ヒロイン不在の悪役令嬢は、どうやら悪役になれないようです
諏訪ぺこ
第1話 ヒロイン不在の悪役令嬢は、どうやら悪役になれないようです
小さい頃から今の生活とは全く違う世界の夢をよく見ていた。
この世界ではあり得ない、鉄の塊が空を飛んだり、道を走ったり、かと思えば手のひらサイズのとても便利な道具をみんなが使っていて……魔法はないけれど、みんなが平和に暮らしている。そんな世界。
「一体これはなんなのかしら?」
夢の内容はある一人の少女の視点で、その子は若くして亡くなっていた。
そしてその子が好きだった物の中に『乙女ゲーム』なるものがあり、どうもこの世界と共通点が多いように思える。
「もしかして、この『乙女ゲーム』の悪役令嬢って……私?」
ベットの上に寝転がりながらパラリと日記を捲る。
起きて直ぐに書いているため、文章の体をなしていないものも多い。断片的な記憶を書き出しているから仕方ないのだが……
しかし夢の中の少女が好んでいたゲームの悪役令嬢の名前は私と同じなのだ。
そう、私————アデル・カーライトと
共通点は名前、容姿、家の爵位、婚約者の存在、王立アカデミーへの進学等複数ある。
「やっぱり、これって私のことなのかなあ?」
まるで予言の書のようだ。
私は子供の頃からつけていた日記を最初から読み直していく。
その少女は「あーまたアデルに邪魔された!」とか「好感度が!!」とかゲームをしながら騒いでいると書いてある。
それ以外にも、ゲーム内で起こる事件が最近この国で起こった事件と同じだった。
「うーん……つまり、私はこのゲームのままだと婚約者に卒業パーティーで婚約破棄されて、良くて国外追放、悪いと処刑されると?」
普通にあり得ない。あり得ないな。
貴族の結婚は家同士の繋がりの為にするもの。一個人の感情でどうこうなるものではない。
ましてや一方的に婚約破棄なんて社交界から爪弾きにされてもおかしくないのだ。
「まあ、婚約者がなあ……」
私の婚約者は少し特殊だからそんなこともありかもしれないが……そう考えて、婚約者であり我が国の第二王子オラトリオ・A・グリフィン様を思いだす。
私が彼の婚約者になった理由。
王国の決まりで女性では爵位を継げないので、一人娘の私は誰か婿を取らねばならない。辺境伯家は軍事面でも要の家だし、伯爵位ではあるが侯爵家と大差ない扱いを受けている。
王位は第一王子のオラクル様が継ぐことが決まっているし、第二王子のオラトリオ様は臣籍に下るしかない。
そこで白羽の矢がうちに立ったわけだ。
「オラトリオ様は良い方だけど、プレイボーイなところがたまにキズ……と」
ブロンドの髪に明るい緑色の瞳。王族であっても威張り散らしたりすることなく、しっかりとした優しい方だ。
しかしゲームの中のオラトリオ様は遊び人気質の人らしい。ヒロインに出会い、ヒロイン一筋になるらしいが。
「そもそも第二王子なんだよ。爵位をもらって臣籍に下るか、どこかに婿入りするしかないのに婚約破棄なんて大勢の前でするかな?」
うーんと唸りながらベッドの上をゴロゴロしていると、扉をノックする音がした。
「どうぞー」
どうせ侍女のマリアだろう、と返事をする。
「アデル嬢、急に申し訳ない。こちらにいると……」
途中で言葉が止まった。それもそのはず。
私は椅子に座って机に向かっているのではなく、シュミーズドレス姿でベッドの上でゴロゴロしているのだ。淑女にあるまじき姿に彼は固まってしまったのだろう。
しかしそれは私も同じ。
ほんの一瞬の間————
私の口から悲鳴が上がった。
いや、その寸前で彼が私の口を手で覆ったので家人が駆けつけてくることはなかったが……
「す、すまない。アデル嬢……くつろいでいる最中とは知らず……」
「い、いいえ……その、こちらこそ失礼いたしました」
一体全体なんの用で彼は我が家に突然現れたのだろう?
