第12話 手が届かないような気がして

 劇は盛況のまま終わっていった。


 失敗するどころか、しっかりとやりきって穂花ほのかは賞賛の拍手を一身に受けていたと思う。

 穂花の演技は想像の上をいっていた。練習の時も穂花はなんでもそつなくこなすなとは思っていたのだけれど、本番の演技はそれどころではなかった。

 この様子をもし見ていたとしたら、芸能事務所からスカウトとかくるんじゃないか。そう思うほどに輝いていた。


 もともと穂花はかなり可愛い。アイドルとしてテレビにでている子と比べても遜色ないと思う。俺のひいき目もあるかもしれないが、それをさっぴいてもかなりのレベルである事は間違いない。


 これで注目されたからますます俺から遠のいてしまうのかな。そんな事も思う。

 そういえば穂花と文化祭回る約束もしたけれど、具体的な話は何もしていなかったなと声には出さずにつぶやく。そのあと何の話も出来ないまま今を迎えていた。


 俺は何となく教室でぼうっと外を眺めていた。


 劇をやる事にしたから、俺のクラスは今はただの空き教室だ。荷物やら何やらは詰まれているけれど、他のクラスメイト達の姿もない。出番も終わったし、今はみんなそれぞれどこかを回ったりしているのだろう。


 もちろん俺も友達から一緒にいこうと誘われたりもしたのだが、先に約束があるからと断ってここにいる。かといって、穂花にライムを送ったりも特にはしていない。


 教室の窓からみると校庭のあたりには部活の連中が出したいろいろな出店がでていたり、なにやら展示が行われたりしているようだ。たくさんのお客もきていて、かなり盛り上がっているのもわかる。


 普通に穂花にライムを送ってみればいいのだろうけれど、劇が終わったあと、次の出演者のためにばたばたと舞台をゆずって、そのまま流れで着替えにいくことになって、穂花とは当然別々になって、そのまま何もするでもなくここにきていた。

 劇が良かった。良すぎた。あまりに穂花が輝いて見えたから、どこか俺の手に届かないところにいるような気がして、何となく連絡をとれずにいた。


 机の上に突っ伏して、それから頭だけを窓の外に向ける。

 賑やかな祭りが何となく遠く感じていた。


『たかし、ほのかと一緒に文化祭回るんじゃなかったの』


 フェルの声が響く。いつの間にか机の上に腰掛けていた。


「まぁそうなんだけどさ。なんとなくタイミングを逃してしまったっつーか」


 小さな声で答える。なんとなく投げやりになってしまっていた。


『もうそんなこといってないでさっさとライム送ったらいいじゃないの』

「穂花はさ。可愛いよな」


 フェルの言葉には応えずに、逆につぶやくようにして問いかける。


『うん? まぁ、うん。ほのかはかなり可愛いと思うけど、どうしたの急に』


 突然の問いかけにフェルはきょとんとした顔で答える。フェルからみても穂花はかなり可愛く見えるようだ。


「俺はどうだ?」

『うーん。まぁたかしは普通かな』


 フェルは遠慮なく答える。基本的にフェルは嘘はつかない。その辺は妖精と人間の考え方の違いがあるんだろう。何でも本当の事を話す。気を遣ってわざと曖昧に答えるような事は滅多にしない。


「はっきりいってくれるな、おい。まぁ、つか。そういうことだよ。俺と穂花じゃ釣り合わないんじゃないかって思ってさ。たまたま幼なじみだったから、それなりに話してはいるけど」


『たかしはなんでほのかの事になると急に後ろ向きになるの。それならそれで当たって砕ければいいじゃないの』


「いや、そう簡単に割り切れたら悩まないっつーの。俺ももう少し格好良く生まれてきていたら、穂花とお似合いだったのかもしれないのになぁ」


 ため息交じりにつぶやくと、俺はそのまま顔を伏せる。

 こんなこと言っていたら何となく気持ちも沈んできてしまった。いまごろ穂花は友達と文化祭回っているのかなと思うと泣きたくなる。


 いやそれならまだいいが、他の男達が文化祭のどさくさに紛れて告白してつきあい始めたりしていたら。

 だ、だめだ。それだけはだめだ。


「穂花、だめだ。それはだめだぞ!?」


 思わず声を漏らして立ち上がる。

 それと同時だった。


「何がだめだなの。たかくん」


 かけられた声に振り返る。

 教室の入り口に、にこやかに微笑みながら穂花が一人立っていた。


「ほ、穂花!? なんでここに」


 驚きのあまり思わず頭のてっぺんからつま先まで、見回してしまう。

 もうすでに制服に着替えたいつも通りの穂花の姿だった。


「なんでって。たかくん、ライムいっぱい送ったし、電話もしたのに返事ないんだもん。探しちゃったよ」

「え!?」


 慌ててスマホを取り出すと、確かに着信ありになっていたし、通知も何通か来ていた。マナーモードにしていたし、文化祭で周りが賑やかなせいで全く気がついていなかった。


「わ、悪い。気がつかなかった」

「もー。たかくん、ひどいなぁ。文化祭一緒に回ろうとかいっておいて、私ほったらかしなんだもん。たかくんはいつもそうだよね。私の事なんて、どうでもいいんでしょ」


 ぷぅと口元を膨らませて、顔を背ける。

 ああ、こんな姿も可愛い。じゃなくて。


「い、いやそんなことはないぞ。穂花は大切に思っているぞ」

「ほんとかなぁ。あやしい。じゃあきくけど、唐揚げと私、どっちの方が好き?」

「そんなの決まっているだろ。唐揚げだ」

「……」


 胸を張って告げたら、ジト目で睨まれました。

 いや、俺もわかっている。わかっているんだよ。こういうのがダメなんだって。

 でも訊かれたら言わずにはいられない。それがこの俺、野上のがみクオリティ。


「いやいや。うそうそ。もちろん穂花の方が好きに決まっているだろ」


 これは本当です。嘘じゃありません。

 でも穂花はやっぱり全く信じていないようで、俺のおでこに指をたててあてる。


「もー。たかくんはいつもそうなんだから。まぁいいや。たかくん小さい頃から唐揚げとフランクフルトが好きだもんね。じゃあその二つに続いて三番目でもいいから、私の事も少しは気にしてよね」

「いや気にしているぞ。マジで」


 うん。かなり本気で。声には出さずにつぶやく。

 だけど穂花は気にした様子もなく、ちらりと時計へと目をやっていた。


「あ、もうこんな時間だね。後夜祭になる前に、少しくらいは回ってみよ。約束だもんね」


 そう言いながらにこやかに微笑む穂花は、いつもの三倍くらい可愛らしく見えた。

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