第10話 幽霊船が出現する海にオンボロ船で漕ぎ出すぞ

 海に来た。


「ふわわわわわわわわ! ほわあぁぁぁぁぁぁぁ~っ!! こ、これが海ですかぁ~っ!!」


 エクセレンは鼻息も荒く、大興奮だ。

 山間の村の生まれだという彼女は、一度も海を見たことがなかったそうだ。


「こ、これ、どこまで行けば果てなんですか?」


「海に果てはないらしいぞ」


「そ、そんな!? 端っこに行ったら世界が途切れてて、海の水がどぼどぼ落ちているんじゃないんですか!?」


「なんか俺が聞いた話だと、世界はこう、丸い筒のような形をしてるそうだ。だから海はずーっと進むとここに戻ってくるんだと」


「ほへー」


「不思議なもんだよなあ」


 しみじみしながら海を眺める俺たちの横を、何組もの冒険者や、王国の兵士たちが通過していく。

 今回の海の護衛依頼。

 これは国家が絡む大規模なものになっているらしかった。


 あちこちから、今回の仕事に関する噂話が漏れ聞こえてくる。


「生き残った船の奴によると、幽霊船が出たらしい」


「幽霊船って御伽話じゃないのかよ?」


「本当だってよ。で、船はみんな幽霊船に引き寄せられていって食われちまったって。生き残った船はマストの調子が悪くて、だいぶ船団から遅れてたお陰で助かったらしい」


「ってことは、敵は幽霊船なんだな。ま、今回は国の軍船も出るし、大砲も積まれてるから楽勝だろ」


「だよなあ。楽な依頼だぜ」


 冒険者たちが笑い合っているではないか。

 海の依頼によほど慣れているんだろう。


 俺はタンクという仕事上、船の上だとあまり力を発揮できない。

 ガードできるのが乗っている船くらいだからな。


 エクセレンに至っては海が初めて。

 もしかすると、船にすら乗ったことが無いかも知れない。

 船酔いとか大丈夫か。


 俺は心配になったので、依頼を受けに行く前に、船酔い用の薬を買うことにした。


「船酔いってなんです?」


「船に乗ってるとな。足元が海で、ずっとゆらゆらしているんだ。だから揺られすぎて気持ち悪くなることがある」


「そうなんですねえ。じゃあマイティはボクを心配して薬を買いに来たんですね!」


「そういうことだ。何せ、俺はタンク専門だからな。攻撃はお前さんに任せているから、船酔いされてたら仕事にならないのだ」


「ボク、責任重大ですね!」


「そういうことだ! 全てはお前さんに掛かってるぞエクセレン! ファイトだ」


「ファイトします!」


 道端で、二人で拳を突き上げる。

 通行人がくすくす笑いながら俺たちを見ていた。


 しかしまあ、ここは王国最大の港町トミナ。

 人通りが多い。

 世界中から品物が集まるせいだろうな。


「あれ? 閉まってるお店が多いですね」


「幽霊船とやらが、色々運んでくる船を食っちまってるそうだからな。売り物がなけりゃ店を開けられない」


「それじゃあ、ボクたちはすごくすごく責任重大ですね!」


「だな!」


 小さな店の看板に、薬と書かれているのを見て入る。


「船酔いの薬をくれ」


「あいよ」


 しわくちゃのばあさんがいて、薬草を干して作った粉らしきものを手渡してきた。


「船の護衛をする冒険者だね?」


「ああ、そうだ」


「船酔いなんかして、護衛が務まるのかね」


「護衛を務めるために船酔いをしないようにするんだ」


「そりゃそうだ。これは一本取られたね」


 俺とばあさんで、わっはっは、と笑い合う。

 

「マイティは割と誰とでも仲良くなりますよね」


「うむ。タンクだからな。嫌いな奴を守ったりしたくないだろ。なので俺は、相手のいいところ探しをして、なるべく嫌いにならないように務めている」


「凄いです!」


「若いのに偉いねえ……!」


 エクセレンとばあさんに褒められてしまった。

 なので、おまけで薬を一包もらう。


「なんだい、こいつは」


「こりゃあね、興奮剤さ。一時的にカッとなって戦う力が増すよ。ただし、やり過ぎるとバーサーカー症候群になるからね」


「ほうほう」


「アンデッドだって興奮させておかしくしちまう効果があるんだ。ちょっぴりずつ舐めて使いな」


「ありがたい。受け取っておくぜ。船の護衛は任せておけ」


「期待してるよ」


 ばあさんにウィンクされてしまった。

 若い頃はさぞやモテただろうな。


 薬屋を後にし、俺たちは護衛する船の元へ。

 港には、たくさんの船が停泊していた。

 どれもこれも、でかいな。


 冒険者たちが、船主とわいわい話し合っている。

 さて、俺たちの船は……。


「マイティ、あれじゃないですか!? ほら! 太っちょのおじさんがしょんぼりしてる」


「ああ、あれか!」


 それは、並び立つ船の中で、一際みすぼらしい一艘だった。

 古い。

 明らかに古い。そして小さい。


「はあ……。うちみたいな古い船と、安い護衛料金だと冒険者も来ねえか……」


 船主らしき丸いおっさんがため息をついた。


「来たぞ」


 俺が声を掛けたので、おっさんはピョーンと飛び上がって驚いた。


「うわーっ! ぼ、冒険者か!? うちの船を護衛してくれる?」


 彼は目を高速で瞬きさせながら、俺たちエクセレントマイティを見つめる。


 プレートメイルに大盾を背負った俺。

 チェインメイルに背中に武器の山を背負ったエクセレン。


 おっさんの口が、ポカーンと開かれていくのが分かった。


「う……海の護衛だぞ。正気かあんたら……!? 金属の全身鎧にばかでかい盾、鎖帷子と山程の武器なんて……」


「俺たちは常に本気だ。この護衛、成功させてみせるぞ!!」


「大成功間違いなしです!!」


 むんっ力強くガッツポーズをするエクセレン。

 おっさんはまた、ポカーンとした。


「何をぼーっとしてるんだ。作戦会議だぞ船主よ。俺たちは二人きりで、まだCランクのパーティだが、やる気だけは誰にも負けない。大船に乗ったつもりでいてくれ!」


 俺は彼の肩をどんと叩く。

 するとおっさんは、泣き笑いみたいな顔になった。


「まあ、俺の船は小舟なんだけどよ」


 上手いことを言う人だな。

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