第8話 優希はここにいるのだろうか?
神社が襲撃されるほんの少し前――
「山の一部を削ってソーラーパネルを設置とか、正気の沙汰じゃないよな。うちの親たちは!」
ぼやくように真っ暗な山道を一人歩く龍夜。
カンテラボールの明かりを頼りに山道を進むも、何一つ出くわさない。
「死霊どころか生存者の一人、いや猫の子一匹見かけやしねえ!」
龍夜のぼやきは暗闇に吸い込まれて消える。
エンジュの山は紡雁島の三分の一を占めている。
先祖たちが努力と失敗を重ねて植林した山。
今日では薬の原料ではなく観光資源として有効活用され、ライトアップされた幻想的な光景は訪れし者たちから高い評価を得ていた。
「読みがハズレたか?」
暗闇を単眼鏡ヤミールで見渡そうとも見えるのはエンジュの木々という木々。
蠢く影どころか息を潜める姿さえ見つかりはしない。
「いや、これは、なんだ?」
山道の一部に異変を発見し、ヤミールの倍率を上げる。
山道と木々を仕切る柵の一部が外側から倒されていた。
「死霊、じゃないな、だが、南側は急勾配の崖だし、立ち入り禁止のはずだ」
故に高さ二メートルの柵で仕切られ、立ち入りが禁止されていた。
島の南側は急勾配の崖であり、万が一滑落しようならば着水する前に岩礁で激突死する。
過去、植林する際、多くの人が滑落死する事故が起こっていた。
「匂うな」
経験が何かあると匂わせ、唇を一文字に結ぶ。
警戒を密に龍夜は件のポイント近くまで足を運ぶ。
倒れた柵を確認しようと迂闊には近づかない。
ただカンテラボールの輝度をあげては、地面を目映く照らしていた。
「やはりあるか足跡、それも無数にあるとは……」
しっかりとした作りの靴だと足跡からして推測できる。
倒された柵に刻まれた靴跡から外側から蹴り壊されたようだが、解せない点もあった。
「だが、この先は崖だし海だぞ。ん? 海?」
すぐさま直感に従うまま、龍夜は足跡を辿る形で崖側に出る。
風一つ無く、肌にまとわりつく空気は不快感を生み、波音が響く崖。
カンテラボールの明かりを消せば、ヤミールで崖下をのぞき込んだ。
「船? ありゃクルーザーか?」
岩礁に座礁せぬよう絶妙な位置で一隻のクルーザーが繋留されている。
覗き見る限り、人の気配は感じないが油断はできない。
だから手頃な石を掴めば、クルーザーへと投げつけていた。
石は吸い込まれるようにクルーザーの操舵室の窓に乾いた音をたてて当たる。
「誰も、いないようだな」
しばし崖上から様子を伺う龍夜だが、クルーザーから誰一人出てくる気配はない。
「ほっと!」
次なる手は直に乗り込むこと。
風跳の衣を纏うなり、躊躇無く崖下へと飛び降りた。
無風状態なのも手伝って、難なく船に降りることに成功する。
「どう見ても観光客が使うものじゃないな」
それなりの大きさがありながら島の裏側に隠すように繋留されているのがその証拠。
岩礁にぶつかることなく繋留させるなど、それ相応の操舵技術があると読む。
「誰もいない」
真っ暗な船内に入り込むも人の気配どころか死霊の気配すらない。
ただ金属と火薬の匂いが龍夜を出迎えた。
「誰もいないが、なんかあった」
船室の奥に辿り着けばその匂いが一層強くなる。
カンテラボールを照らしてみれば棺桶サイズのコンテナを発見する。
開けてみれば案の定、銃火器と弾薬がお出迎えと来た。
「なるほど、この船は件の武装集団のものだったわけか」
次いで疑問も過ぎる。
公民館では車で乗り付けていた。
つまるところ、陸路と海路の二手に別れて島に入ったと類推してよいだろう。
「どこかでこいつらの所属とか正体がわかるものがあれば――銃声!」
船内調査の足を止めるのは一発の銃声。
それほど遠くない場所から立て続けに銃声が響いている。
「まだ武装集団の生き残りがいると思っていたが、あっちの方角は確か!」
銃声は島の西側から響いている。
西側にあるのは神社と防空壕。
響く銃声から別の武装集団であるのは確実であり、神社と防空壕に生き残りが避難している可能性が高い。
可能性を高めるのは院長先生が残した動画。
あの武装集団は生き残りを生きたゾンビと認識している。
「くっ!」
船内から飛び出した龍夜だが、そのまま飛び立ちはしなかった。
風跳の衣の使用時間三分が過ぎているからだ。
何事もなければ五分後、船から飛び立ち、崖を飛び跳ねているが、この状況で暢気に待つなどできはしない。
「ここから神社方面まで距離はだいたい一キロほどある――いや迷うな!」
自分に言いつけ風跳の衣と入れ替えるように燕尾状の黒き衣をストレージキューブから取り出した。
マジックアイテム<
装着してから三〇秒間、空を自由自在に飛行することができる。
暴風域でも不動の飛行を重視した結果、飛行時間が極端に短くなってしまった欠陥品。
だが飛行性能は折り紙付きで両翼が如何なる風だろうと受け止め、墜落させない。
ただし、使用時間が過ぎると飛行能力は瞬時に失われて墜落する。
再使用には三時間を必要とするだけでなく、その間、他の衣を着用してもその効果が発揮できない問題がある。
故に欠陥品であり、要改善が求められる。
ピーキーさと欠陥が同居したマジックアイテム。
だが、現状、使わずしていつ使う!