そう、私の目の前にいるのは卒業パーティーで婚約破棄を突きつけてくるかもしれない相手。
オラトリオ様だった。
オラトリオ様はベッドの縁に腰掛け、突然訪れたことを詫びる。
「すまない、伯爵に……君の父上にお伝えしたんだがどうやら忘れておられたようだね」
「それはその……こちらこそ申し訳ないです」
久しぶりに領地から首都に訪れた為か、父はとても忙しくしていた。
そのせいでうっかり伝言を伝え忘れたのだろう。しかし、だからと言って応接室で待ってもらうのではなく私の部屋に直接向かわせるのはどうなのか!!
きっと忘れていたのを誤魔化すためにしたのだろうけど、私はとんだ赤っ恥だ。
するとオラトリオ様の視線が私の手元に移る。
「これは……?」
「あ、えーっと夢日記?のようなものです」
「夢日記?」
「えっと……子供の頃から不思議な夢を見ていたので、それを忘れないためにつけていると言いますか……」
「それは興味深いな」
オラトリオ様の視線が日記帳に釘付けになった。
「もし、不都合がなければ見せてもらうことはできるだろうか?」
「え?」
「ダメかな……?」
ダメかと言われてダメですと言えるほど、私の神経は図太くない。
もしやこれがフラグとかいうやつなのか?と内心ドキドキしながら、どうぞ、と日記帳を差し出した。
彼は興味深そうに日記を読み進めていく。ベッドの上ではなく、ソファーに移動してから見せるべきだったなあと考えていたら、オラトリオ様があるページを指さしてきた。
「ここ、この夢の日付はあっている?」
「え、ええ。あってます」
それはついこの間起きた橋の崩落事件。
老朽化していたことが原因だが、私の日記には事件の一年も前の日付に書かれていた。
「アデル嬢、君は橋が落ちることを知っていたのか?」
「夢の中のことですから……」
「しかし、崩落が起きた場所と原因まで書いてある」
「でも起きたからこそ、同じだと言えるんですよね?」
そう言うとオラトリオ様は首を傾げる。
私はこの時はまだ領地にいたと前置きしてから、現実に起こるかはなってみないとわからないと伝えた。
「それは、そうだが……」
「起こってもいないことを騒ぎ立てたら、頭のおかしな人って思われません?」
「そう、だな……すまない」
自分の非を認めて彼はあっさりと謝った。謝ったのだが……その先を読み進めていくうちに、段々と眉間にシワがよりはじめる。
「……アデル嬢」
「はい」
「夢日記……なのだな?」
「そうですね」
「私のことも書かれているが……」
「そうなんですよねえ……」
もしこれが夢に見るほどオラトリオ様のことが好きなのであれば、可愛い乙女の夢ですむだろう。
しかし、夢の内容が内容だ。
彼には到底そんな風に受け取れなかったに違いない。
「私が、アデル嬢に婚約破棄を言い渡すと?」
「みたいですね」
「君は信じるのか!?」
「ですが橋は落ちましたよね」
「夢、なのだろ?」
「そう、夢なんですよ。夢なのに、夢っぽくないんですよね」
例えば、私のオラトリオ様に対する感情もそうだ。
ゲームの中のアデルはオラトリオ様が好きすぎて束縛気質、逆にオラトリオ様はそんなアデルを煙たがっていた。
現実の私はゲームのアデルと違って、オラトリオ様が真実の愛とやらに気がついてヒロインと一緒になりたいと言うのであれば、婚約解消に同意するだろう。
あとできれば公衆の面前ではなく、ちゃんと手続きを踏んでもらいたいけど。
その時に誰か適当な婿養子を見つけてくれたら尚良い。
「今現在、私が君に婚約破棄を言い渡す予定はないし、夢の中のアデル嬢と今の君はかなり違うように見えるが……?」
「そうですよね」
「もう一つ、もしかしてこの夢が原因で君はあまり首都に滞在しないのか?」
「いいえ、まったく。単純に首都の喧騒が好きではないので」
「そうか……」
どこかホッとした表情に首を傾げると、オラトリオ様はこの夢の内容が今後起こると思うか?と私に聞いてきた。
「さあ……どうでしょう?もし起こるのであれば、入学式の日に私と一緒にヒロインがアカデミーに入学するのでは?」
「そのヒロインとやらはどこの誰なんだ?」
「男爵家の令嬢みたいですけど、名前は自分で決められるようで特に明記されないんですよね」
「アデル嬢……もう一度確認するが、本当に起こると思うか?」
