第15話 死んだら誰も救えない

 激戦を経て龍夜たちは誰一人欠けることな帰還を果たした。

 それから――


 神社の外が騒がしい。

 悲しむ声、再会を喜ぶ声、中には怒声すらある。

「あ~痛ってて」

 龍夜は布団の上で目を覚ますなり、顔走る痛みに涙目となる。

「ったく優希の奴、思いっきり殴りやがって」

 理不尽さを噛みしめながら深いため息を一つ。

 感動の再会で互いを抱きしめるのはドラマの世界だけ。

 現実は笑顔の握り拳で顔面パンチときた。

 相当ご立腹な証明として、勇に貸し与えた手袋で殴ってくるのだから、下手な死霊や変異体と対峙した以上の死の恐怖があった。

 異世界帰りの龍夜でなければ今頃、死霊の仲間入りだ。

「そりゃさ、怒る気持ちは分かるが殴るこたあ……ううっ」

 仕方ないと割り切りたいが割り切れない。

 事の顛末を推察するに、殴られて昏倒した龍夜は布団に運ばれ今に至るときた。

「ふう~さて、これからどうしたものか」

 布団から起きあがることなく龍夜は漠然とただ天井を見上げる。

「まさかあの仮面の変異体が島田だったとは、困ったぞ」

 龍夜は記憶の回廊を潜り抜け、仮面の異形を倒した時間軸まで記憶を巻き戻した。


『間違いねえ、島田さんだ!』

 五人の誰もが口を揃えて証言する。

 一六の遺体の内の一人、誰もがレンジャー衣装の中でスーツ姿の男。

『でも、なんかおかしくないか?』

 一人が疑問を口走る。

 首を切り落とされた島田なる男。よく目を凝らせば顔の右半分から別の顔が覗いているのだ。

 絆創膏を剥がす要領で島田の顔の皮を剥がしてみれば、五人すら知らぬ別の顔が現れたのだ。

 

