第73話 何も決められんのか

 タクサス共和国へ向かう道すがら、俺たちは向こうのテントに泊めてもらうことになった。

 何が参ったかと言うと、飯の不味さである。


 ぼそぼそで水分の全く無い平焼きパン、味がしないパッサパサの肉、水で溶いてスープっぽくなる粉。


「お前さんたち、よくこんな不味いもの食ってるなあ」


「戦闘食が悲しくなるくらい不味いのはいつものことだぜ」


「みんな家から調味料持ってきて味付けて食ってる」


 兵士たちが悲しそうな顔で言った。

 こんな悲しい顔の兵士は他でも見たことないぞ。


 ちなみに、俺たち男チームが兵士のテントに。

 女性チームは軍隊が連れてきていたきらびやかな女性たちのテントに泊まっている。


 エクセレンが教えてくれたが、あちらのテントでは飯が美味いらしい。

 なんという格差であろうか。


 それでも、何も食わないよりはマシである。

 戦闘食をもそもそ食べた。

 うーん、不味い。


 食後に出てくる、砂糖たっぷりのお茶だけが美味い。


「拙者は気にならんな。腹に溜まることだけを考え、誰が口にしても平等に不味いように作ってあるのであろう」


「必要な栄養は入っているようだ。製作者は学者か何かかもな。味に興味が無いんだ」


 ジュウザはいつものように兵糧丸を食べ、ウインドは戦闘食をばらして解析している。

 そんなわけで、不味い飯をともに食った兵士たちとはすぐに打ち解けた。


「こんな飯でも無いよりはマシでさ。兵士をやってりゃ、飢えることは絶対ないんだ。後は戦争で死なないように、いい加減に戦ってさっさと逃げるだけだよ」


「人口が増えてるから、領地を増やさないといけないらしくてな。それであちこちに戦争を仕掛けてるんだが、俺らがやる気ないだろ。それに国では戦場にも行かない裕福な連中が戦争反対ってな」


「そうそう、プラカード持って練り歩いててよ。戦いに疲れて帰ってきた俺らに卵を投げつける」


「誰がてめえらを守ってくれてるか考えてもいないんだ」


 ははあ、色々と大変な国らしいな、共和国。

 話を聞いていると、みんな何もかも他人事というか。


「どうやらタクサス共和国は、高度な分業化に成功した国らしいな。将軍たちから話を聞いてきた」


 ジュウザの情報収集である。


「分業化ってなんだ?」


「つまりな、兵士たちは戦うことだけ。商人は商売のことだけ。しかも、売り子と仕入れと帳簿で全て分業されてて互いの仕事を知らぬ。そういう国だということだ」


「へえー」


 王国や、ライトダークの兵士たちは、その仕事の他に日常でこなす雑務なんかがあったはずだ。

 そもそも、専業兵士なんて聞いたことがない。

 みんな仕事を持っていて、兼業でやっているのが当然だと思ったが。


「それで、兵士をやってれば食いっぱぐれないとか言ってるのか」


「そうらしい。共和国は変わった国であるな。拙者らの社会を発展させればこうなる、という姿の一つとも言えよう」


「面白く無さそうな国だな」


「俺は興味深い」


「そりゃあウインドからすると、部族社会から一気に社会のつくりが変化する場所だからなあ」


 途中途中で、エクセレンとも連絡を取り合うのだ。


「ボクたちなんだか可愛がられちゃって、美味しいものたくさんもらってます。兵士さんが、色々くれるらしくって、女の人たちは結構ぜいたくに暮らしてますよ!」


「そういう仕事の人たちだろうからなあ」


 特にディアボラは小さい子どもだと思われているらしくて、女性たちから大人気だそうだ。

 いつも食べ物をもらっていて、本人はご満悦だとか。


 自分の外見で得をするなら、特に訂正などしないあたりが千年生きた魔女の老獪さであろう。


 そんな日々を送っている間に、タクサス共和国に到着した。

 片道で5日間ほどだったろうか。

 これだけ離れていれば、戦禍が共和国まで届くことはあるまい。


 つまり他人事でいられるわけだ。


 共和国は、とにかく大きな国だった。

 門などというものは無く、気付くと国の中にいた。


「門はな、主要都市にだけあるのだ」


 不思議に思う俺に、将軍が教えてくれる。

 あまりにも国土が広大なため、どこからどこまでが国なのかを誰も把握してないとか。


 これだけ広大なのに、領土を広げるために戦争を……?

 おかしな話だな。


「これは……」


 ジュウザが唸った。


「どうした」


「恐らくあれは、兵士という仕事を作るための無駄な戦争であろう。やること自体に意味があり、あれで兵士を食わせていっているのだ。つまりそういう国だということだ」


「あー、囚人が無駄な作業させられるようなもんか」


 俺は納得した。

 つまり、そういう国だということだ。


 仕事をする意義があるのではなく、増えた国民を食わせるために細分化した様々な仕事がある。

 結果としてそれぞれの仕事が歯車として噛み合い、国が回っているのだ。


 これはとんでもない国だ。


 俺の感想は、この国の首脳陣に会ってから間違いないものだったと確信できた。

 そこには数人の男女が座っており、恐らくは中心に座している初老の女性がトップなのだろうが……。


「勇者なんて。前例がありません」


 彼女が言うと、周囲の連中も頷くのだった。


「緊急で国会を開きましょう。議題は勇者の処遇について。ええと、一応は伝統のある存在なのでしょう?」


 彼女は、首相という立場らしい。

 多くの国民たちの総意で選ばれた指導者だな。

 だが、彼女の一存で国が動くわけではない。


 他に様々な政務を担当する大臣がおり、内閣という政治を行うチームを結成している。

 この内閣のまとめ役、議長が首相なのだ。

 さらに、大臣以外にもそれぞれの土地や職業の意見を代表する政治家がおり、彼らが集まるのが国会。


 俺たちエクセレントマイティをどう扱おうかという話をするために、国会を開こうとしているわけだ。


「大仰すぎないか……?」


「それがこの国のやり方なのだろうな。大きな会議を開くことで人が動き、金が動く。するとまた、多くの人間に職が生まれて彼らを食べさせていけるようになる」


「なるほど……何か一つ決めるにも難儀な国だ……!」


 俺は天を仰いだのだった。

 こりゃあ、魔将よりも厄介かもしれない。


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