ライトダーク王国編

第40話 クズではない人を勧誘する魔王

「あの輝きは……魔王星! 魔王星だ! 伝説に語られていた魔王星が現実に……!? これはいかん! 陛下にお知らせせねば!」


 ライトダーク王国は星見の塔。

 ここで星を見た占星術師が、暦を作り出し、世界に広めたと言われている。


 ライトダーク王国は歴史ある国である。

 経てきた時は、千年を優に超える。


 千年前に魔王が現れた時も、魔王が倒され、平和が訪れた中で各国が争いを始めた時も、星見の塔はずっとここにあった。

 ライトダーク王国と星見の塔は、世界の歴史を刻み、そして流れるさまを見つめてきたのである。


 だからこそ、占星術師はこの異変に気づいた。

 千年前の記録に、魔王星が降りてきた後に魔王が現れたとある。


 今また、世界に異変が起ころうとしているのだ。


「陛下、一大事です! 一大事ですぞ!!」


 彼は叫びながらバタバタと走り、会議が行われている中に飛び込んでいった。

 その場にいた一同の視線が、占星術師に集中する。


「どうしたのだ、騒がしい」


 声を掛けたのは、ライトダークの国王ベテルギウである。


「陛下! 魔王星です! 空に凶兆たる魔王星が現れました! これは一大事ですぞ!」


「ふむふむ。そなたが以前聞かせてくれた、千年前にもあった凶兆というやつか。それも備えねばなるまいな」


「然り。ですが今はもっと大事な要件がありますからな」


 次に口を開いたのは将軍である。

 占星術師は目を剥いた。


「もっと大事な!? 魔王が降り来る魔王星以上に大事な要件などありますまい! 何を仰られているのか!」


「落ち着け占星術師」


 将軍が彼をなだめる。


「ナンポー帝国が各国へ兵を派遣しているのだ。これに対応せねばならん。戦だぞ。千年前の魔王よりも、今まさに目の前に迫っている戦が重要なのだ!」


「空を見てくだされ! 空を見てくだされば全て分かりまする!」


 議場にいた誰もが、困った顔をした。


「落ち着かれよ占星術師殿。今のライトダーク王国は、空ばかり見ていられた時代とは違っているのだ」


「大地を収める。二本の足をつけて立つ場所を平らかにした後、初めて空を見ることができるというもの」


 家臣たちの言葉に、ベテルギウ王は深く頷いた。


「そちの言葉は後で聞く。控えておれ」


「陛下……!」


「下がるがよい」


 最後のベテルギウ王の言葉は、努めて優しい響きとともに放たれた。

 だがそれは、占星術師には決別の言葉のように響いた。


 打ちひしがれて議場を後にする占星術師。


「これではいかん……。このままでは……。国同士が争っている場合ではないのだ……! 魔王が、魔王が降ってくるのだ……! 地上ばかりを見ていては何も分からぬ! 空を見ねばならぬというのに! ライトダーク王国のために、今こそ空を見ねばならぬというのに!」


 壁を叩き、占星術師は呻いた。

 国を愛し、それが故の沸き上がる怒り。


『力なき言葉は聞き流されてしまう。私もまた、魔王星を憂えるもの』


 突如、占星術師の耳にそんな声が聞こえた。


「なっ!? 何者だ!」


 他の誰にも、その声は聞こえていない。

 城内を行く人々は、突然虚空に向かて叫び始めた占星術師を、露骨に避けて歩いた。


『私は君よりも、ずっと前の世代の占星術師だ。暦を発見したのも私だ』


「な、なんと……!? だが、その方は遥か昔に死んだはず……。どうして私に語りかけることができるのか!?」


『それは、私がこの国の滅びを憂えるからだ。そう、このままではライトダーク王国は滅んでしまう』


「なんだって!? そ、それはいけない! それだけは避けねばならぬ!」


『ああ、その通りだとも。私は声を響かせることしかできない亡霊だ。だが、国を守るために最後の力を振り絞ってこうしてやって来た。どうか、私の意志を継いで国を守って欲しい』


「あなたの意志を継ぐ……?」


『国を守りたくはないか? 暦を生み出した偉大な歴史を持つこの国を、ライトダーク王国を。守れる力が欲しくはないか? 誰の意見を聞く必要もない。君が見た星の導きを、君がその力で実行できるようになる』


「それは……素晴らしい……。欲しい……」


『Excellent! ではこう唱えるがいい』


 突如、占星術師に聞こえてきた声はその調子を変えた。

 声の導き頷きながら、占星術師の唇が呟く。


「Hello world!」




 少しして、議場から出てきた一同。

 そして彼らは聞いた。

 山を越えた王国上空で、何か大きな爆発が起こった音を。





「ライトダーク王国です!」


 エクセレンがばたばたと走っていった。

 そして検問で止められた。

 やっぱりなあ。


「なーんーでー!」


「王国は割と緩かったが、外国はもうちょっと厳しいからな。特に俺たちは向こうの冒険者だし」


「そうなんですねえ」


「拙者は常に素手だったからどこでも通りやすかったな」


「わしは外国行くの千年ぶりじゃわ」


 我らエクセレントマイティは、大人しく検問に並ぶのである。

 盾しか持っていない俺は、全身をくまなくチェックされた後、兵士たちに首を傾げられながら通してもらった。


「なんで武器持って無いの……?」


「俺はタンク専門なんだ」


「なんとマニアックな。ああ、それでこっちの女の子が全身に武器を満載なのね」


「歩く武器庫じゃん」


 エクセレンは兵士たちに褒められていると思ったのか、ニコニコしている。

 次にやって来たジュウザが、投げナイフしか持っていないのでまた兵士たちが首を傾げた。

 最後にやって来たディアボラは角があるので、兵士たちがざわつく。


「モンスターでは?」


「失礼じゃな! そんな下等な存在ではないぞわしは!!」


 飛び跳ねて抗議するディアボラ。

 その姿が全く脅威に見えなかったようで、まあ、いいかという事になったようだ。


「君たちに敵意が全然感じられないんで一応通すけど、冒険者ギルドに登録しておいてね」


「ああ分かった。お仕事ご苦労さまだ。しかし思ったよりもちゃんと調べるんだな」


 兵士は俺に向かって肩をすくめてみせた。


「どこかのバカな帝国が、戦争を始めただろ。ナンポー帝国の間者じゃないかってこうやって細かく調べてるんだ。お陰で入国者が朝から晩まで並んでるんだよ」


「大変だなあ」


「ナンポー帝国の人ならモンスターになってるからすぐ分かりますよね」


「だよなー」


 俺とエクセレンでそんな話をしつつ、入国していくのだった。

 なお、兵士たちは、ナンポー帝国人がモンスターになっているという話は笑って取り合わなかったのである。


「平和ボケしとるのじゃ」


「これでも拙者が通過した時よりは、ピリッとしているぞ。戦に備えているのであろうな。よし、ここからは拙者が案内をしよう。各国を巡ってきた知見を今こそ活かす時!」


「おっ、観光かあ!」


「わーい! 美味しいもの食べたいです!」


「わしもわしも」


「各々がた、観光ではござらんが……とりあえずここのケバブが美味いという店に案内しよう……」


 エクセレントマイティは歓声を上げつつ、ライトダーク王国の観光に向かうのであった。

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