第15話「気の毒な息子」
屋敷の執務室ではローブを着た男性が待ち構えていた。
俺の接近に気づいていたのだろう、テーブルの前、部屋の中央付近に背が高く、頬のこけた青年が一人、室内に入るなりこちらに鋭い視線を飛ばしてきた。
「ようこそ。侵入者よ。どうやったか知らないがやってくれたな」
悠然と、余裕をもった態度で屋敷の主は俺を出迎えた。
「悪いことは言わない。状況はわかっているだろう。投降するんだ。悪いようにはしない」
どうやら、ここで負けるとは思っていない様子だ。無駄だとわかっているが、とりあえず降伏勧告はしておく。
「断る。どのように魔法陣を解除したか知らぬが、まさか一人とはな。ふざけた仮面をつけおって」
『なんじゃと。ワシのデザインに文句をつけおって!』
予想通りの回答が来たが、おまけの一言にハスティさんが憤っていた。この仮面、自分でデザインしてたのか……。自分の制作物に愛着を持つ人だから、割と本気で地雷を踏んだな。
ちなみに俺は仮面のデザインについては普通だと思う。ハーフとはいえハイエルフの割に、地味なのがハスティさんの作るものの特徴だ。
ともあれ、交渉は決裂だ。外の連中が踏み込んでくる前に俺を倒して脱出。向こうの狙いはそんなところだろう。
その前にこの部屋に入ってから優先して確認すべきことができている。
「悪いが逃がさない。そもそも、お前は誰だ」
「…………」
『どういうことじゃ』
「その身体に憑いているだろう。お前」
『なるほどのう。アンデットか』
その通り。目の前の男は普通の状態では無い。彼の周りにはあまりにも濃厚な死の気配があった。神官でなくてもわかるくらい。それこそ誰でも見ただけで背筋が凍り、逃げ出したくなるような不穏な気配をまとっているのだ。
「……どうやら、たった一人でここまで来るだけのことはあるようだ。息子の関係者は気づかなかったのだがな」
「父親か。死んだと聞いていたが」
「死んださ。半生をかけたともいえる仕込みが済んだその日にな。おかげで私は肉体という枷から解き放たれ、永遠とも言える時間を手に入れた!」
はっきりとした自意識。そこにいるだけで感じる強烈な気配。ゴーストではなくスペクターと分類される、強力な怨霊か。
堂々とした不死宣言を聞きつつ、目の前の敵をそう識別していく。この場合、魔力量も生前を上回る。一般的に見ると、相当厄介な存在だ。
「肉体の枷とか言う割りに、なんで息子の身体を乗っ取っているんだ」
「うん。その方が都合が良いからだな。代用品として用意したこの身体は優秀だし、権力者という肩書きはなかなか便利でね。この状況の進行は予想外だが、まあそれも良い。時間はいくらでもあるのだからな!」
『なかなか切り替えの早いやつじゃのう』
その言葉に心の中で同意する。怨霊と化して息子を乗っ取り、そのまま好きなように暮らし続ける。そんなところを狙っての行動だろう。
話からして、最初からそのための道具として用意されていたらしい息子が気の毒でならない。
「結界を解除された時は相当な冒険者パーティーが派遣されたのかと思ったが、安心したよ。魔法剣士が一人とはな! どうする、今なら見逃してやらんこともないぞ!」
俺が静かにしているのを動揺と判断したのだろう。目の前の怨霊はとても調子に乗っていた。
実際、このレベルのアンデッドはノーライフキングか何らかの良くない神と接触しないとなれない。具体的にどうやったのか知らないが、半生を費やした程度で到達したのは大したものだ。
「…………」
「くくく、声も出せんか。残念だったな、ここまでの手際は見事だった。だが、詰めが甘い。念のため、もっと戦力を用意すべきだった。神官などをね! いや、大司教かな! ははははは!」
完全に勝ち誇っている。凄い自信だ。
「…………」
『…………なんか、申し訳なくなってくるのう』
「……ですね」
思わず声が出てしまった。
