#5-2 切断
「違う……あたしは、“敵”だ。この世界を乗っ取りに来た
「ケーコク……」
泣き出しそうな夕星を押し遣って、痛む身体を引き摺る様にして前へ出た螢惑だったが、しかし
がくりと項垂れ、地に手を着いた螢惑。そんな彼女の苦悶を前に、夕星は腰元のホルダーから一つの試験管めいた細長いガラス瓶――金属フレームで補強された――を取り出す。
ぷしゅっ――――薬液が押し出される際の僅かな音を耳で
「……やめろ」
首元にそれを突き刺して
「あれは、」
「この危機は、この世界のだから。だから、ユヅがやらなきゃ」
「……あたしたちの世界が、」
「うん……だから、出来れば、……」
「……出来れば?」
「うん……出来れば、……いつもみたいに」
「いつも、みたいに?」
「……いつもみたいに、一緒に戦いたかったよ?」
「ユヅ――――」
ああ。
手を伸ばそうと、もう遅い。
そんな緩慢な速度では、生えた黒腕で飛び出していく少女を掴み阻むことなど出来ない。
責任の所在はこちら側にある筈なのに――それなのに、こうして見ていることしか出来ないのだろうか。
いや――そうじゃない、そうじゃないだろ――――螢惑はそう、自分に何度も言い聞かせてはやがて立ち上がる。
歯噛みした奥歯がすり減って罅すら入りかねないほどの悔みが、喰われた
ならばそれと同期する身体に痛みが、欠損がある筈など無い。
「太白――力を、貸してくれ」
痛みを、欠損を超越した身体は最高速度で駆け出していく。
そして数秒も経たずに舞い戻った戦場では、
「固まるな! 一射ごとに散れっ!」
「「「はいっ!」」」
僅か十名にも満たない小戦力だったが、度重なる自衛による戦闘経験と命を守るための訓練が功を奏し、また吉木陸曹の指揮も相俟ってただの民兵風情が見事な戦力へと化けていると言えた。
「グオオオオオオオオ――――ッ!」
「余所見とは随分余裕だなっ!!」
自動小銃を主とした銃火器による掃射に加え、実に適したタイミングで割り込まれるゼファによる車輪の攻撃は
そして。
――――ガヅンッ!
「ゴオオオオオオオオッッッ!!!」
そこに更に割り込む、単管パイプの槍。
双眸に異端の光を宿し、肩口から新たに生まれた黒腕で以て投げ込んだ強烈な一撃は容易く
「姫、下がっていろ」
「ううん――ユヅも戦う」
「……ならば、せめてもう二メートル下がってくれ――来るぞっ!」
「カアアアアアアッ!」
開いた口の奥から雷条を吐き出す
「
掃射の音が夜の空に響き渡る。
民兵たちは位置を変え、陣形を変え、ゼファや夕星に脅威が向かない角度から掃射を見せる。やがて痺れを切らした
だから舞い戻った螢惑は、不思議とその光景に昂揚していた。
ああ。
魔術って、大したこと無いんだな――――魔術を選ばなかったこの世界が、一番正しかったんだな。
そんな想いに目頭を熱くさせた螢惑は、しかし魔術で以て戦場に割り込んでいく。
「ケーコクっ!!」
「うらああああああああっ!!」
瞬転し、肉薄した螢惑は想いを載せた渾身の右ストレートを放つ。それは開戦時に叩き込んだそれとはもう違う何かだった。
衝撃とともに肉の内を突き進む
爆ぜ、激しいにも程がある震動が夜を揺さぶった。
「
「「「はいっ!」」」
動きを止めた
「やああああっ!」
夕星の投げた単管パイプも、ずちゃりとその肉を穿っていく。
「終わりだ、侵略者――」
そしてゼファが振り上げた両手の上、空に出現した巨大な旋盤は、閃光を迸らせるほどの高速回転を見せて白熱し、大きな紫色の化け物を縦に分断した。
「ガ――――ァ」
断たれたままその場に倒れた強大な魔物――誰もが息を繰り返すばかりで、動かなくなったそれを未だ警戒していた。
だが徐々に、動かないままのそれに勝ったのだという甘い揺らぎが生まれる。
特に吉木陸曹や泉水を含む民兵たちにそれは顕著だった。
「やったのか?」
「勝った?」
「やった……」
「やった!」
「勝ったぞ」
「勝ったんだ!!」
「静まれ! ――――未だだ」
ゼファが号を発しても、彼らの中に生まれた甘い揺らぎは止まらない。
誰もが安堵し、誰もが勝利を確信していた。熾烈を極めただけに、一度訪れたそれを手放したくはなかったのだ――それが幻であっても。
「ぐ、を――――ん」
断面から絃のように繊維が伸び、互いに結びつきあい、倒れた半身を引き寄せてはぐるぐるしゅるしゅると包んだ。
やがて出来上がっていく繭の様相――結晶化した外皮は硬く、ゼファの車輪や夕星の一撃でさえビクともしない。
「嘘だろ」
「マジかよ……」
口々に出る落胆。だが、絶望には程遠い――――筈だった。
もう一度倒せばいいだけのことだった。
一度は全員で力を合わせて倒せたのだ。屠ることが出来たのだ。
だから、次もそう出来る筈だという認識がその場にはあった。
誤解だ。
ああ、全くの誤解だ。誤認と言っても差支えない。
「……ゼファ!」
ただ螢惑だけが感じていた。その、違和感に。
だから声を上げた。張り上げた。
「ユヅを連れて逃げろ」
「……はぁ?」
正しくこの事態を認識していたのは螢惑ただ一人だった。いや、螢惑ですら予測はついてはいなかったが。
だが、その声は正しかったと言える。
「全員、この場から逃げ――――」
ばづんっ――――繭が張り裂けたと同時に、かまいたちのような風の刃が辺りを蹂躙した。
「――――ろ」
民兵達の殆どが、胴体や首、頭部を断たれたことで絶命した。そうで無かった者も、腕や足を切断され激しく血を噴き出している。もはや戦力になる者は一人もいなかった。
「……っ、もっと早く言え……うつけ者が……」
辛うじて車輪の盾を出現させたゼファだったが、しかしその盾ごと、左腕を断たれてしまった。だがあの状況でその程度の損傷で済んだのならば不幸中の幸いと言えた。
「――――ぁあ!」
ぜひゅう――そのか弱い呼気の音を聞きつけ、螢惑は
両脚を断たれた夕星が、血溜まりの中で浅く呼吸を繰り返していた。
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