「そうですね……もし本当に起こるのであれば、ちゃんと正規の手続きを踏んでから婚約解消してください。で、誰か婿養子に入ってくれそうな方を紹介してくれると嬉しいです」
私の言葉にオラトリオ様が微妙な表情を浮かべる。
特別間違ったことは言っていない。大勢の前で婚約破棄を告げるよりも余程、真実の愛とやらを貫きやすかろう。彼は小さくため息をつくと、ヒロインの容姿に言及する。
「……ヒロインの容姿はとても目立つな」
「そうですね。ストロベリーブロンドは珍しいですから」
ちなみに私の髪色は深いワインレッドのような色味だ。
辺境伯家独特の色味である。
「————まだ、起こっていないことを議論しても仕方がないな」
「それはそうです。夢ですし」
「いや、夢というには随分と具体的だ」
「予知夢だと?」
「それも違うような気がする……」
オラトリオ様はそう言って考え込んでしまった。
「これを借りることは可能だろうか?」
「全部書き終わっているものなら……」
「夢は毎日見ているのか?」
「いいえ、子供の頃は頻繁に見ていた気もしますけど、今はたまにです」
そう伝えると、新しく見た夢は教えて欲しいと言われる。
なんだかおかしなことになったなあと思いながら、断れるはずもなく……私は小さく頷くのだった。
***
王立アカデミーに入学し、私は入学式の日に会うであろうヒロインを探した。
首都にタウンハウスを持っていない限りは、地方から出てきた貴族令嬢の大半は寮生活をする。だからきっとヒロインもいるはず、と寮の中を見て歩いたのだがストロベリーブロンドの女の子はいない。
念のため周りの子達にも聞いてみたが、そんな子は寮にいなかった。
「おかしいな」
夢の中だと確かに寮生活をしていたのに。
ちなみに私はオラトリオ様から寮生活を禁止されてしまった。
首都にタウンハウスがあるのだからそちらから通えばいいと……そうすれば、自由に会いに行けると言われたのだ。
「アデル嬢!」
「ごきげんよう、オラトリオ様」
「入学おめでとう、アデル嬢」
「ありがとうございます」
するとオラトリオ様が私の耳元に口を寄せて、ヒロインはいたか?と聞いてきた。
「いいえ、それがいないんです」
「そうか……!」
「どうしてでしょうか?」
「やはり夢だからではないか?」
夢、と言い切られればそれはそうだとしか言いようがない。
しかし夢というには片付けられない問題も出てきた。
それは、オラトリオ様以外の攻略対象の存在。
ヒロインがアカデミーで出会うのはオラトリオ様の他にもいる。彼らはやはりアカデミーに在籍していたのだ。
ただ、オラトリオ様とは特に交流はない。夢の中では皆交流があったのに。
そして私とオラトリオ様も夢の中とは違い、昼食を共にしたり、オラトリオ様が家に訪ねてきてくれたりと交流が深まっていた。
「おかしい……」
「何がおかしいんだ?」
いわゆるお忍びデートをオラトリオ様としている最中なのだが、夢で見たゲームの登場人物たちはヒロインを除いて全員いるにも関わらず、ヒロインだけがいないのだ。
「ヒロインは……どこに行ってしまったんでしょう?」
「確かにヒロインだけが不在だな」
「これだけみんな揃っているのに、ヒロインだけがいないなんて……」
「それではヒロインがいた方が良かったと?」
「ちょっと興味はあります」
「私は、いなくて良かったと思っているよ。もちろん、夢の中のようにヒロインにうつつを抜かすような真似はしないが」
悪役令嬢らしく、ヒロインをいじめたいわけではないが……もしもヒロインに出会えたのなら、友達ぐらいにはなってみたかった。
そしてもしもオラトリオ様と一緒になりたいなら、その恋を応援するから私にいじめられたとか言わないで欲しいとお願いしただろう。
そんなことを考えながら歩いていると、ポンポンと肩を叩かれる。
「アデル嬢……あそこにストロベリーブロンドの女性が……」
「え……?」
オラトリオ様の示す先に視線を向ければ、確かにストロベリーブロンドの女性がいた。
「あ、ヒロイン……」
「え?」
「彼女、です。彼女がヒロインです」
私の言葉にオラトリオ様はピタリと固まる。
「彼女が、そうなのか?」
「ええ。夢に見た彼女とそっくりです」
本当にいたのか!と思わず感動してしまう。私は彼女の側へ行こうと歩きだした。
すると、オラトリオ様に止められる。
「オラトリオ様……?」
