第3話 俺に子供を斬らせるな!
炎歩の衣の効果により龍夜は爆炎と衝撃による負傷は免れた。
だが、爆発の衝撃により病院三階より叩き出された身体は壁伝いに落下している。
このまま数秒も経つことなく地面に激突するのは明らか。
勇者であった場合なら、強化された身体能力で難なく片足で着地できるだろう。
だが、今の龍夜はただの人間。
激突すれば全身打撲か、粉砕骨折のどちらかだ。
先の衝撃が全身を包み込んだ炎を吹き飛ばしている。
今、纏うのは暗闇。
龍夜は風跳の衣をストレージキューブから取り出した。
勇者の能力もスキルもない。
されど、異世界のアイテムと、そこで培った経験が武器となる。
「ほっと!」
纏うと同時、炎上ミイラと龍夜の靴裏が地面に接触した。
ミイラが落下の衝撃で四散、火の粉を散らしたのに対し龍夜は落下の衝撃を跳躍のバネに変えて高く跳びあがっていた。
垂直に病院の壁面を蹴り続け、勢いのまま屋上に躍り出る。
蜘蛛の巨影が屋上に移動するのを確かに目撃したからだ。
「爆弾投げ込まれた気分だよ!」
屋上に着地と同時、二種の衣をストレージキューブに収納すれば、カンテラボールでまばゆく広範囲を照らす。
「いない、だと?」
龍夜は目尻と神経を鋭くして周囲を何度も見渡した。
多少の血痕があろうと、肝心な蜘蛛型変異体がいない。
「間違いなく屋上に行くのを目撃したはずだ」
いるはずの蜘蛛型変異体は影も形もない。
透明化かと一瞬だけ思考によぎるも否定する。
刺すような無数の視線が四方から来ているからだ。
取り囲まれているのがイヤでも分かる。鳥肌が立ち、本能が危険を知らせてくる。
何故、感じているのに姿を見つけられぬのか。視線の気配を追おうと数が多すぎて意味がない。
「蜘蛛め、どこに――ん? 蜘蛛?」
何かに勘づいた龍夜はストレージキューブから飲料水の入ったボトルを取り出した。
「まさかじゃないことを祈るぜ!」
宙に放り投げるなり、ボトルを日本刀で両断する。
水飛沫となって広範囲に飛び散る中、龍夜はカンテラボールを今一度、眩く照らす。
何もない宙で滴が浮かび、光に照らされ反射している。
そのまま頭上を、暗闇の空を龍夜は見上げた。
「イヤな勘ほどよく当たるもんだ」
龍夜は忌々し気に吐き捨てる。
蜘蛛型変異体は空にいた。
いや正確には張り巡らせた糸を足場にして龍夜を見下ろしている。
「ここは文字通り蜘蛛の巣ってわけか」
暗がりから無数の足音がする。
四方の壁際から何かが這いずる音がする。
「オペペペペペペペオペエエエエエエ!」
蜘蛛型変異体の耳を劈く不協和音の叫びと共に、無数の小蜘蛛が龍夜を取り囲む形で現れた。
目測だけでも軽く三〇は越えている。
「見るからにおぞましい姿にしやがって!」
歯を剥き、怒りも露に龍夜は叫ぶ。
室内で切り捨てた小蜘蛛と同タイプだろうと、今龍夜を取り囲む小蜘蛛はどれも、いや誰もが子供の顔を持つことだ。
新生児から乳幼児、小児と犠牲になった子供たちが変異したのだろう。
無数の無垢な目が不気味なまでに龍夜を捉えて離さない。
「俺に子供を斬らせるな!」
憤然と叫ぶ龍夜の太刀筋を鋭かった。
既に死んだ身、斬ることでしか救えない。
よって太刀筋を鈍らせる必要はない。
良心や罪悪感は全てが終わった後で抱けばいい。
「はああああああっ!」
四方八方から飛びかかる小蜘蛛の群を龍夜は斬り続ける。
上に左に、時に下にと円の動きで右足を軸にして、駒のように回転し斬り続ける。
背後から飛びかかる小蜘蛛には手甲の裏拳で叩き潰し、足元より這い寄る別の小蜘蛛は靴裏で踏み潰す。
「ちぃ!」
日本刀の切っ先が急激な重さを増しひっぱられる。
咄嗟に手放しかけた日本刀を強く掴む。
お陰で体勢を崩されかけるも両足を踏ん張って耐え凌ぐ。
その糸を目で辿る龍夜は原因を即座に看破した。
原因は先端に巻き付いた糸。
小蜘蛛たちは龍夜への攻撃を一斉に停止させれば、束ねに束ねた糸を日本刀に巻き付け、綱引きよろしくの姿勢をとってきた。
「ぐうっ! こいつら!」
引っ張られているからこそ刃を引けず、切るに切れない。
ならば押し切ろうと糸は高い柔軟性を持つため、これまた切れない。
小蜘蛛は数を利用して糸を増やし日本刀に巻き付ける。
このままでは数で力負けし引きずり倒される。
倒れた瞬間を狙うのは明白、だから龍夜は日本刀を敢えて手放した。
手放されたからこそ小蜘蛛たちは揃って体勢を崩し積み重なる形で倒れ込む。
「ガガルのおっさんから教えられたよ! 武器を手放そうと流れを手放すなってな!」
全身をバネに力強く小蜘蛛の群れに飛び込んだ。
ガガル=ルワオガから教え込まれた戦術だった。
剣しか持たぬからと言って武器を持つだけが戦闘ではない。
武器がない場合、徒手空拳での戦闘術はしっかりと叩き込まれている。
手甲と脚甲を装備したのもその時に備えてだ。
「せいはっ!」
力強い発声に跳躍と落下の衝撃を織り交ぜた蹴撃。
脚甲に込められた強き意志は破壊の力となり積み重なって悶える小蜘蛛の群をまとめて蹴り潰した。
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