第93話 俺たちがいない間いかに大変だったのか

 ジュウザが戦場を蹂躙し、ここにウインドがダメ押しの謎の粉をばらまく。

 それで敵軍は総崩れになった。

 みんな涙とか鼻水とか流して、前後不覚になって逃げていく。


「ありゃなんだ」


「辛い粉だ。ジュウザならば回避できる」


「なるほど……。ジュウザの登場で動揺してたところに、涙と鼻水で前が見えなくなったら、そりゃあ戦意喪失だわ」


 俺は納得し、ふいーっと地面に降りてきた。

 ベルトに翼が引っ込んでいく。


「なかなかの遊覧飛行だったのじゃー! また乗せるのじゃ!」


「へいへい」


 首にぶらーんとぶら下がっているディアボラをつまみ上げ、地面に下ろす。

 真っ先に降りていたエクセレンは、ぱたぱたとライトダーク軍の方に走っていった。


「助けに来ましたー! 勇者パーティーのエクセレントマイティでーす!!」


 声が大きい。

 だが、この声の大きさはとてもいいぞ。

 だって戦場の隅々まで届くからだ。


 いきなり戦いが終わり、呆然としていたライトダーク軍。

 それが徐々に、何が起こったのかを理解し始めたらしい。


「そんなまさか」


「生きていたのか」


「帰ってきた!」


「勇者パーティーが帰ってきたぞ!」


 どよめきが起こり、大歓声に変わっていく。

 よくよく見れば、彼らはボロボロである。


 血と土の汚れにまみれ、武器もあちこちが欠けている。

 厳しい戦いをしてきていたらしい。


 モンスター相手に普通の兵士じゃ辛いもんな。


「浄化!」


 カッサンドラが何かを鞭でひっぱたいていた。


「あー」


「どうしたカッサンドラ」


「いやね、モンスターが転がってたから鞭で叩いたんだよ。そうしたらご覧よ。死体になっちまった」


 目の前には、干からびた全裸男性の死体がある。


「こりゃあつまり、どういうことだ?」


「魔王にたぶらかされてモンスターになったら、そのうち人間の部分が死んじまうってことさね。早いうちなら人間に戻れるけれど、長い間モンスターだったら、浄化した瞬間に死んでしまうのさ」


「そりゃあ大変だ。ということはナンポー帝国はもう駄目だな。助けることを考えるのはやめて、一気に城を落とすか」


「極端な発想をする男だね……!! でもあたい、そういう思い切りのいい男は好きだよ。どうだい? エクセレンとの仲が進まないならあたいと遊んで……」


「ダメですー!!」


 凄い速さでエクセレンが帰ってきた。

 俺とカッサンドラの間にぎゅうぎゅうと割り込む。


「ウグワーッ」


 カッサンドラがエクセレンのお尻に弾き飛ばされてゴロゴロ転がっていった。


「助かった、エクセレントマイティ! 俺俺、俺だよ!」


 エクセレンの後に続いて、兵士がひとり走ってきた。

 俺俺言うお前は誰だろう。


「お前らを王都に迎え入れた最初の兵士だ」


「おお、あの時の!」


 俺は近寄り、彼とがっちり握手した。


「忘れてただろ……。いいんだよ。俺どこにでもいるような顔してるから」


「すまんすまん。で、俺たちがいない間は大変だっただろう。何があったか聞かせてくれ」


「ああ。こっちに来てくれ! 城の偉い人たちもいるから」


 そういうわけで、一同ぞろぞろと案内され、ライトダーク軍の陣地までやって来たのである。

 懐かしいライトダーク王がいた。

 彼は立ち上がると、両手を広げて俺たちを出迎える。


「おお……!! 戻ってきてくれたか! お前たちが生きていると信じていたぞ勇者たちよ……!!」


「はい! 星が吉兆を告げていた通りです! おかえりなさい、皆さん!」


 こっちは占星術師のスターズ。

 すっかり立派になった感じがあるな。

 身に付けたローブが似合ってきている。


「で、何があったんです」


「うむ。勇者の行方が分からなくなってからな。しばらくは魔王軍……今や、誰もナンポー帝国という名では呼ばぬ……それは静かにしておった。そしてここ一ヶ月ばかりで、少しずつあちこちに手出しを始めたのだ」


 慎重だな。

 俺たちの動きを探っていたとも言えるだろう。


 まさかノウザーム大陸でのんびりしていたとは思うまい。


 王のいるところは敷物が敷かれ、直に座れるようになっていた。

 みんなでめいめに座り、王の話を聞くことになる。

 あったかい飲み物が出てきた。ありがたい。


「そこからはあっという間だった。隣の王国が即座に寝返り、周辺の小国は瞬く間に魔王の支配下になった。魔王に支配された国は皆、悪夢のような見た目に変わっていくという」


「魔王が世界を貼り替えておるんじゃな。それ、どれも見た目がちょいちょい違うじゃろ」


「ああ、違う。どうして分かるのだ」


「魔王は遊んでおるからじゃよ。あやつ、徹底して自分の快楽のためにしか動いておらぬ。多分じっとしてたのは、わしらとぶつかって殴り返されるのが気分悪いからじゃろうな」


「最悪な性格の魔王だ」


「ひどい」


「最低だ」


「カス過ぎる」


 ライトダーク側が率直な感想を述べている。

 そうだろうそうだろう。

 あの魔王は性格悪いからな。


 俺たちがいないっぽいと見て、一気に好き放題を始めたわけだ。

 俺が見た所、ライトダークを襲っていた軍勢には魔将がいなかった。


 ナンポー帝国にも比較的近いと思うのだが、一度魔将を退けた土地だということで、慎重に動いているのかも知れないな。

 あるいは、周囲一帯を魔王の土地に変えてしまった後、包囲しながらじわじわとなぶるつもりなのか。


 ありそうだ。

 いや、きっとそうだろう。


「これは許せませんね! とりあえず近くの国を解放しましょう!!」


 エクセレンが奮然と立ち上がり、手にした飲み物をぐいーっと飲んだ。


「熱い!」


「そりゃあ熱々の飲み物だからな。じゃあ、我らが勇者が決断したんだ。行くとしようか」


 俺の言葉に、国王が目を瞬かせた。


「もう行ってしまうのか。それに、勇者の意見とは。そなたが彼らを導くリーダーではなかったのか?」


「勇者が育ってない間はそうですな。だが、うちの勇者もいっちょまえに育ちましてね」


 俺は笑ってみせた。

 エクセレン、最初に出会った頃のおどおどした様子など、今は見る影もない。

 数々のモンスターや魔将、あるいは魔王を殴りつけてきた成功体験が彼女を強くしてきたのである。


 それでは魔王軍に、立派に育った勇者をお披露目するとしようではないか。

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