第2話

 心地よい微睡の中、ふわふわとした心地良い気分に浸っていた蓮は、その意識を覚醒させた。


「(えーっと……、確か、起きたら知らない森の中にいて、深呼吸したら全身がすごく痛くって、気絶しちゃったんだっけ……?もう全然痛くないし、自分の体じゃないみたいに軽いや……。それにしても、また知らない場所なのかな?目を開けてるはずなのに、何も見えないや……。)」


 つい先程、自身の身に起こった事を思い返しながら、蓮は辺りに視線を巡らせた。


 意識を失う原因となった途轍も無く激しい痛みは既に無く、むしろ今まで生きてきた中で最も活力にあふれており調子がいい。

 だか、目を開いたそこは暗闇に包まれており、光が一切なく、自分が目を開いているのか疑いたくなるほどであった。


「(なんだか水の中にいるみたい。息はできるんだけど……、何かに包まれてるのかな?だとすれば、どうやって出ればいいんだろう……?)」


 そう考えた次の瞬間、周りの壁が溶けるかの様に消えていき、光が差し込んできた。

 と同時に、体が地面に向かって引かれる感覚がした。


「(うわっ!おっ、落ちるっ!)」


 恐怖でぎゅっと目を瞑り、この後に来るだろう衝撃に備える蓮を襲ったのは、ふわりとした柔らかな感触であった。


「おはようございます、蓮。体の調子はどうですか?」


 目を瞑ったままの蓮の耳に聞こえてきたのは、意識が途切れる寸前に聞こえた声と同じ、暖かく優しい声だった。

 驚きながら目を開いた蓮が見たのは、優しそうに、そして嬉しそうに笑う男の顔だった。


「えっと……、おはよう、ございます……?か、体も、大丈夫です……。」


「そうですか。それは良かった。」


 そう言って、男は蓮の両脇に手を入れ、地面へと下ろす。

 そこで漸く、目の前の男が落下する蓮の体を受け止めてくれたのだと気が付いた。


 今朝目覚めた時から、意識的には殆ど時間が立っていないのにも関わらず、摩訶不思議な事が続きすぎて蓮は目を回しそうだった。


 何から考えていいのか分からないが、とりあえず目の前の事から片付けようと、ニコニコとこちらに笑顔を向ける男に目を向けた。


「あ、あの……えーっと……ありがとう、ございました。」


「どういたしまして。……ふふっ。お分かりになりませんか?」


 そう言われて、蓮は目の前の男をじっと見つめた。

 10年に満たない人生のほとんどを病院のベットの上で過ごしてきた蓮の知り合いは、医者や看護師くらいのもの。

 記憶を巡ってみても、目の前で笑みを浮かべる男の顔に見覚えはない。


 しかし、何故だか慣れ親しんだ様な、そして安心できる様な感覚を覚える事を、蓮は不思議に感じた。


 ふと視線を男の背後に向けると、そこには先程自分を受け止めてくれた純白の翼があった。


(翼……?天使さん、なのかな……?え、天使?)


 カチリと、何かがハマる感覚がした。


「……もしかして、ルー?」


「はい、正解です。蓮が名前をくれた、ルーですよ。」


「ルー!!」


 蓮は弾ける様な満面の笑みを浮かべ、ルーに飛びついた。


 突然知らない男から、私はあなたが持っていたぬいぐるみですよ、なんてふざけた事を言われて信じられる人は居ないだろう。

 だか、何故だか蓮の中にそれを疑うという考えは全く浮かばなかった。


 それどころか、名前を呼び抱きついた瞬間から、自分とルーの間に強固な繋がりができたのを感じ、目の前の男が自身の唯一の友であると確信した。

 それの繋がりが何なのかは分からない。

 しかし、今までずっと1人だった蓮にとって、特別な繋がりである事は間違いないだろう。


 地面に座り、暫くの間2人で話をしていた2人。

 殆ど蓮が一方的に話をしていただけだったが、ルーはニコニコとした笑顔のまま、うんうんと相槌を入れながら楽しそうに話を聞いていた。


「ーーそれでね!それでね!こーーーんなおっきなお城たってるんだ!いってみたいなーとか思ってね、頭の中で想像して、旅したりもしたんだー。ほら、僕外にでれなかったからさ……。」


 ふと、悲しみを含んだ様な複雑な表情を浮かべる蓮。


「では、2人で色々な場所に行ってみましょう。もう、身体は元気になったでしょう?」


 ルーにそう言われて、蓮はハッとした。

 ルーに会えた興奮で半ば忘れていたが、過去の自分からは考えられない程体の調子は良くなっている。

 身振り手振りを交えながら長時間話していたのにも関わらず、倦怠感も痛みも襲ってきていない。


「そういえば、病気は治ったのかな……?なんだかすっごく体から軽いんだ!……ていうか、ここってどこなんだろう……?僕、病院に居たはずなんだけど……。」


 蓮は不安げにルーを見やる。


「私にも、ここがどこなのかは……。」


 周りは鬱蒼と生い茂る木々に囲まれ、2人のいる場所だけがぽっかりと穴の空いた様に丸く小さな広場になっている。


「森の中……だよね。木しか見えないし……。」


「少し、上から見てみましょうか。」


 ルーはそう言うと、首を傾げて頭にハテナを浮かべている蓮を横抱きに抱え、バサリと翼をはためかせ一気に空中へと飛び上がった。


「うわー、飛んでる!飛んでるよ、ルー!すごいすごい!」


 ルーはキャッキャと喜ぶ蓮に微笑みで返すと、周りに視線を向けると、そこにはどこまでも続く森が広がっていた。

 その森は遠くに行くにつれてグラデーションの様に枯れた木が増えていき、最終的には枯れた木しか存在しないどんよりとした暗い森に続いている。


 右手側に視線をむけると、奥に大きな火山があり、山頂からは黒い煙がモクモクと上がっている。

 活火山なのだろうそこは木が殆ど生えていない様で、山肌が丸見えになっている。


 今度は振り返って後ろを向く。

 ずっと奥まで同じような森が続いているようだ。

 

「ねえ、あそこにあるのって、骨だよね?すっごくおっきいねー。あれって、ドラゴン?」


 蓮が指さした先には、圧倒的な存在感を放つ巨大な骨格。

 頭部には2本の大きなツノの生えており、片方は半ばからへし折られたようになっていた。

 長い首、巨大な胴体、そして長く太い尻尾が続いている。

 背中からは翼であったのだろう骨が片方だけ付いていた。


「ねえ、ルー。なんかあそこ光ってない?ほら、頭の真ん中くらい。」


 蓮の言うように、頭部には陽の光を反射し、きらりと光る物が見える。


「本当ですね。頭部に何かあるようです。見に行ってみますか?」


「うん、行こう!行ってみたい!」


 ルーはフワリと地上に降りた。

 地面に下ろしてもらった蓮は、自分が補助無しで歩ける事に感動を覚えながら、ルーの手を引き、推定ドラゴンの骨に向かって歩き始めた。

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