の人々の多くは、月にまつわる話をそう認識している。

 そして、それは正しい。


 自然派のハイエルフは数が少なく会うことが難しいが、文明派の方は見える場所に健在だ。 月に至るのは難しいが、高度な文明社会を営む彼らと会うことが出来れば得るものは大きい。

 

 ハスティさんの提案は彼らとコンタクトを取って、この世界で起きていることを聞くというものだ。


 ハーフ・ハイエルフであるハスティさんでも、月の彼らと連絡を取るのは難しい。

 それは彼女の父親が元文明派のハイエルフで、月を抜け出て地上に降り立ったという経緯も関係している。

 

 とはいえ、全く縁がないというわけじゃない。

 かつて、フィル・グランデと呼ばれていた時代。俺とハスティさんは僅かな縁の糸をたぐり、月のハイエルフと会ったことがある。

 今回も、その時の縁を頼らせて貰おうということだ。


「それで世界各地のハイエルフの観測施設周りとは。大冒険ですね」


「他人事みたいに……。いや、そうなんだけどな」


 ハイエルフと確実に会う方法。それは世界各地にある月へ情報を送り施設をしらみつぶしに巡ることだ。

 月から整備のための人員が送り込まれているので、地道に探せば確実に行き当たるはず。


 時間はかかるがやるしかない。話し合いの結果、俺が毎回ハスティさんに転移魔法で現地に送って貰い、施設にハイエルフがいないか確認することになった。

 幸い、ハスティさんはこの世界にあるハイエルフの観測施設を大体把握している。それに、数も二十くらいとそう多くない。割と早く見つかるはずだ。


 その間、ユニアは店番である。危険もなさそうだし、なにより本業をおろそかにするわけにはいかない。


「店長が完全に冒険者としての仕事に専念する形になってしまいましたが、ハスティ様とのお話は楽しいものでした。まさか、前世なるものをお持ちだったとは」


 施設巡回の打ち合わせをする中、なんとなく昔話になり、そのまま俺の出自についての話題になった。ユニアは俺が渡した新聞をよく読んでいて、そこから何かあると見ていたらしい。

 自然な流れで前世について話すことになってしまった。本人は「そういうこともあるのですね」とあっさり納得してくれた。


「まあ、今となっては夢みたいに思えることもあるくらいなんだけどな。この世界に来てからの経験が濃すぎて」


「ですが、フィル・グランデの逸話のいくつかに納得がいきました。常ならぬ発想力の持ち主だと感じていたのですが、別世界の知識をお持ちだったのですね」


「役に立ったり、立たなかったりだけどな。ハスティさんに一番有用なのは料理のことなんて言われたこともあるし」


 俺が技術者とか学者だったら、何か凄いものを生み出せたかもしれないけど、そうはいかなかった。ちょっと他の人と違う発想が出来る程度でしかない。


「たしかに珍しい味付けの料理を頂けるのは面白いですね。しかし、一度人として老年を経験したという雰囲気を店長からは感じませんが」


「体が若いと感覚が違うからかな。自分でも元気で驚くよ」


 感覚と肉体が若いから精神もそちらに寄っているのだと俺は思っている。

 前世の経験があるからか、落ち着いていると言われたことはあるが、その程度だ。

 むしろ、戦いという前世ではない経験では、折り合いをつけるのに苦労したぐらいである。

「興味深いです。それに、異世界のことを聞くという楽しみが増えました」


「楽しいかはわからないけど、こことは大分違うところだよ。月とも違うな」


 ハイエルフの住む月は、俺の目から見てもよくわからない、SFみたいな作りの場所だ。あれはあれで、そのうち住んでみたい。


「俺がいない間、なにかあったら連絡してくれ」


「店は変わり無さそうですが、冒険者協会からの連絡はありそうですね」


「たしかにな……」


 空中庭園跡地のこととかで相談されそうだ。でも、店の方は平和そのものだろう。悲しいことだ。


 そんな風にゆっくり打ち合わせしていると、唐突にドアが開いた。


「二人とも、久しぶりね! ああ、ユニアちゃん、無事で良かったわ! 怪我してない! なんかワイバーンと遭遇したとか聞いたんだけれどっ!」


 現れたのは茶髪の女性。雑貨屋の看板娘。フレナさんだった。


「お久しぶりです、フレナさん。わたしはこの通り、元気そのものです」


「どうも、俺も無事です」


 フレナさんはユニアをじっと見つめた後、険しい顔で俺の方に詰め寄ってきたる。


「イスト君、本当に大丈夫だったの? 昔、ワイバーンに半殺しにされて引退した冒険者の人を見たことあるんだけど」


 詰問気味の口調だ。しまった、普通の感覚でいけばそうなるのか。


「み、見ての通り大丈夫ですって。普通に倒せましたから」


「でも、危なかったんじゃないの?」


「危険と判断したら撤退します。ユニアが大怪我するようなことはしませんよ」


 エルダードラゴンとタイマンさせた件は黙っておこう。

 俺の説明に一応納得してくれたのか、フレナさんは軽く息を吐いた。表情からも険が消える。


「私が心配してるのはユニアちゃんだけじゃなくて、イスト君もよ。お店、あるんだから。体は大事にしないと」


「ちゃんと店主扱いしてくれるなんて、フレナさんくらいですよ」


「当たり前よ。イスト君がここで雑貨屋してないと、ユニアちゃんがどこか行っちゃうじゃ無い」


 俺が感動と共に言うと、さっくり笑顔でそう返された。優先順位がわかりやすい。


「じゃあ、頑張って商売しないとなって言いたいんですが、実はまた出かける予定が……」


「なに、またワイバーン?」


 ユニアさんの目つきが鋭くなる。恐い。


「いえ、知り合いから呼ばれまして。しばらく出張です。ユニアは店番に置いていこうかと思うんですが……」


「任せて! 私がちゃんと面倒見るから!」


 俺が頼む前に、フレナさんは即答した。


「フレナさんと一緒なら頼もしいです」


 なんだかちょっと悲しいが、店の方は心配いらなそうだ。

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