第23話 いい加減にしないか翔子!
女性キャスターは追加で送られた原稿を読み上げる。
「追加の情報です。昨日昼過ぎ、山口県紡雁島にて発生した震度八の地震ですが、続報が入りました。今回の地震ですが、発生直後、局地的集中豪雨が島を包み込み、被害規模の把握を困難にさせています。大型台風並の異常気象は緊急派遣された自衛隊の進入すら拒みますが、二六時間後、突如として霧のように消え失せました。特派員によれば島内の建造物はほぼ倒壊。彼の反対運動の発端となったタワーマンションもまた倒壊しているとのことです。ガス・水道・電気のライフラインは壊滅。地震による負傷者は一六名。死者ゼロ、え? ゼロ?」
キャスターは誤字だと原稿を食い入るように見る。
スタッフに目線送ろうとそのまま読み上げるよう指示を受けた。
「し、失礼しました。あれだけの壊滅的被害を受けながら死者は一人も出ておりません。一方で住民の誰もが無傷でいながら、衣服は斬られ血で汚れているなど不可解な点もあり続報が待たれます。次は警視庁前で発生した事件の続報となります」
画面は切り替わり、次なるニュースに移る。
警視庁前で六〇代男性が刺された事件。
目撃者のインタビューで始まった。
『もうびっくりしましたよ。外回りでたまたま警視庁の前を通ったら、作務衣ですか、その人が男に刺されたんですもん。もうわき腹をグサっと。さらにビックリなのが、刺された人が男を殴り飛ばしたことですよ』
目撃者のサラリーマンは思い出すようにカメラ前で答える。
『警視庁前ですから警官がわんさか出てきて刺した男を取り押さえるんですよ。刺された人なんですけど、取り押さえられた男の前でいきなり上半身裸になったんです』
刺した男に見せつけるは鍛えに鍛えられた筋肉。
わき腹には血一滴どころか傷一つない。
目撃者どころか警察すら唖然としていたと語る。
「男性は黙秘を続けており、警察は犯行の動機を慎重に調査するとのことです。次のニュースです。警視庁は島田建設に家宅捜査を行うと――」
鬼との戦いから一晩明けた今日――
へその泉に清らかな水が満ちる。
奥底に沈むのは壷ではなく小箱、ストレージキューブであった。
「今度はそう簡単に復活できると思うなよ」
龍夜は泉を覗き込みながら小箱に呼びかける。
鬼の再復活の予防策として、ただ泉に壷を沈めるのではなく、ストレージキューブに壷を収納し沈めるという二重の封印を施した。
加えてストレージキューブの中に泉の水が流入する仕掛けと、中の壷は比企家の血引く者以外、取り出せぬ二つの仕掛けが施されている。
異世界スカリゼイの錬金術を応用したセキュリティロックであった。
「悪いな、トルン、急拵えであれこれ頼んで」
同行してくれたトルンとガガルに龍夜は振り返る。
メルキュルルはこの世界の文献に興味があると祖父宅で電子書籍を読み漁っている。
ル・チャは優希に捕まり、あれこれ話し込んでいるようであった。
「いいって、ストレージキューブ一つ作る程度。こっちは世界一つ救ってもらったんだ。安いもんさ」
頼もしい友の言葉に龍夜はただほくそ笑む。
流石は弓使いであり錬金術師。
その能力は別世界であろうと存分に発揮してくれて大助かりだ。
「しっかし、よくよく考えてみると、お前の先祖ってものスゲー奴だな」
感心するように頷くのはガガルだ。
「鬼は不完全であれだけの強さなんだろう? 全盛期の状態で真っ正面からやりやって首を刎ねたお前の先祖、どんだけ化け物なんだ」
「それは俺が知りたいよ。ただ、一つだけ思うことがあるんだ」
「どんなこと?」
「島では女子供でも剣術を学ばせるのが昔からの慣例になっているんだ。まあ、やるかやらんかは当人の意志を尊重させているが、だからこそ思うんだ。実はこれ、鬼の復活に備えて対抗手段を育てておくためじゃないのかって」
鬼の首を斬った感触はまだ龍夜の手に残っている。
長き歳月をかけた古木のように堅く、一刀では斬り落とせなかった。
斬るべき線が見えようと、首半ばまでしか斬れなかった。
「じいさん、いやひいじいさんもそうだったが、真剣で丸太を一刀の元、切り倒すほどの腕の持ち主だ。普通なら巻き藁を斬るんだが、なんで丸太なのか、鬼の首を斬り落とすまで違和感なんて微塵も抱かなかったよ」
「ボクたちが次なる魔王に備えるように、きみの先祖も後世に備えていたってことか」
