第29話「暗雲と対策」

「急に呼びつけて相談とは聞いたが、まさかエルダードラゴンと戦っておったとはのう……」


 そう言いながら、ハスティさんは目の前に山盛りになった唐揚げを箸でつまんだ。

 ここはプシコラの町、俺の店の俺の自宅。そこでハスティさんとユニアの三人で夕食だ。

 机の上に並ぶのは唐揚げとご飯、それとサラダが並んでいる。しっかりマヨネーズも供えつけられていて、食卓だけ見れば完全に地球だ。

 

 空中庭園の一件の帰り道、俺はすぐにハスティさんに事の次第を報告した。そうしたら、家のリビングに夕食を用意していた彼女がいたという流れである。ちなみに夕食は手作り。

 アウスト王国という大国の宮廷で働いているはずなのに、どうやって時間を作ってるんだろう……。

 それはそれとして、ハスティさんはいつも俺の好物を作ってきてくれるのでありがたい。美味しいし、もはや家庭の味である。


「空中庭園とお供についてきたドラゴンとワイバーンの死体はほぼそのままにしてあります。冒険者向きの場所になるといいんですけど」


「まあ、お前さんの思った通りになるじゃろう。殆ど探索されておらん遺跡なんぞ珍しいからな。とはいえ、中にあるものに危険なものがないか心配なんじゃが」


「それについてはご安心を。防衛用の兵器や神具の類はヒルガルドの退去と同時に失われています。主に発見するのは装飾品や調度類になるかと」


「それと、ドラゴンとワイバーンの素材じゃな。まあ、いいじゃろ。この国に冒険者が戻ってくるきっかけにもなるのじゃ。よく冒険者協会が説明に納得してくれたのう」


「ドラゴンの一部とか、遺跡で見つけたものとかを見せて必死に説明しましたからね。今頃、改めて別の冒険者と一緒に調査に行ってるはずです」


 今回は報告が結構大変だった。証拠品を見せても荒唐無稽すぎるからだ。

 空から落ちた遺跡にいったらエルダードラゴンとワルキューレが現れて戦い始めた。そんな話をしても、なかなか信じて貰えない。

 さすがに証拠品は無視できないので、依頼は完了ということになっているが、しばらく確認作業が行われるはずだ。ちなみに、エルダードラゴンの死体はワルキューレと一緒に消えたことにしてある。


「相談です。ハスティさん。エルダードラゴンをまるごと一匹買い取ってくれませんか?」


「無理じゃ。ワシ個人の資産でも、国の予算で買うにしても大きすぎるのじゃ。いや、買えないわけじゃないんじゃが、ものが大きすぎて、余計な勘ぐりをされる」


 即答だった。予想はしていたが、がっかりだ。

 仕方ない、エルダードラゴン一匹は価値が高すぎる。普通ならここで冒険者引退か、戦いの功績でどこかの国の役職に就いてしまうだろう。

 ハスティさんが自分の工房に持ち込むにしても、周囲に余計な勘ぐりをされるかもしれない。俺の収納魔法に入れておいて、財産として少しずつ活用するのが落とし所かな。


「素材としては申し分ないからのう。ちょっとずつ買うので出来るだけ綺麗に保管しといておくれ。それとユニア……大変じゃったな」


 俺にそうお願いしつつ、箸を置いてユニアの方を向いてハスティさんが言った。その表情も、口調も、まるで保護者のような優しさに満ちている。


 その言葉を受けたユニアは、軽く笑みを浮かべつつ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 


「お気遣いありがとうございます。彼女の最後を見届けることが出来て幸いでした。……ところで、エルダードラゴンから取れる素材というのはそんなに高価なのでしょうか?」


 前半はともかく、後半の発言で雲行きが怪しくなってきた。


「ん? 金額が気になるとはなかなか世に染まったワルキューレじゃのう。エルダードラゴンを退治すれば一財産ではすまんくらいの富じゃよ。悠々自適じゃ。あるいは討伐ついでに国でも救って領地持ちの貴族じゃな」