「着地は、落ちてから考える!」
クルーザーの先鋒を足場に高く跳び上がった龍夜は宙で燕尾の衣を纏う。
外套の両端が猛禽類の翼のように大きく広がり、龍夜の身体を空高く羽ばたかせた。
一瞬にして紡雁島を俯瞰できる高度に至る。
無風だろうと飛行している身をおぞましき空気が撫でる。
顔に出す暇など無く、龍夜は暗闇に煌めく光を探す。
「やっぱりあった!」
暗闇だからこそ一発で場所を見つけだす。
発砲し続けていること、所持する照明が立ち位置を克明に知らせてくれる。
後はもうその地点に向かっての急降下。
身体を斜めにして空気抵抗を減らし、降下速度を加速させる。
「時間切れか!」
使用可能時間が終わり、翼はただの燕尾状の外套に戻る。
落下は止まらず、加速しているからこそ切りつけるような風切り音が鼓膜と心を揺さぶってくる。
「あれはまさか!」
目視できる距離まで地表との差は縮まった。
襲撃者は五人。発砲する先は神社近くの防空壕。
おそらく、神主である荒木の発案で避難所としたのだろう。
「確かロケットランチャーだったか?」
五名のうち、真ん中の一人が片膝立ちの姿勢で右肩に筒状の物を担いでいる。
連想して思い出されるのは、二つ。
一つは北九州でたまに見つかり騒動となる物騒なもの。
もう一つは一度だけ勇のテレビゲームにつきあった時だ。
『おい、勇。このデカ男、ぜんぜん死なないんだが、弾もうないぞ』
『ああ、それね。ほら、さっきさ、コンテナ投げ込まれたでしょ? それそれ。んで、中にある武器、ロケットランチャーを装備したら、そいつに向けてドカーン! だよ』
トドメ演出用の武器だと記憶していた。
ゲームが現実を模倣して制作されている以上、そんな物騒なもの、生身の人間に放たれようならばどうなるか分かり切っていた。
「まずはあいつを潰す!」
慣性のまま、地に引き寄せられるまま龍夜は降下し続ける。
このまま行けばロケットランチャー構える相手に激突。
発射阻止はできるだろうが、龍夜の身体がもたない。
運悪ければ全身打撲で即死、運が良かろうと複雑骨折だ。
「ナンセンスだ!」
自爆特攻など趣味ではない。
一人止めようと斬るべき相手は四人残ってしまう。
よって背面に回していたラミコ鋼のシールドを右足裏に装着する。
異世界でも試したことのない手だが、ぶっつけ本番でも試すだけの価値はあった。
「間に合え!」
そして眼前に地表が迫ったと同時、日本刀の鯉口を切る。
「死ねよおら、ぐぼっ!」
落下の衝撃を織り交ぜた一刀はロケットランチャー持つ相手の両腕を切断した。
腕の切断面から血飛沫を出して倒れ込む仲間の姿を見ることなく両側面にいた二人の身体が弾き飛ぶ。
原因はラミコ鋼のシールドで流された着地の衝撃。
高高度からの着地の衝撃は人を弾き飛ばすには十分すぎた。
着地問題解決の思わぬ副作用。
この好機を逃すはずがない。
「なんだお前、がああっ!」
銃火器を構えようが、その時既に龍夜は相手の眼下に踏み込んでいる。
互いの距離が近すぎるためまともに日本刀を振れはしない。
だからこそ龍夜は腰を左に捻ってはバネのように力を込め、切っ先を右肩に力強く突き入れる。
硬き感触が切っ先より伝わろうと感情にさざ波すら立たない。
突き入れる際、刃は天に向けていた。だから引き抜くのではなく力の限り切り上げ、肩の肉を骨ごと切り裂いた。
右肩より弧を描いて飛び散る血。力なく倒れ込む姿を見届けることなく反対側に立つ相手にきびすを返して急迫する。
「ひっ!」
及び腰で銃を構え、引金に指をかけようともう遅い。
悪を斬る剣を自称する気はないが、誰かの命を脅かすのならば是非もなし!
「腕が、俺の腕があああああっ!」
加速を織り交ぜた一刀が銃火器ごと相手の腕を切り飛ばした。
腕は切断面より血を飛ばしながら弧を描いて暗闇に消える。
「残り二人は! ……気絶しているな」
斬る手間が省けた。だがいつか目覚める危険性がある。血塗られた刀身を剣道着の左袖で拭い落とした龍夜は納刀する。次いでストレージキューブから取り出したロープで一人一人、残らず束縛した。
当然、切断面の止血も忘れず、きつくロープで縛り上げる。
完全回復薬の出番はまだもう少し先。
死にそうな状態だが、今すぐ死にはしないと判断したからでもあった。
「痛って、痛てえよ」
「腕が、腕が!」
「ぐほご!」
部位欠損に誰もが呻こうが、吐血しようが元気で一安心。
ひと思いに気絶した方がまだ天国だっただろう。
「さてと」
後方から重い落下音が幾重にも響く。
見れば瓦礫で塞がれた防空壕の出入り口が内から崩れていた。
どうやら中に避難した人たちが積み上げた瓦礫を崩して外に出ようとしているようだ。
「ようやく生きた人間と会えたが……」
知らぬ顔ではないからこそ、どんな顔をして会えばいいのか分からない。
自然体を心がけたいが、気まずさが尾を引き、一つの不安が心を乱す。
「優希はここにいるのだろうか?」
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