「ありない話じゃないよな。歌の形で鬼への危機と対策が残されていたんだ。その歌がなければさらにヤバかっただろうし」
「ああ、かなりヤバかった」
仰々しく龍夜は頷き返す。
二年間も異世界にいたせいで民謡の存在をすっかり忘れていた。
勇たち悪ガキ四人組がいなければ謎解きどころか、島自体、永遠の闇に包まれていたはずだ。
「さ~て帰るか」
これで一段落だと龍夜は背伸びをする。
もっとも落ち着ける場所も時間もないのが現状だった。
「どう責任をとるつもりなんだ!」
「あんたたちのお陰で島は滅茶苦茶よ!」
「やはり婿養子はダメだな、使えない!」
「船は全部使い物にならねえ! どう食って行けばいいんだ!」
比企本邸前が騒々しい。
裏側にある社にまで怒声が聞こえている。
屋敷の隅から覗き込めば、住人たちが押し掛けているときた。
「ですからそれらについては協議の後々応じたいと」
父親の昴があれこれ応対しているが住民の怒りは収まらない。
元々押しに弱い性格なのだ。大多数で責められ続けると重度のストレスでハゲ散らかしそうだ。
隣に母親の翔子がいようと釈迦に説法、蛙の顔に水と素知らぬ顔だ。
「それにあんたのバカ息子! 弟のほうだ! 人を襲ったって話もある! どこに匿った!」
「助けたのは行方不明の龍夜くんだって聞いたわ!」
「足りない物資は全部、龍夜くんが用意したそうね!」
「避難の誘導だって龍夜くんが指導していたのよ!」
「子供が一人、頑張ってたのに、あんたたち、この非常事態になにやってた! 親として、大人として恥ずかしくないのか!」
「今回の件でよくわかった! あんたも、その息子も当主にふさわしくない! この島を任せられるのはやっぱり龍夜くんしかいない!」
そうだ、そうだと連呼される声に龍夜は頭を抱えていた。
当主の椅子なんて興味がない。
ただ困っている人がいるからこそ助けた純粋な善意だ。
当人の意見なく持ち上げるのはごめん被る。
「俺はバカでも御輿でもないんだがな」
苦悩する龍夜の右肩がポンと叩かれる。
振り返れば白い犬歯むき出しで笑うガガルがいた。
「みんなにモテモテだな、タツヤ」
「モテねえ男の僻みかよ、九九九回の出会いに失敗したガガルのおっさんや」
「うるせえよ。それに九九九じゃねえ、九九だ。元の世界に戻ったら一〇〇回でも一〇〇〇回でも挑戦するだけだっての」
「あれれ~出発前はやさぐれていたのに、もう立ち直ってる~」
「諦めたら終わりだっての」
胸を、大胸筋を張るガガルに、いい傾向だとトルンは笑う。
「みなさん、落ち着いてください」
ふと今まで黙っていた翔子が口を開いた。
島民の誰もが翔子の圧ある声に押し黙る。
「大きな誤解です。いいですか、白狼が人を襲ったなんて話、事実誤認です。お聞きしますが、その瞬間を見た人はここにいますか? 襲われ負傷した人はここいますか? いませんね。まあ仕方ないでしょう。白狼と龍夜は一卵性双生児。親ですら間違えてしまうほど瓜二つ。白狼と龍夜をみなさんは逆に――」
意気揚々と語る母親に龍夜は失望のため息。
ここまで愛想のない母親だったとはため息しか出ない。
「トルン、ガガルのおっさん、ちぃと耳貸せ」
ここらで一発ザマァな展開を思いつく。
龍夜はストレージキューブから取り出した一品をトルンとガガルに全て手渡した。
次いで自分は鞘に納めた日本刀を手に、息を殺して母親の背後に回り込む。
「さっきから好き放題しゃべくりまくってんじゃねえよ、バカ親共!」
最初に母親の尻を、ついでに父親の尻を蹴り飛ばした。
突発的に蹴られたのだから、両者は揃って倒れ込む。
当初は誰かと睨みつける母親だが、龍夜と知るなり更に睨みつける。
「人が黙って聞いていれば、どいつもこいつも好き放題言いやがって」
苛立つ演技をしながら龍夜は悪態つく。
「龍夜、親を足蹴にするなんて! お父様はどんな教育をあんたにしたの!」
「あ~うるさいうるさい。こんなヒステリックな大人になってと、死んだばあさん、今頃、草木の陰で泣いてるぞ~」
言い返せば母親の表情は赤黒く染まり、髪がぞわりと起き上がる。
ギャーギャーフジコフジコ言っているようだが、騒音レベルの迷惑しかなく相手にする義理はない。
「お前らもお前らだ。勝手に俺を持ち上げんじゃねえよ、迷惑だ」