「なるほど。思うのですが、店長の援護があったとはいえ、エルダードラゴンを退治したのはわたしです。ならば、所有権は十分にあると思うのですが」


「た、たしかにそうだが。なんか欲しいものでもあるのか?」


 正直驚いた。ユニアが金銭的な欲を見せるのは初めてだ。これまで自分の畑用の資材を買うときも、少し申し訳なさそうに俺に言ってきていたのに。どういう心境の変化だろう。


「直近で必要なものに高価なものはありません。しかし、こうして人の世にまぎれて暮らす以上、個人資産はあって損はないかと判断します」


「な、なかなか現実的な思考をするもんじゃのう。どうするのじゃ?」


 ハスティさんが俺に聞いてきた。一応マスターだからか。


「ユニアの言うとおりだから好きにしていいと思う」


 彼女がエルダードラゴンを倒したのは事実だ。それに、ここに来て自分の欲みたいのが出てきたのは喜ばしいことだ。そういうのがあった方が生活に張り合いが出ると思うのだ。特にここでの生活では大切なことだ。


「ありがとうございます。もちろん、店長にも援護をしていただきましたので、売り上げはお分けします。しかし、本当ににお店より冒険者の売り上げの方が多いですね、この生活」


「う、それを言うなよ。気にしてるんだから」


「イストは冒険者として稼ぐ方が得意じゃからのう」


 ハスティさんがニヤニヤしながら言ってきた。地味に俺が気にしていることを知っているからだ。実際、エルダードラゴン分の収益を俺の雑貨屋で上げることはほぼ不可能だ。いや、諦めては……無理だな。倉庫のマジックアイテムを売りまくりでもしない限り。危険だからやらないけど。


 この話題が続くことは俺の精神に良く無さそうに話題を変えることにした。俺は口の中で香ばしい味わいと肉汁が弾ける唐揚げを食べきると、箸を置いた。


「それで相談なんですが。調べて欲しいことがあります。ここ半年くらいで冒険者協会に入った依頼の傾向と規模。あと、魔物の襲撃とかその辺の情報を集めて貰えませんか」


「その様子、なにか感付いたかの?」


 俺の口調が真剣なものになったのを聞いて、ハスティさんも表情を引き締める。ユニアは横でもくもくと唐揚げを食べていた。多分、一番食べてる。


「いくらなんでも、この短期間に大物と遭遇しすぎだと思ったんですよ」


 魔王のキメラ、ウジャスの町のスペクター、エルダードラゴン。どれも一生に一度も遭遇しないような相手だ。しかも、それぞれ重要な地域や町に出現している。

 

「魔王は倒しましたが、有力な魔物は生き残っています。『魔王戦役』から二年。生き残りが何かしていてもおかしくない」


「なるほどのう。調べれば何かわかるかもしれんか。お前さんのこういう勘は結構当たるしの、やってみるとするのじゃ」


 ハスティさんの言うとおり、これは俺の単なる勘だ。筋道立てた理屈もない。それに付き合ってくれる師匠には感謝しかない。


「それはつまり、空中庭園を襲う計画を立てたものがいるということですね?」


 ようやく箸を終えたユニアが静かな口調で言った。その静かな口調と、青く済んだ瞳の奥には、怒りの感情が見え隠れしている。


「可能性の話だけどな。調べないと、なんともいえない」


 調査に関してはハスティを頼るしかない。情報収集に関しては、俺とユニアは無力に近い。 本当にただの雑貨屋レベルでしかないのだ。


「お前さんの力で一発でわからんのか?」


「難しいですね。運命神の知り合いもいますが、ほぼ干渉してこないですし」


 神様の中でも運命神は特に気難しい。ひたすら未来を見つめ続ける神様で、ちょっとくらいのことじゃ動かないのである。なんでも下手に関わると色々と「おかしくなる」とのことだった。

 そんな慎重な運命神が祈りに答えたり神託をもたらすのは非常に希だ。大体酷いことになる。


「なにか上手い情報収集はないのでしょうか? わたしとしては、ヒルガルドをあんな目に会わせた元凶に一撃入れたい気持ちなのですが」


 ユニアはやる気だった。やれといえば空から偵察くらいしてくれそうだ。さすがに時間がかかりすぎるので頼まないが。


「確実とは言えんが、お前さん達向けの方法があるのじゃ」


 ハスティさんの言葉に嫌な予感がした。

 だが、言わずにいられない。


「あの、どんな方法です?」


 俺の問いかけに、にっこりと笑ってハスティが言う。


「ハイエルフに連絡をとって教えてもらうのじゃよ」


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