第22話 俺が先に好きだったのに!
暗き空に無数の亀裂走り、光の柱が島に降り注ぐ。
鬼の首は落とされ、壷に入れられた。
だが、最後に笑うのはやはり鬼だ。
「龍夜!」
壷より伸びた無数の黒き手が龍夜の身体を掴み取る。
「く、来るな、優希!」
龍夜に勝利の余韻すら与えられなかった。
壷より鬼の哄笑が聞こえれば、走り寄る優希を叫びで食い止める。
『がはははは、そのまま引きずり込んで喰ってやる!』
壷の黒き波紋から鬼の首が覗く。
黒き手は数を持って龍夜を引きずり寄せる。
満身創痍もあって振り解けず、両脚を踏ん張ることでしか抗えない。
「こ、こんなの斬り落として、ぐううっ!」
ほんの少し手を伸ばした先の瓦礫に日本刀が置かれてある。
どうにか腕を伸ばそうと、黒き手に抑え込まれて指先が紙一枚の厚さで届かない。
『足掻け、無様に足掻け!』
鬼は笑う。嗤う。
足掻く姿が滑稽だと鬼は笑う。
「誰か! 誰かいないの! 龍夜は島がこんなになろうと一人で頑張ってきたのよ! 誰か助けてよ! 助けなさいよ!」
近づこうと近づけず、優希は叫ぶ。
全身を引き裂かんばかりに叫ぶしかない。
虚しくも助けを求める悲鳴は光射す空に消える。
「おう、俺を呼んだか!」
助けは天より突然現れた。
野太い男の声がするなり、龍夜と鬼の間に割って入る。
着地の衝撃で瓦礫が巻き上がり、振るう両腕が龍夜掴む黒き手を紙切れのように切断した。
「犬の、耳に、尻尾、まさか!」
優希は龍夜を助けた男に瞠目した。
服装は肩出しのロングコート。頭部に生えるは犬のような耳と臀部より生える尾。ファンタジー映画に出てきそうな作り物かと疑うほど、生き生きと動いていた。
「が、ガガルのおっさん!」
「俺だけじゃないぜ!」
何故いる疑問、口走る余裕は龍夜にない。
鬼が再び黒き手を伸ばして引きずり寄せんとする。
「はいは~い、行くよ~」
間延びした少年の声が響くなり、天より降り注ぐ無数の矢が全ての黒き手を射抜き、瓦礫に縫いつけた。
鬼は呻き、新たな手を足代わりにして離脱しかけるが、同時に放たれた四本の矢で壷をガッチリと固定される。
「トルンまで!」
少し離れた先に立つのは弓に矢を番える黒衣の少年。
「おうおう、どこの誰か知らないが、よくもまあ俺らの仲間をいたぶってくれたな!」
ガガルが拳握りしめ吼える。龍夜は止めるように叫んだ。
「その壷を壊すな! 封印の器だ!」
「おっ、とと! そりゃ俺の出番じゃないな。んじゃお次は任せますか!」
振り下ろした拳は空を切る。反動を利用して壷に背を向けたガガルは龍夜と優希を脇に抱えるなり全速力でその場を離脱する。
ガガルの顔には焦りがあった。龍夜の顔に冷や汗が流れた。優希はただ一人合点が行かなかった。
「な、何、この人!」
「前に話した異世界の仲間だよ!」
「そうじゃない! なんで私たちこの人に抱えられているの!」
優希の問答に龍夜は目を離すことなくはっきりと告げる。
「危ないからさ!」
パラパラとペーパーノイズが響く。
音源はローブを着た女性メルキュルル。
分厚い本を片手で開き、燐光が全身から放たれる。
「雷光の牢獄が悪しき魂を閉じこめる、サンダーケージ!」
雷鳴が鳴り、目映い稲光が壷に向けて放たれる。
鬼は絶叫する間もなく、雷の檻に閉じ込められていた。
「死霊の原因である霊体を一時的に封じ込める雷の檻。あの魔王の動きを抑え込んだ折り紙付きの魔術だ」
ガガルに運ばれる龍夜はメルキュルルの魔術に感心する。
対して優希はCGでもVRでもない騙しなしの現実に唖然としていた。
