五、

 まだほんのりと赤い頬をぎゅーっと押して首を横振る姿もまた可愛いのだが、口に出してしまうと余計に混乱を招きそうなので止めておく。


「それじゃあ、もう一回やりますからゴール役をお願いします」


 キリっと緩んだ表情を緩めた真紀さんは自転車を押して僕から離れて行く。


 そしてスタート地点を決めたのか自転車をUターンさせると、僕の方を向いて手を振る。


 僕も振り返すと、ふらふらしながら自転車にまたがってハンドルを握る。離れていて表情はハッキリとは見えないけども、今真紀さんがしているであろう表情が思い浮かんで思わずニヤケそうになってしまうが、慌てて真面目な顔を作る。


 今からこちらに向かって来るであろう真紀さんのために、僕は立派なゴールとして堂々と立って迎える準備をする。


 そんな空気を察してくれたかは分からないが、真紀さんは大きく頷くとちょこちょことつま先で地面を蹴って進み始める。


 再び少しずつ、ゆっくりと進む真紀さんを迎えるべくじっと見守る。


 心なしかさっきよりもちょこちょこする足さばきが速い気がする。なんてことを思いながら見ていた僕は、真紀さんの両足が足が浮いている時間が長くなっている気がして目を凝らして観察する。


 慣れたのか、さっきゴールしたときよりも速いスピードで真紀さんは僕のところに向かってくる。


 段々と近づき大きくなる真紀さんを見て僕は少しずつ後ろに下がってみる。


「ちょっと! ゴールが動いちゃダメでしょー!」


 動いたのがバレて怒る真紀さんの声に、思わず僕は早足で逃げてしまう。


「こらぁーっ! なんでゴールが逃げるんですかぁー!」


 逃げるゴールと追いかける真紀さん。僕らの追いかけっこは突然始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る