第9話「森の魔物との戦い2」
森の広場に再び地を揺らす轟音が響く。頭、胴体、腕、足と全身に光槍を突き立てられた魔王のキメラは痛みと怒りで吠え狂う。
「まだ生きてる……」
<<信じ難い>>
俺と銀狼の意見が合致した瞬間だった。
キメラは健在だ。通常なら貫かれて死亡。それでも生きていれば体内から魔力で焼かれて死亡という二段構えのえげつない魔法だというのに。全身から血しぶきを上げながらも、体を再生させながら動いている。
<<危険、ブレスが来る>>
「……!?」
見れば、キメラがこちらに向けて口を開いていた。光槍に頭を貫かれたまま、強引に身体を動かして。紅い瞳はあくまで俺達を獲物と定め、凝視してくる。その執念、その生命力は脅威そのもの。
「……ハイ・プロテクション!」
一瞬その光景に飲み込まれそうになったが、身体が自然と魔法を唱えていた。
俺と銀狼達を守るように半球状の魔法の結界が完成するのと、強引に身体を動かしたキメラが口からブレスを吐いたのは同時だった。
ドラゴンのブレスは一種の魔法だ。魔王の魔力の影響で黒い炎ともいえるそれが勢いよく吐き出され、周囲を焼き尽くす。巨体から繰り出すブレスの範囲は並じゃなく、広場を越えて後ろの森の木々をなぎ倒し、そのまま一気に燃やす。
<<感謝する。イストよ>>
「気にしないでください。相手の戦力を見誤った俺のミスです」
結界を解きながら、キメラを見据える。全身に刺さった光槍は消えていた。恐らく、体内に蓄えた莫大な魔力で無理矢理解除したんだろう。恐ろしいことに、もう傷痕すら残っていない。拘束魔法はまだ保っているが、それも時間の問題だろう。
このキメラを倒す手段は二つ。
魔王の込めた生命力が尽きるまで攻撃を続けるか。
あるいは、回復する余地もないほど一撃で吹き飛ばすかだ。
俺は、後者を選択した。多分、何とかなりそうなので。
「戦神ミストルよ。この日、この地、この場の決戦を、捧げ奉る」
ミスリルの剣を両手に持ち、眼前に構え、静かに言葉を紡ぐ。
俺がかつて神界に赴いた際、特に力を貸してくれた神様が数柱いる。
ミストルはその一つで、強大な敵との決戦があれば、力を貸してくれる存在だ。
「我が剣、我が刃、我が力に、敵を討ち果たす加護を……」
祈りによって神様から授けられる力は非常に強力だ。反面、神様の気分次第で発動しないこともある。
この祈りが届かない場合、この辺り一体の森が壊滅するのを覚悟で、キメラと戦わなければならない。できれば、それは避けたい。
果たして、祈りは通じた。
ミスリルの長剣の内側から黄金色の光が溢れ、刀身を覆う。戦神が与えてくれた、必殺の力。これを受けて無事なのは魔王くらい。
「ちょっとずるっぽいが、これで決めさせてもらう!」
<<我らも行こう>>
思念が聞こえると同時、銀狼達が拘束されているキメラに向かって走り出した。彼らの目的は牽制。目が二つしか無いキメラの視界を遮るように、素速い動きで翻弄に掛かる。
拘束され、視界を奪われたキメラに接近するのは、あまりにも簡単だった。
正面から距離を詰めた俺は、身体強化で飛び上がり、三メートル以上の高さにある胴体の前に到達。
狙いは頭ではなく、身体の中心。
ここが魔王の込めた魔力の源泉だ。
「いけぇ!」
叫びと共に、黄金に輝く刃を突き立てた。
戦神の加護を受けた刃はキメラの身体を易々と貫いた。まるで、豆腐に箸でも突き立てるような感覚だ。
銀の森に、三度大地を震わす轟音が響く。
しかし、違うのはその性質だ。最初と二つ目は怒りの咆吼。三度目は悲鳴。
「……やったか! いや、今の無し。倒してから言う!」
着地と同時に思わず良くない台詞が出てしまった。喜ぶのは撃破を確認してからだ。
素速く距離を取り、魔王のキメラを見上げる。悲鳴とも慟哭ともつかないその声は徐々に細り、拘束魔法の影響で、全身が傷だらけになっていく。
間違いない、胴体に突き立った剣の力で回復力の源を砕かれた影響だ。
<<見事だ。我らが恩人イスト>>
いつのまにか隣に来ていた銀狼のリーダーの言葉が聞こえた。勝利を確信した言い方だった。
回復できなくなった魔王のキメラは見る間に弱っていた。このまま拘束魔法に任せておいても倒しきれるだろう。
「終わらせましょう」
とんでもない化け物とはいえ、じわじわとなぶり殺すのは趣味じゃない。それに、死ぬ間際になにかされると面倒だ。
俺は脳内で魔法を用意。周囲に光り輝く槍が生み出される。
「……裁きの光槍よ、貫け!」
二十本の光槍は、今度こそ魔王のキメラに止めを刺した。
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