死霊や鬼を目の当たりにしておいて今更なのは別の話。
雷光が鎮まり、停止したガガルからようやく龍夜と優希は降ろされた。
「とりあえず、間一髪で助かったよ」
龍夜は瓦礫に腰掛けながら、近づく足音に顔を向けた。
「お久しぶりですね、タツヤさん。元気そう、でと言うわけはいかないようですが」
白き衣装の乙女ル・チャは再会を喜んだ。
五体満足であろうと龍夜の血で汚れた姿に苦笑する。
「ふっ」
「むっ!」
優希はル・チャと目が合った。
まるで勝者は自分だという勝ち誇った目。
女の直感が危機と核心を告げる。
警戒すべき脅威はメロン二つを内包していると疑う胸部の盛り上がり。
異世界にて龍夜をどれほど誘惑しながらも打ち破られたか、否応にも分かる、女として分かってしまう。
次いで優希は視線を己の胸元に落とす。
グレープフルーツだとからかってきた勇の声が優希の中でリフレインした。
つまりは、そう『この女は気にくわない』のである。
「なんだなんだ、勇者パーティーここに来て勢ぞろいか」
女同士の目線の衝突に龍夜は気づくことはない。
もう少し早く来て欲しかったと、ぼやいていた。
「無茶言うなよ。復興も落ち着いたしよ、こっちの世界に旅行に来てみたら、デスドルドグの壁があって先に進めなかったんだ」
拳握るガガルに続いてトルンは間延びしながら言った。
「そうだよ。どうにかリビルドで少しずつ少しずつ削った穴から覗いたらビックリ! 塔が投げられる瞬間なんだ。思わず弓を引いちゃったよ」
塔、それがタワーマンションであると気づかぬ龍夜ではない。
しばし天を仰げば、合点行く声を漏らす。
「あの時、タワーマンションが神社に当たらなかったのは、トルンの矢で外されたからだったのか……」
思わぬ援護に龍夜は驚き目を見張るしかなかった。
同時に、予想外の援護に感謝した。
「やれやれ、とんだ暴れっぷりときた」
メルキュルルが感心しながらやってきた。
その手には雷光包まれし壷を抱えている。
迂闊に触れれば感電しそうだが、自分の術で感電するほどマヌケではない。
今なお雷光に包まれる壷から黒き波紋が生じている。
鬼は諦めることなく壺の中でまだ暴れていた。
「メルキュルル、悪いがその壷は地下にある泉に鎮めないと完全に封印できないようなんだ」
「君もとんでもない時に帰ってきたものだな」
「いや、むしろ、こんな時に帰って来れたからこそ、どうにかなった、が正しいよ」
帳が完全に解けるのは時間の問題。
黒き空に広がる無数の亀裂から日光が射し込み、島を照らしている。
「復興は果てしなく遠いが……」
文字通り明るみとなっていく島の光景に龍夜の声は悲しみを帯びる。
一面に広がるは瓦礫という瓦礫。鬼との戦闘による余波か、住宅地はほぼ壊滅状態だ。
加えて三万人いた住人のほとんどが死亡。
生き残ったのはせいぜい五〇名ほど。
祖父が生きているためコネやツテで形としての復興は可能だろうとしても、住人のいない島に意味はない。
「ん~ですけど」
ふとル・チャは亀裂走る黒き天を見上げては唸っていた。
「他のみなさまは見事なまでの活躍でタツヤさんの窮地を救ったのに、わたくしだけ何もしていません」
「回復支援が主なんだ。直接戦闘は、ほらまあするもんじゃないだ、ろ、んぐっ!」
龍夜は乾いた声を上げながらル・チャをなだめていたも臀部からの痛みに声を詰まらせた。
思わず振り返れば、優希が不機嫌面で龍夜の臀部をつねっている。
そしてわざとらしく鼻を鳴らせば顔を逸らしてきた。
