なりそこないのドナー

Donor she couldn't be

#3-1 経緯

「コロニー?」


 素っ頓狂、という修辞句に合致する上擦ったような声を螢惑が上げたのは、まさかそんなものが研究施設の程近くにあるとは思っていなかったからであり。

 そして、三人での生活が始まって一週間が経とうとしている今というタイミングで、夕星の口から徐にそれが飛び出したからだ。


「姫、それはつまり――この滅んだ地で生き続ける民らがそこに集っているということで良いか?」


 まさしく慇懃無礼、傲岸不遜といった態度で言い放たれたゼファの問いに、夕星はおどおどと頷く。

 そして訥々と、自分はそのコロニーに魔物が行かないようにここで守るための戦いを繰り広げているのだということを語った。










   † ———————————— †


      ド      # 3

      ド

      ド       【Dope Draws Donee's Dawn.】

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      なりそこないのドナー  Donor she couldn't be  


   † ———————————— †













 魔物は決まって夜に動く。

 だから夕星の一日のスケジュールは、昼にスーパーマーケットで保存食や物資の補給と、研究施設付近で防衛拠点としての各種調整を行い、そして日が暮れた後は襲来する魔物との交戦、眠りに就くのは日が昇ってからだった。


 世界の崩壊と同時に魔物が出現し始めた頃は、襲来のタイミングも分からなかったため目の下に隈をこさえる日が続いた。

 また、そもそも戦うという選択肢が頭に無かった夕星は、安堵に浸れる場所を探したいという欲求と、そうすれば魔物に襲われて死んでしまうかもしれない恐怖とで板挟みになり、ただただ不安な日々を過ごしていた。

 物理的な質量をすら持ってしまいそうなほど様々な感情が膨れ上がっては犇き鬩ぎ合い、そんな中で限界を迎え気を失うように眠ってしまい、起きてその事実に気が付いた時はあまりの恐ろしさに発狂してしまいそうだった。


 だがしかし、その経験は夕星に、魔物は日が昇っているうちは動かないのでは無いかという予感を齎した。

 そして数日にわたる危険と隣り合わせの観測の果てにその確証を得てからは、夕星はただの睡眠では無くを漸く享受できたのである。


 そうとなれば行動範囲は広がる。

 魔物が襲って来ない昼間の時間は夕星の脚を遠く運んだ。

 そして見付けたのがそのだ。

 そこはすでに見付けていたスーパーマーケットから一駅分ほど離れたショッピングモールの廃墟を利用したもので、搬入車両をバリケード代わりに配置しある程度の武装を備えた、三十人程度の生者の集まりだった。

 彼らの長として、この地に災害派遣で赴いた陸上自衛隊の生き残りの一人が選抜され、時折り襲来する魔物や野良となった狂機械兵から彼らを護るために指揮を取り、また抗戦のための訓練を施していた。


 当初、夕星も迎え入れられ、護られる側へと回った。

 まだ若いが生き残りの自衛隊員としてリーダーを任されている吉木陸曹は強面ではあったものの、命を預かる立場としてしっかりとコロニーに集った者たちを護り、またそのための訓練を課した。

 戦える者なら女子供は関係無く、厳しさの際に優しさの滲むような人だと夕星はそんな印象を抱いていた。


 しかし彼らは夕星が“受憎者”ドニィであることを知ると途端に彼女を迫害し、コロニーから追い出した。


「魔物は魔術士がいるところに現れる。お前がここにいると――無駄な抗戦が増えるんだ」


 吉木陸曹にそう言われ、想いをなかなか言葉に出来ない夕星は、ただただ何も言えずにその場を立ち去った。


 思えば。


 確かに、そこで聞いていた日々の襲来頻度は夕星が一人で生きていた頃の頻度に比べれば少なく、しかしコロニーに入った後でも夕星が記憶する襲来頻度は全く変わらなかった。

 つまり、吉木陸曹の言葉は事実なのだろう。夕星が受憎者ドニィという簡易的な魔術士であることが、魔物の襲来頻度を釣り上げているのだ。


 だから夕星は追い出されたことは当然なのだと自分に言い聞かせた。寧ろ、そうとは知らずに彼らを頼った自分が馬鹿なのであり、自分こそが彼らを窮地に立たせてしまっていたのだと。


 幸い、夕星が入居してから追い出されるまでの間に魔物に襲われて命を落とした者は一人もいなかった。ただし、という意味でなら絶たれた者は一人いた。魔物に左脚の骨を折られてしまったのだ。


 それを思い出せば、夕星の心にぐるりと渦巻いては濁っていく重苦しい感情が迸った。それは段々と溢れて二つの目からぼろぼろと溢れていく。


 償わなくてはならない。

 そう結論付けたからこそ、夕星はあのスーパーマーケットをコロニーの防衛拠点として、コロニー周囲の魔物を自身に引きつけ戦う辛辣を選びあげた。

 そしてその選択が可能と思われる力ならあった。紛いなりにも夕星は受憎者ドニィだ、魔薬を自らに投与することで限定的に魔術を行使することができる。


 紛いなりにも、という前置きが付くのは、夕星の体質が魔術を受け入れなかったからだ。

 そもそも、この地の人間の霊基配列は退化してしまっている。この地の霊銀ミスリルが“無”に近い“疎”の有様だからだ。故に魔術はこの地では発展せずそれどころか遺失し、故にこの地の人間は霊銀ミスリルへの耐性が著しく乏しい。


 それでも、この地に

 この地の人間を魔術士へと作り替える実験が始まった。

 夕星はとある理由から自ら志願した者の一人だったが、しかし彼女には他の被験者のような霊銀ミスリル耐性が備わっていなかったのだ。

 無論、彼女の体躯がその歳の平均に比べて極めて幼く矮さかったことも要因のひとつではある。

 しかしどうにか魔薬ドープを投与すれば自在に制御できる黒腕の形をした念動能力テレキネシスを魔術として展開出来るまでにはなれた。


 己の命と引き換えに。


 ゼファの手により魔薬ドープが改良されたとは言え、そも魔術そのものが夕星にとって命取りなのだ。行使つかえば行使つかうほどに夕星の身体は荒れた霊銀ミスリルに毒されていく。

 交戦の度に彼女がドス黒く変色した血を二つの鼻腔から、或いは耳孔や眼窩から溢れさせてしまうのは、その荒れた霊銀ミスリルを体外に排出しようとする生理機能の悪足掻きであり。

 魔術士の訓練を受けていない彼女は、魔術士の基礎とも言える特別な呼吸法すら身に付けていない。


 だから孤独な戦いの経緯を語る半ばで倒れた夕星を介抱したゼファの見立てでは、このまま慢性霊銀ミスリル中毒症が解消されないままなら余命は半年を切るだろう、とのことだった。


 無論。


 その解に激昂した螢惑が鬼のような形相で胸ぐらを掴んだ時、ゼファはやはり冷淡な表情でじろりと睨み返すだけであり。

 強く深く歯噛みした螢惑は、謝罪の句すら紡げずに項垂れるように掴んだ手を離した。

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