第7話 流れ、星?

 けたたましい銃声と怒声が勇の意識を夢から引き戻す。

「ゆ、夢、だったのか、ぐううっ!」

 勇が目を覚ました時、薄暗い防空壕の中だった。

 目覚めの気つけは左肩の激痛。呻く声で左肩に震える手を伸ばして触れる。

 戻したその手は真っ赤に汚れていた。

「おい、勇しっかりしろ!」

「だあああ、もう何なんだよ、あいつら!」

「おれたちゃゾンビじゃねえのに!」

 茂、進一、隼人の声がどこか遠く感じる。

(ああ、そうか、俺撃たれたんだ。えっと確か、地震が起きて、急に真っ暗になってから、津波が来るから危険だって神主のじいさんに社に押し込まれて、それから、えっとそれから)

 霞む意識の中、記憶を振り絞る。

(そうだ。なんかネットも電話も通じないでさ、しばらくしたら血相変えた人たちが来て、ゾンビになったとか、襲われたとか)

 非常識だと思い返すも、神社の外にまで押し寄せるゾンビに恐怖した。

 恐怖を倍加させるのは誰もが島民であることだ。

 鮮魚市場のばあさんたち、旅館の仲居のおばさんたち、道場の兄弟弟子や同級生の姿さえあった。

 ただ両親や姉の姿がないのにどこか安堵した。

(けどなんでかゾンビは神社の外に来ても、中にまで入ってこない。お陰で食べられずに済んだけどさ)

 神社はどうにか生き残り、たどり着いた者たちの避難所となった。

 もっとも生き残ったのは大人子供含めて一八名。

 誰も彼も顔見知りの知った顔。

 家族を失った。友達が食われた。父親が身を挺して守ってくれたなど悲壮と絶望に墜ちていた。

 絶望を加速させるのが謎の武装集団。

 病院から命辛々逃げてきた追加のおばさん(本土から知人の見舞いに来た知らない人)の証言では現れるなりいきなり発砲したと。

『万が一もある。全員、防空壕に避難するぞ!』

 神主、荒木の鶴の一声に誰も異論を挟まなかった。

 いや、挟むだけの余裕と思考が削られていたが正しいだろう。

 人が集まる場所だからこそ、神社には震災物資が保管されている。

 可能な限り、時間が許す限り、物資を運び追えた途端、響く銃声。

 警告も無し、要求も無し、ゾンビ狩りだと武装した五人組は境内に我が者顔で踏み込んできた。

 そして、発砲した一発が勇の左肩に命中した。

「瓦礫でも石でもなんでもいい! 出入り口を塞げ!」

 神主の怒声が銃声に負け時と響く。

 男児三人が動けぬ勇の足を引きずる形で防空壕に運び込む。

 その間、大人の誰もが必死の形相で防空壕内にある瓦礫や石を出入り口に積んでは即席のバリケードを築いていく。

 積み上げていく中でも銃声は止まず、バリケードに当たった銃弾が火花散らし、中にいる者の頬をかすめる。

 迫る死に誰もが瓦礫運ぶ手を止めてしまう。

「怯むな! 弾ってのは臆病者が大好きなんじゃ! 身構えていれば当たりはせん!」

 神主は戦争経験者だけに恐怖で怯え腰となる者たちを叱咤する。

 生きたい、死にたくない。誰もが抱く感情に後押しされて瓦礫による即席のバリケードが完成する。

「だからどうしたってんだよ!」

「まとめて一掃すりゃいいだけだっての!」

 外より武装集団の怒声がする。

 勇はどうにか動く頭でバリケードの隙間から外を覗き見た。

 武装集団が持つライトの逆光で影になろうとその姿がはっきりとわかる。

「あ、あれってまさか……」

 五人いる武装集団の一人が膝立ちの姿勢でいる。

 右肩に何かを担いでいるが、その正体に茂、進一、隼人は立て続けに絶叫した。

「「「ロケットランチャーじゃねえええかあああああ!」」」

 サバイバルホラーゲームで無制限となれば、これでもかと乱発必須で使う武器。

 現実では北九州でたま見つかり騒動となる武器。

 個人で携帯し肩に担ぐ形で使用する小火器の一種。

 本来なら戦車などの兵器に対して使用されるものであって断じて非武装、非ゾンビの人間に向けて放つものではない。

 弾頭後部にあるロケットモーターにて加速された弾頭は初速で時速九〇〇Km/秒を超え、対象に着弾する間に音速すら超える。

 弾頭の種類にもよるが、下手な家屋やビルに直撃しようならば倒壊は免れない。

 もし防空壕に直撃しようならば閉鎖された空間も重なって、着弾にて生じる衝撃波と爆炎が容赦なく避難する人々の命を奪うだろう。

「奥に逃げるんじゃ!」

 事態を察知した荒木が赤鬼の形相で叫ぶ。

 当時の島民たち全員を収容できるよう防空壕は広く作られている。

 奥壁面に木の根と地下水の侵食があろうと避難することはできた。

「勇、痛いが我慢してくれ! 男の子だろう!」

 茂たちが動けぬ勇を運ばんと両足を掴む。

 そのまま奥に引きずらんとしたため勇の視界は前後反転する。

 この時、勇は老朽化により生じた天井の亀裂より星を見た。

 黒天に煌めく一つの星は弧を描いて空を駆け抜ける。

「流れ、星?」

「はぁ? お前、こんな時になに言ってんだ!」

「真っ暗闇なんだからお星様なんて見えるわけないだろう!」

「おいおい勇、撃たれたせいで頭おかしくなったか!」

 何故か勇は、その星から目が離せなかった。

 幻かと思った。幻覚だと思いたかった。

 だが、天井の亀裂より覗き見える星は存在を誇張するように輝きを増している。

「死ねよおら――ぐぼっ!」

 輝きが満ちた時、外より男の断末魔が衝撃音に負け時と響き渡る。

 重い何かが落ちる音と液体が飛び散る音が交差した。

「何だ、お前、がああっ!」

「腕が、俺の腕がああああっ!」

 間髪入れること無く金属音同士の接触音が響き続け、水音が飛び散り続ける。

 いつまで経ってもロケットランチャーは放たれない。

「嘘、だろ、う」

 勇は反転した視界でバリケードの隙間から輝き浮かぶ球体に照らされる人物に瞠目した。

 この場にて、あり得ない。いるはずがない感情が迸る。

 左肩の痛みが見せた幻か。それとも既に涅槃いるからか。

「おいおい、嘘だろう」

「え、え、まさかのさかさ」

「こんな時にあり得るのかよ」

 茂、進一、隼人の三名は勇の足を掴んだまま、驚愕に足を縛られては立ち尽くし、口をマヌケにも開けている。

「「「勇、あの人って……」」」」

 姉が見分けられるように、弟もまた見分けることができる。

 その人物の名は――

「龍夜兄ちゃん!」

 剣道着と日本刀持つ姿は紛れもなく行方不明になったあの日のまま。

 勇たち四人が敬愛する兄貴分、比企龍夜、その人だった。

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