島民の誰もが願いとは裏腹の反応に困惑し顔を見合わせる。
何故と、どうしてとの疑問の視線が龍夜に集中するも煩わしく手を振るった。
「親父が当主不適格? バカも休み休みに言え。いいか、親父はじいさんと比較してよわよわで頼りない見た目通りだろうと、島のためにしっかり仕事はしていた! 島と本土を繋ぐ橋のメンテナンス、島人口増加による列車の増便手配、今問題になってる託児所不足のための保育園創設と保育士の雇用計画、通信インフラの強化。観光客増加対策の一環として、不足する旅館の部屋や名産品確保のための漁業への助成金、エンジュの山の保守点検、これ全部、親父が立案してんだぞ!」
父親の昴は、新しいことを始めるのにやや不向きだ。
逆に今あるものを便利に改良する手腕に長けている。
今あるものを使いやすく、便利に改良する。
橋をゼロから作るわけではなく、橋を今以上に使いやすく立案する。
離れて暮らしていたからでもあったが、龍夜は父親の見えぬ仕事など資料を読むまでまったく把握していなかった。
「た、龍夜、君は」
「勘違いするな。クソ親父! てめえら夫婦がやろうとしたエンジュの山のソーラーパネル! あれ、実際は全部の山肌に設置するってことは把握していたのか?」
言うなり両目見開き驚いている。どうやら知らなかったのだろう。
「じいさんが興信所に依頼して調べていたんだよ。島田の奴が、地震のどさくさに紛れて手下使って証拠を保存した記録媒体を盗みやがった。それだけじゃねえ、偶然、落としたその中身を見た優希が島田に襲われた! まあギリギリ間に合ったけどね!」
件の島田は銃刀法違反で警察に現行犯逮捕されている。
手下であった二〇人も同じ。ただそのうちの五人は自ら出頭していた。
本名は島田ではないらしいが、めんどうなので龍夜の中で島田と片づけた。
「あんたたちは体よく島田に利用された。ただそれだけだ。まあ今となってはどうでもいいがな」
本題だと龍夜は改めて父親と向き合った。
「親父、あんたはどうするつもりだ? 今回の一件の責任とって当主の座を白狼に譲るか? 仮に譲っても誰もついてこないぞ」
「あんたなんかが当主になれるわけないでしょうが!」
横から母親が掴みかかってきたが、龍夜は歯牙にもかけることなくヒラリと身をかわす。
そのまま足をもつれさせ倒れようが見向きもしない。
長子に見向きもしなかった母親が、今は長子から見向きもされないのは因果か。
「だが、こうなった以上は、責任をとって……」
「ふざけるなよ、このハゲ親父! 仮にもハゲにも父親のつもりか!」
弱々しい言動に龍夜は激昴し、父親の胸ぐらを掴み上げた。
「責任を感じているなら、その責任を果たせ! あんたは婿養子だろうと先代のじいさんが認めた比企家当主だ! 島の現状を見ろ! 今自分が一番すべきは何かわかっているはずだろうが! 当主として島の復興に全力を果たせ! 続けるか、返上するかは終わってから考えろ!」
それでも父親の口は重い。
父親云々に、一人の大人としてどう行動するか、龍夜は問いかける。
「総出でついて来い。見せたいものがある」
龍夜は掴んでいた父親の胸ぐらから手を離せば、ついてくるよう促した。
連れて行く先は、ほんの少し前まで隠れて様子を覗いてた場所。
誰もが怪訝そうについて行った矢先、立ち並ぶ金色のピラミッドに言葉を失った。
「何、だ、これは!」
昴はただこんもりと積まれた金塊に愕然とするしかない。
住人の誰もがあり得ぬ光景に驚き固まったままだ。
平屋作りの屋根に届かんばかり高く積まれた金塊は圧倒的だった。
「た、龍夜、これだけの金塊、どうしたんだ?」
「山の地下の洞窟にあったから持ってきた。あ~その洞窟、今回の地震で埋まったから掘り起こそうなんて考えるなよ。危ねえし~」
白々しい嘘である。
実際、この金塊の山は龍夜が異世界スカリゼイで魔王討伐の報酬として皇帝から頂戴したもの。
本来は見聞を広める旅の資金として運用するつもりだったが、島の復興財源に回すと決めた。
「こ、これは、どれもこれも比企家の家紋があるぞ」
金塊の一つに刻印された家紋に昴は震えるしかない。
「恐らく、ご先祖様の隠し財産だろうな。万が一鬼が現れた際の軍資金として運用するように、と子孫に残したんだろうよ」