「その、本当に見に行くのか?」
「そりゃもう!こんなこと今後ないでしょうし!!」
困った顔をされてしまうが、もしも私の行動が結果としてオラトリオ様とヒロインを結ぶためのものだったとしても自分で選んだのだし後悔はしない。
そう言って彼女の元へ行く。
ヒロインがいたのは小さな屋台。
そこで若い男の人と一緒に何かを売っていた。
「いらっしゃいませ」
朗らかな声に優しい笑顔。姿形も美しい。これは確かにヒロインらしい風格だ。
屋台では小さなアクセサリーを売っていて、少し見せて欲しいとお願いするとぜひ、と言われる。
商売とはいえ愛想もいい。
「アデル嬢」
「見てください、可愛いですよ」
流石に本人を目の前にヒロインが、とは言えない。なのでアクセサリーを褒めるフリをしてオラトリオ様に伝える。
「もしかして……デート、ですか?」
「ええ、そうです」
ヒロインの問いかけにオラトリオ様がそう答えた。ヒロインは不快になる様子もなくニコニコと話をしている。
私はそんな二人を横目に見つつ、アクセサリーを眺めていた。
これはなかなか可愛いぞ。小ぶりのイヤリングや、指輪、それにブレスレット、どれも繊細な作りをしている。小さな石も使われているのに値段もそれほど高くはない。
「どれか気に入ったかい?」
「え、あ……ええ。これ、可愛いですよね」
そう言って一つのブレスレットを指さした。小さな鳥が羽ばたいていて、その羽に細いチェーンが付いている。鳥の目に赤い石が使われていて、まるで私の髪の色のようだった。
「店主、これをいただけるか?」
「はい。あ、こちらブックマーカーともお揃いなんですよ」
「ではそれも一緒に」
「あ、あの……自分で買いますよ?」
「これぐらいは贈らせて欲しい」
「でも……」
目の前にはヒロイン。隣にはオラトリオ様。
私は悪役令嬢ではないのだろうか?
「ふふふ、こういう時はにっこり笑ってありがとうと言うだけで良いんですよ」
ヒロインにそう言われて、私はオラトリオ様を見上げる。
「えっと……ありがとうございます」
「君が喜んでくれたら嬉しいよ」
ヒロインに手渡されたブレスレットをオラトリオ様が受け取り、私の手首につけてくれた。ブックマーカーはどうやら自分で使うらしい。
「……可愛い」
「うん、君の髪色と同じ赤だね」
「はい。ありがとうございます」
そう言って笑えば、オラトリオ様も嬉しそうに笑ってくれた。
それから時が経ち、卒業パーティーの日が来た。
二つ上のオラトリオ様はこれで卒業してしまう。もしやあの後、ヒロインと交流を重ねて断罪されてしまうのでは?と思っていたが、全くそんなことは起こらなかった。
卒業パーティーでちゃんとエスコートされたし、ドレスまで贈ってもらう悪役令嬢なんてそうそういないだろう。
「なーんにも起きなかったなあ」
人酔いして疲れてバルコニーに寄りかかっていた時、ポツリとそんな言葉が溢れてしまった。
「起きた方が良かったかい?」
「……オラトリオ様」
「私はこの一年、かなりヒヤヒヤしていたよ」
「そうは見えませんでしたが……」
「可愛い婚約者が、別の人間と自分をくっつけようとしていたら誰でもそうなるさ」
可愛い婚約者、と言われて私は首を傾げる。
私のどこら辺が可愛いのだろう?ぼんやりしているとか、影が薄いとかは言われたことがあるけれど。
「夢の中のアデル嬢と私が婚約した理由は実は合っているんだ」
「え?」
確か……夢の中だと、私がオラトリオ様に一目惚れだかなんかして婚約者の座を射止めてた気がする。
現実では第二王子の婿入り先として申し分ない、と言った理由だった気がするけど……
「私、別に無理に頼んでませんよ?」
「私が無理に頼んだんだ」
そう言ってオラトリオ様は私の右手を取る。手首には以前ヒロインの屋台で買ってもらったブレスレットがつけられていた。
「君に一目惚れをしたから、私が父上に頼んで君と結婚できるようにしたんだ」
「それじゃあ、ガッカリしませんでした?」
「なぜ?」
「それはその……ヒロインの方がずーっと素敵でしたし。私はどちらかといえばマイペースな質ですし」
「確かに君はマイペースではあるが、私は君の側にいるととても落ち着くよ」
それは一緒に過ごす上で大事なことではないかい?と尋ねられ、小さく頷く。
確かに一緒にいて気が休まらない人といるのは疲れるだろう。
でも一目惚れってなんだ?