 思い返していても勝利に酔えず、ままならぬ現状に苦みを噛みしめる。

「島田はこの帳からの脱出法を唯一知る人物だったが……」

 もう一つの顔が出てきたのだから事態は混乱する。

「映画みたいな特殊メイクとか、本物の島田かどうか分からなくなっただろう」

 化けていたのか、偽っていたのか、当人が死亡しているため真偽不明。

 これで帳からの脱出法を入手する手段は途絶えた。

「だが、途絶えたわけでなくなったわけじゃない」

 ゼロではなかった。

 力強く布団から半身を起こした龍夜は部屋の隅に置かれた壷に目をやった。

 あの激戦で龍夜が確保したのは二つ。

 一つは島田とされる人物(と仮定する)が死んでも後生大事に抱き抱えていた赤褐色の壷。

 亡き祖母が生け花をしていた影響で価値は見聞きしているが、目利きでもない。

 ただ直感的に相応に古い年代ものだと分かるため、一応、証拠品として持ち帰った。

 もう一つは手紙。

 帳に関して他に手がかりがないか、島田の服を調べた時、スーツの内ポケットにあるのを発見する。

 驚くことに当時の比企家に宛てた戦地からの手紙だった。

 昭和の古き時代、世界で二番目に起こった世界大戦。

 その際に戦地から家族に送られてきた手紙だ。

 年季の入った赤茶けた紙に難しく読みづらい字で書き記されており、龍夜は読むに読めない。

 ここは年の功として神主の荒木に手紙を預け、翻訳を頼んだ。

「だが、なんで先祖の手紙を島田が持っていたか謎だ」

 謎が謎を呼ぶ。真相は当人のみぞ知る。死人に口なしだ。

「あ~もう、もしここにル・チヤがいれば蘇生術で復活させて吐かせるんだが!」

 無いものねだりだと自嘲した。

「神主のじいちゃん、辞書借りるぜ!」

「こら、待たんか、それは今からわしが使う!」

「老眼で大変だろうから、代わりに使ってやるよ!」

 廊下がドタバタ騒がしい。

 あの男児どもは人が寝ているのにお構いなしときた。

「あ~腹減った」

 眠りに眠らされていたため、今度は腹が空腹を訴える。

 龍夜は部屋と廊下を隔てる襖を開けた時、神社の光景に両目見開いた。

 燦々と輝く照明に照らされる境内。

 設営されたテントでは炊き出しが行われ、多くの人が並んでいる。

 その数、目測だけでも五〇人。誰もが疲れ切った顔をしていようと温かい食事に心を落ち着けていた。

「なんか人増えてるし!」

 記憶では二〇人少しのはずだ。

 生存者がまだいた事実、神社に集った事実がない交ぜとなる。

「もう少しです。頑張ってください!」

 山道方面から複数の足音と声がした。

 のぞき込めばあの五人組が生存者を連れて歩いている。

 生存者の数は一〇名。誰もが見知った島民たちだ。

 負傷者を有志に引き渡せば、一休みすることなく五人は地図を広げて立ち話に入っていた。

「ポイントBの調査と救助はこれで完了と」

「次はポイントCだけど、あれ、龍夜さん、おはようございます!」

 近づく龍夜に気づいたのか、五人は一斉に身を質しては一礼する。

 はっきりと通る声だったせいか、境内から避難民の声が消え、入れ替わるように困惑と驚きが混じった声がする。

「え、た、龍夜くん、いるの?」

「今までどこにいたんだ、あの子は?」

「白狼くんじゃないの?」

 一ヶ月も行方を眩ませていれば当然の反応だった。

 無数の視線を受ける龍夜は炊き出しを行う優希と目が合った。

「ふんっ!」

 口を尖らせれば、不機嫌そうに視線を逸らされる。

 優希の機嫌は、不愉快にして未だ鎮まらず、である。

 落ち込んでいても仕方なく、龍夜は男たちと向き合えば問う。

「それでお前たちなにやってんだ?」

「何って人命救助ですよ。人命救助」

 神社に人が増えた原因が判明した。

 この五人組は自ら外に出て生存者を見つけだしては神社に連れてきた。

「だが、中には生者と死者の区別がつかない個体だっているはずだ」

「ええ、ですから光学センサーつきの双眼鏡の出番ですよ」

 言うなり取り出すは双眼鏡。

 ただの双眼鏡ではなく、特殊なセンサーを搭載しており、暗闇だろうと見通すことができれば、熱ある物体を捉えることができる。

 曰く、フレッシュなゾンビは時間経過で熱量が霧散していくため、判別できるとのこと。

 後は家屋に引きこもった人たちを熱量で探し出しては説得し、安全な神社まで誘導した。

 これが神社に人が増えた理由であった。

「まあすんなり行くとは思っていませんでしたよ」

「だよな。俺たちこの島襲った一味だし」

「扉開けるなりいきなり攻撃されたけど、まあ因果応報ですよ」

「ヘルメットなかったら即死でした」

「あっても即死だろう」

 男たちはお互いの苦労を労うように笑いあう。

「……そうか」

 龍夜はあえて礼は言わなかった。

 ただ納得するように頷くだけだ。

「お~い、元敵の兄ちゃんたちスープだぞ!」

 トレーに乗せた食べ物を抱えてきたのは茂だ。