よくもまあペラペラと作り話が舌先から出るものだと龍夜は自嘲する。
家紋は今さっきつけたものだ。
大量の金塊をガガルが筋力活かして並べ、家紋の刻印はトルン得意の錬金術で行う。
その二人は今、隠透の衣をまとっては息を殺し隠れ潜んでいるときた。
説明と状況がややこしくなる故に隠れてもらっているのだ。
「確か法律だったけ? この手の財宝を見つけた第一発見者に所有権があるそうだな。どうだ、クソ親父、これだけあれば十分に島を復興できるはずだが?」
もちろん、ただで譲り渡す気はない。
誰もが物欲しそうに、目を輝かせているとは現金だ。
しっかりと全島民に保証として回すので安心して欲しい。
「復興事業は親父が主導し助言者としてじいさんを置くこと。後、お袋は一切、口を挟むな出てくるな引っ込んでろ。それが条件だ」
「子供がふざけたこと言ってんじゃないわよ! そう、そうやって白狼から家督をかすめ取る気ね! なんて嫌らしい、武道でも勉学でも白狼に劣るからって金の力で解決しようとするなんて卑怯ね!」
異を挟んでくる母親に哀れとしか感情は浮かばない。
「あ~これぐらいでいいかな?」
母親の嫌みなど聞く耳持たず。龍夜は屋敷の庭に転がるコンクリート片を鞘の先でつついていた。
大きさは軽自動車ほど、材質からして倒壊したタワーマンションから飛んできた一部だろう。
「ふんっ!」
かけ声と共に抜刀するなり龍夜はコンクリート片をバターのように両断する。
重い音を立てて半分を地面に落とすコンクリート片。
硬き物体を難なく斬る現実に誰もが圧倒され黙り込んでしまう。
刀身に刃こぼれ一つなく、切断面は鏡のようになめらかだ。
「白狼に斬れるか?」
これ見よがしに龍夜は母親に言ってのけた。
むろんのこと、こけにされたと母親は吠える。
「あんた、さっきからいい加減に! 消えて安心したと思ったら、突然帰ってきて、あんたなんか帰ってこなくて――」
「いい加減にしないか翔子!」
予想外の人物が放つ怒声に今度は龍夜が目を点にした。
あの尻に敷かれた婿養子こと父親の昴が怒鳴り声を上げたのだ。
「ひゅ~」
優男とは思えない声に龍夜の口笛は滑ってしまう。
「もう自分の子供を否定するのはやめよう。優劣なんて関係ない。どっちも僕たちの子供なんだ。否定なんかしちゃダメなんだ。親としても、人としても」
生まれて初めて妻に意見する夫を見た。
「だけどあなたは悔しくないの! 婿養子とバカにされ! スピーカーだと揶揄され! 終いには震災の責任全てを背負わされようとしているのよ!」
「確かに悔しいよ。けど、責任をとって当主を返上するのはただの逃避なんだ。確かに僕は婿養子だしこの島の生まれでもない。それでもお義父さんが僕を次の当主と認めてくれた。なら島の復興に尽力を尽くすのは僕の責務だ。だから、龍夜、君の提案をのもう」
「はぁん、そんだけ自分の妻に言えるのなら、あんたはもうスピーカーじゃねえよ。ただのクソ親父だ」
もう少し早く向き合って欲しかったと思うのは無い物ねだりだ。
「私は、ただ、私は……」
泣き崩れる母親を父親はそっと支えている。
龍夜にできるのは、集ったギャラリーを解散させることであった。
「と、言うわけだ。はいはい、解散解散~家族のところに帰りなさい~」
龍夜は鞘入り日本刀を工事現場の誘導灯のように振るい、住民たちの解散を促した。
他でもない龍夜だからか、島民は苦い顔ながらも一応の理解をしては散り散りに離れていく。
「ところで龍夜、白狼を知らないか? 昨日から見ていないんだ」
弟の所在を聞かれるなり、龍夜はばつが悪そうに言った。
「あ~あれがこれだったからな、とあるところで匿ってるわ」
「嘘、言ってんじゃないわよ。どうせ監禁でも!」
「翔子は黙ってて。龍夜はそんなことをする子じゃない。僕としては今回の件で、白狼が逆恨みの対象にならないか心配なんだ」
「だから匿ってる。まあ、今は真っ白に燃え尽きておとなしくしているよ」
「なにをしたんだ君は?」
父親の言葉に龍夜は仰々しく肩をすくめるしかない。
「失礼な親父だな。失恋のショックで白狼だけに真っ白に燃え尽きているだけさ」
もっともあの弟だけに復活は早いだろうと読んでいる兄でもあった。
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