「タツヤさんがわたくしたちの世界を救ってくれたように、今度はわたくしが龍夜さんの島を救うのもありかもしれませんね」
ル・チャは、まぶしい笑顔でストレージキューブから白銀の錫杖を取り出した。
シャランと先端にある輪っかを鳴らせば唱える。
「浄化せよ、回帰せよ、虚無の眠りより帰還せよ、囚われし魂よ、天に上れよ、オーロラリザレクション!」
一瞬にして黒き空は七色に輝くベールに包まれる。
ベールより七色の粒子が雪のように島の全土に降り注いだ。
「る、ル・チャ、この術は浄化と蘇生の奴じゃないか!」
死霊を浄化すると同時、死人を蘇らせる究極の治癒術。
仮に頭が欠損していようと、腕がなかろうと死ぬ直前の姿で完全復活させる。
膨大なリビルドを消費するため、平然と使用できるのは異世界スカリゼイではル・チャただ一人。
「ええ、その通りです。本来なら魂が霧散した時点で蘇生は無理なのですが、島全土がデスドルドグに包まれていたお陰で霊体や魂が霧散せず残っているようなんです。後、いちいち別個で使うのはめんどうなので浄化と蘇生を同時に行いました」
瓦礫の各所が虹色に盛り上がれば、困惑顔の島民たちが現れる。
誰も彼も土埃で汚れていようと血色は良く、困惑していたのも束の間、島の現状に絶句していた。
「うふふふ♪」
誉めてと言わんばかり、ル・チャは龍夜との距離を詰めてはすり寄ってきた。
優希に見せつけるように身を、いや胸を寄せてくるから頬を引きつらせた。
「なに、このおん、きゃっ!」
迷惑顔の龍夜からこの女を引き剥がさんと、優希が手を伸ばしかけた時、突如として響く銃声に身を怯ませた。
「ねえ、タツヤ~あっちのほうからなんか騒がしいのが来てるんだけど~?」
トルンに促されるまま見れば、やや離れた位置より怒号を上げて迫るスーツ姿の男。その後方には足取り重い十五人の男が追従していた。
島田とその手下たちだ。
誰彼構わず死の淵より蘇生させたのだから、島田とその一味も蘇生しているのは当然のことであった。
「こりゃ地下にいる両親も漏れなくだな」
困惑気味に龍夜は頬をかく。
ただ復興に関して少しは楽になると思った。
父親は無能と言われるだけで、実際は見えない仕事に関しては有能だと資料で知った。
祖父のコネとツテ、父親の実務能力が合わされば復興の道は険しくないだろう。
「つ――ぼ――だ!」
島田が赤黒い顔で何を叫んでいる。だが距離もあり、よく聞こえないが、恐らく壷を取り返せと叫んでいるのだろう。
鳴り響く銃声に島民たちは悲鳴を上げては逃げ惑っている。
「タツヤ、知り合い?」
「あ~知り合い、いうか、島をこんなにした元凶」
龍夜が端的に答えるなり白き風が吹いた。
ほんの先ほどまで龍夜に身を寄せていたル・チャの姿が今、島田たちの目の前にいる。
「タツヤさんの住まう島を、わたくしの第二の故郷となる島をこんなにするなど――万死に値します!」
後は一方的な殴打と悲鳴のカーニバルが始まるのであった。
「た、龍夜、あ、あれ、と、止めなくて、いいの?」
どちらを、なんて疑問、優希に返すのは野暮だった。
ル・チャの拳が音を置き去りに鳴る。男たちの骨がバキボキ折れる音がする。回復術で治す。今度は骨を砕く。また治す。
銃の引金が引かれるよりも先に、握る手ごと白魚のような五指で銃器を握り潰す。
銃弾放たれようが、手の平で直に掴んでは握り潰す。
十六人いようと関係ない。相手が泣き叫ぼうと関係ない。命乞いしようが皇女の怒りは鎮まらない。
「まあ殺しはしないだろう。殺しは!」
「お姫様、タツヤが絡むと暴走するからね~」