大変申し訳ないが、目の前の男はあまり脅威ではない。
神界に到達し、複数の神と接触した俺は、いつでも神様に力を借りれる状態になった。ずるで手に入れた力みたいで申し訳ないが、最高位の聖職者並の力を行使できるのである。
更に言うと神様のほとんどはアンデッドが嫌いだ。少し祈るだけで、問答無用で消滅させに来る神様は意外と多い。
目の前の男が調子に乗るのもわかる。普通は対処するのが不可能なのだ、このレベルのアンデッドは。町の一つや二つ、覚悟すべきレベルの災厄になっておかしくないくらい強い。
ただ、運の悪いことに、ここに直接神界に声を届けられる者が来てしまった。
『とりあえず、全容はわかったし。浄化してよいぞ』
「……わかりました」
念のため、ミスリルの小剣を構える。それを見た相手も身構えたが、俺は特に気にせず、祈りの言葉を紡ぐ。
「神界におわす神々よ。ここに不浄の存在有り。我が声に応え、その深い慈しみ、優しさ、聖なる心により浄化の輝きをもたらしたまえ……」
「ほほう! 一応神官としての能力も持っていたか! 蛮勇だな! 簡単に倒せる私ではぐああああああ!」
具体的な神名を唱えずアバウトに祈ってみたら、同時に五柱くらいからの浄化の光が降り注いだ。
ここが室内であるという事実を無視して降り注いだ神聖な光は、柱のように太く、強い。
そしてその聖なる光は容赦なく男にとりつくスペクターを焼いていく。
「ばばばばば馬鹿なぁああ! お前、何者だ! なにをしたぐああああ! …………」
驚き、焦り、動揺の限り叫ぶ怨霊だったが、俺から何かしらの答えを聞く前に消え去ってしまった。
「勝った……」
『入り口のドアが一番苦戦したのう』
瞬殺だった。
今の俺からすれば、一番相性の良い相手だったと言える。これが吸血鬼の最上位種みたいなのだった話は別なんだが。今回は普通のスペクターだったので助かった。
「……えっと、意識はあるか?」
中にとりついていた息子の方は綺麗なものだった。心なしか、表情にあった影のようなものが消えて健康的に見えるほどだ。
「う……」
声をかけると息子が目を開けた。悪霊に憑かれて消耗しているが、意識はあるようだ。
軽く回復魔法をかけつつ、俺は問いかける。
「状況はわかっているか?」
「はい。少しですが意識がありました。……もう、どうしようもないですね」
息子は絶望していた。そりゃそうだ。父親に裏切られ、立場も滅茶苦茶にされたんだから。
「お前には選択肢がある。アウスト王国に渡り、顔と名前を変え、別人として生きる道だ」
「……それは、アウスト王国にどんなメリットが?」
なにかを諦めたような態度で問いかけられた。いきなり逃げ道を示されても、最初に来るのは疑念。一応助けた側とはいえ、疑われても仕方ない。
「魔法使いとしてのお前の実力にそれだけの価値があると、彼の国は判断した」
「…………」
「それと、君の知り合いからの頼みもあったらしい」
「…………そうですか」
俺の言葉で何かを察したのか、息子は静かに頷いた。
「承知しました。他に道はないでしょうから、お願いします」
『うむ。交渉成立じゃの。では、イスト。ここから脱出する前に、必要な荷物をまとめさせるのじゃ。それと地下じゃな……』
ようやく本題だ。全てを失ったこの息子には悪いが、地下にあるものが一番気がかりである。
「まだ外は今の状況に気づいていない。本当に必要なものだけを選んで荷物をまとめるといい。それと、地下には何がある」
「……お待ちください」
そう言いつつ立ち上がった息子は、執務室の机に向かうと、引き出しの中で何かを操作。
すると、すぐに軽い音と共に、部屋の隅に階段が現れた。
「アウスト王国ならちょうどいいかもしれません。地下にあるものを引き取ってください。この周辺の国に持って行かれるより、全然良い」
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