 大人たちは襲撃者として距離を取っているのに子供たちは積めている。

 大人たちの根底にはまた襲撃されるのではないかという恐怖と警戒が、子供たちには仮にまた襲撃しようと龍夜がとっちめてくれるという信頼があった。

「龍夜兄ちゃんが分けてくれた食い物だからな、龍夜兄ちゃんに感謝して、痛って!」

「そこまでせんでいい」

 調子に乗りすぎだと龍夜は呆れ顔で茂の頭をひっぱたいていた。

 避難所として運用される運びとなった神社だが、物資には限りがある。

 人が増えたからこそ消費リソースは増える。

 食料品、医薬品、雨風凌ぐテントなど不足していた。

 それを解決したのが龍夜だった。

 異世界スカリゼイから帰還する際、ストレージキューブにありったけのアイテムを詰め込んでいた。

 島を出て見聞を広める旅の下準備として確保した物資。

 一人旅なのだから一人分でいいのだが、保管庫には箱単位で保管されているため、開封を面倒くさがった龍夜は丸ごとストレージキューブに入れたのである。

 世界を救ったのだ。これぐらいいだろうという感覚で……。

 予備を含めた野営道具に携行食糧、缶詰などの保存食。生鮮食品だって腐ることなく保管できることから収納してある。

 それ全てを余すことなく避難民に提供した。

「それじゃ龍夜さん、俺らはこれ飲んだらまた行きますので」

「あんたはもう少し休んどいてください」

 スープをあっけなく飲み干した男たちは肩に担いだ銃火器の点検を開始する。

 カチャやらシャーなど手慣れた手つきで金属音を鳴らしていた。

「よし、予定通りポイントCだ」

 背を向け山道に向かう男たちを龍夜は呼び止めた。

「これを持って行け。少しは役に立つはずだ」

 ストレージキューブから取り出したのはこの島の地図だ。

 地図は異世界から帰還した直後、状況を把握するためマッピングしたもの。

 書き記された地図を受け取った男たちは一目見るなり驚嘆した。

「すげえ、この地図、どこが通れないか、何があるか詳細に記してある」

「これ、龍夜さんが作ったんですか?」

「これがあれば救助も円滑に進めるぞ!」

「さすがですわ」

「それとだ。ついでにこれも持っていけ」

 手渡すのは完全回復薬一〇本だ。

「この薬、俺らの腕とか完全に治した……」

「そんなに数ないって聞いてますけど、いいんですか?」

 構わないと龍夜は大きく頷いた。

「自分たちの負傷に使うか、生存者の治療に使うかはお前たちで決めろ」

 だから、約束しろと顔を引き締めた龍夜は告げる。

「お前たちがどんな心変わりで俺たちに協力しているのか、人助けをしているのか、今は敢えて聞かない。だが誰かを助けたいと思うのなら、他人の命を優先せず、自分の命を真っ先に助けることを最優先としろ」

「ですけど、俺たちには……」

 男たちは伏し目がちに唇を苦々しく噛みしめている。

 島を襲撃した罪悪感があるのだろう。

 それが行動原理だとしても、自己満足であって贖罪になりはしない。

「誰かを助けたいのなら、自分が死なないことが第一だ。死んだら誰も救えない」

 異世界スカリゼイで龍夜が痛いほど身に染みて学んだことだ。

 死ぬ覚悟の抱く奴は命の重さを知っている。

 一方で他人の命を優先するあまり、自分の命すら懸けない奴もいる。

 この五人組は罪悪感から後者に片足を突っ込んでいた。

「わ、分かりました。この薬、お預かりします」

「一〇本あるから、一人二本ずつ。それぞれの判断で使用する。それでいいな?」

「オ~ライ」

「では行ってきます」

 龍夜に背を向け、再び救助に向かおうとする五人を思い出すかのように呼び止めた。

「あ、それと、もしもだ! 俺と顔そっくりな奴と出くわしたら何が何でも全力で逃げろ!」

 どこにいるか分からぬ以上、警戒は怠ってはいけない。

「顔そっくりって、ああ、双子の弟さんですか?」

「変異しているようだが、島田と違って人間の姿のままでいるぽいんだ。いいか、変異体はお前らが敵う相手じゃない。先にも言ったように出くわしたり、目撃したら全力で逃げろ。またここに戻ってくるために逃げるんだ。いいな!」

「「「「「分かりました!」」」」」

 五人組は身を正すように敬礼をする。

 そこまでする必要はないだろうと内でボヤきながらも悪い気はしなかった。

「気をつけて行ってこい。無事、一人も欠けずに帰って来いよ」

 今一度、救助に向かう男たち。

 龍夜は男たちの背中が山道の闇に消えるまで見つめ続けていた。


「タツ坊、いいか?」

 背後から荒木が呼び、龍夜は振り返った。

 呼びかけるということは手紙の翻訳が終わったのだろう。

「お、なんかわかったか?」

「ああ、朗報だ。この暗闇なる帳、徘徊するゾンビ、その原因がしっかりと手紙に記載されておったわ」


 可能性は潰えようとゼロではない。

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