「やれやれ勇者パーティー最強の姫さんに目つけられるとは気の毒なこった」
「皇女という一番敵に狙われる立場故、一番強く鍛え上げられた。まあ愛がなせることかしらね」
「茶化すな。俺には優希がいれば十分だっての。あいつの愛は重い」
特にその胸が重いと口走ろうならば、刺殺されると龍夜は口をつぐむ。
「胸とか?」
女の勘は恐ろしい。
目を見ただけで何を思ったのか当ててくる。
ただ龍夜にできるのはわざとらしく目、いや話を逸らすことだけだ。
すぐ側の瓦礫が崩れ落ち、中より瓜二つの人物が現れたからだ。
「それで、この島どうすんだよ、次期当主の愚弟殿?」
改めて龍夜は双子の弟、白狼と向き合った。
白狼は無言のまま忌々しげに龍夜を睨みつけている。
同じ血を分けながら、何故こうも性格が違うのか、氏より育ちだと龍夜は祖父母に感謝した。
「タワーマンションは倒壊、ソーラーパネルも議員の賄賂やら計画外の工事で問題だらけ穴だらけ。加えて、その社長である島田は殺人犯、あ、死んでないから殺人未遂になるか」
「て、てめえ、今更ノコノコ出てきやがって!」
「家督に固執しすぎたせいで殺されては、鬼に身体を利用された挙げ句、フツーの
龍夜は演技臭く肩をすくめては、わざとらしいため息を一つ。
恨み節は結構だが、当たるのはお門違い。
寧ろ、今回の件を招いた遠因として島民たちからの非難は避けられないだろう。
もちろん、一応、家族として最低限、島民との間を取り持つつもりだ。
「後さ~お袋が俺の葬儀するんだろう? なら香典全部寄越せよ」
言うなり白狼の顔が軋む。
地下での発言はしっかり記録済み。
種は明かせないが、親を黙らせる効果はあるだろう。
「香典ってあんたねえ」
優希が横で呆れながら頭をひっぱたいてきた。
「貰うもん貰うのは筋ってもんだろう?」
「図々しいわ、きゃっ!」
不敵に笑う龍夜は優希の腰に手を回しては抱き寄せた。
「てめえ、俺の優希に何しやがる!」
「はぁ? お前のでも俺のでも誰のものでもないだろう? まあ、強いて言うなら頂くものではあるがな」
「あんた、何いって、んぐっ!」
再度頭をひっぱたかれかける寸前、龍夜は優希の唇を自分の唇で塞いでいた。
「お~お~若いっていいね~」
「あらら、お姫さん、見てないで良かったね」
「殿下、決定的瞬間ですよ~」
仲間たちから黄色い声が飛ぶ。
遠くからはまだ打音と悲鳴が飛ぶ。
そして――龍夜は優希から唇を離した。
「場を弁えろ、バカ!」
龍夜から乾いた音が飛ぶ。
またしても優希の平手打ちが炸裂した。
顔を羞恥の炎で染めた優希の口元は、どこか嬉しそうで柔らかい。
口元を手の甲でこすりもせず、ただ愕然と立ち尽くす白狼に顔を赤らめながらも言う。
「ま、まあそういうことだから」
「う、嘘、だろ、お、俺が先に好きだったのに!」
目の前の現実を受け入れきれず絶叫する白狼。
ぽかんと口を開けた澱んだ表情で、力なく瓦礫の上に座り込む。
ふと上空よりヘリコプターの回転音がする。
龍夜が目を凝らせば、山口県警と記されたヘリコプターが上空で旋回を開始していた。
「おい、白狼、中にいるの、ありゃ、じいさんだぜ」
白狼に呼びかけようと龍夜の声など届いていない。
玉砕のショックは大きく、文字通り真っ白となっていた。
<おまけ!>
「か、勘弁し、てくれ!」
「とてつもないことを見逃している気がします!」
男たちを殴り続けるル・チャは一大イベントを見逃した。
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