「実は子供の頃、君の家に何度か遊びに行ったことがあるんだ」
「そんなこと、ありましたか?」
「その時はカツラをかぶっていたからね。茶色い髪のオーリという少年に覚えはないかい?」
その名前には覚えがある。
小さい頃、父がたまに連れてきてくれた彼は、私の良き遊び相手だった。
「……もしかして、オーリはオラトリオ様だったんですか?」
「そうだよ。元々いくつかの家と縁談の話が出ていてね。でも私は見知らぬ相手と結婚するのは嫌だと駄々をこねたんだ」
「はあ」
「今ならそれも仕方のないことだと思うけどね。当時の私はそうは思わなかった。だから変装して、各家に遊びに行ったんだ」
「なるほど。どんな相手なのか見たかったんですね」
「そう。でも君以外の令嬢は皆、オーリに冷たくてねえ」
全く知らない男の子が連れてこられて仲良く遊びましょう、という令嬢はいくら幼いとはいえ少ないのではなかろうか?
そもそも高位の令嬢なら子供の頃から厳しい淑女教育を受けているはずだ。
うちは辺境地にある分、その辺がゆるかった。
空想癖のある子供でも愛情持ってみんなが育ててくれたし。
「君と一緒に遊ぶのはとても楽しかったよ」
「そ、そうですか……」
いつの間にか来なくなってしまったが、そう言えば来なくなった時期と婚約した時期は同じぐらいだったように思う。
「それと、ヒロインのことだが……」
「はい」
「彼女はやはり男爵家の血を引いていたようだね」
「え?」
「実はあの後、調べさせた。男爵が本妻以外の女性に産ませた子供だったようでね。母親が亡くなって引き取ろうとしたらしいが、本人に断られたらしい」
「どうして断ってしまったんでしょう?」
「一緒に店をやっていた男がいただろう?」
「ああ、そう言えば……」
「今は彼と結婚しているようだよ」
つまり、ヒロインは男爵家に入るよりも好きな相手と一緒になりたかった、と言うことだろうか?
普通なら……庶民から貴族になれるのだから喜びそうなものだけど。
「思うに、彼女にも君と同じように生まれる前の記憶があったのではないかな?」
「生まれる前の記憶、ですか?」
「そう思うと君の夢日記や、子供の頃のなぜ、どうして?と言っていた事柄に説明がつく気がするんだ。あとヒロインの行動にもね」
オラトリオ様は私の手を自らの口元に持っていき、指の先にキスをする。
「アデル嬢、君の見た夢はこれでお終いだ。これからは私との未来を考えてくれないだろうか?」
「それって、断れたりするんですか?」
私の言葉にオラトリオ様はにこりと笑った。
ああ、これは無理だな。本能的に察する。
きっと逃すつもりは微塵もない。
「ええっと……これからもよろしくお願いします」
ようやく出た言葉がこれだけだったためか、オラトリオ様は苦笑いを浮かべながら頷いてくれた。
ヒロイン不在の悪役令嬢は、どうやら悪役になれないようです 諏訪ぺこ @peko02
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