#2-4 機兵
「さて――」
再び装置を操作していたゼファだったが、無言のまま暫く作業を続けていたと思ったら唐突に踵を返し、螢惑の傍まで歩み寄った。
「どうした?」
「貴様には判らんさ」
「まぁたそれかよ……まぁ、説明されたところでそうなんだろうけど」
「必要な説明は姫が起きた後でするさ。しかし余には幾つか貴様に対する質問がある。しかと答えよ」
「はぁ!? ――あんた、自分はあたしの言葉に耳を貸さないのに、自分の問いには答えろってどんだけ上から野郎なんだろ」
「煩い。騒ぐと姫の安らかな眠りが妨げられる」
「あー……ちっ。……何だよ、質問って」
「移動しながら話す。貴様の脚の上ではどんな安眠も悪夢になると言うものだ」
「あぁ!?」
そしてゼファはしゃがみ込むと床と少女の矮躯との隙間に両手を差し入れ、ひょいと軽々しく抱き上げた。
それから自らの細い顎をくいと振り螢惑に着いて来るよう仕向けると先陣を切って歩き出す。
その背を睨み付けながら立ち上がった螢惑は、ゼファの右腕が少女のあの尻を抱えている事実に怒髪天を衝きそうになりながら追従する。
(尻……殺す……)
しかしそんな殺気も気に留めず、ゼファは宣言通り廊下を渡りながら問いを発した。
「質問だ――貴様は先程、自らもさも
「それがどうしたよ」
「その根拠は何だ?」
「根拠?」
眉を顰める螢惑。しかし思慮は浅くとも直ぐにその答えは出る。
「この研究所にいたからだ」
「ほう……それはどういう根拠だ? 一切理解が出来ないが」
「あー、掻い摘んで説明すると――あたし、幽霊だったんだよね。でも実際はそうじゃ無かった」
自らが
今も尚戻り切らない断片的な記憶の中にこの研究所のある程度の
しかしそれを聞いたゼファは乾いた笑いをひとつ放った。その声に眉根を寄せて眉間に皺を作った螢惑の眼差しは鋭利であり、だがそれが先行している故に彼女に背を向けているゼファに伝わることは無い。
「そもそも、
「はぁ? あんた自分でさっき言ってたろ――
「その説明には根幹が抜けている」
「……何だよ、根幹って」
「決まっているだろう――
「――
反芻する言葉は彼女の全身に落雷のような衝撃を奔らせた。
びぎりと蟀谷が傷みを叫び、脳裏に浮かぶ断片的な映像は視界を全て覆うフラッシュバックとなって意識を蹂躙する。
『螢惑、仲間を――仲間を、取り戻すのだ』
「い――っ……
劇烈なまでの痛みに足を止めた螢惑だったが、しかし還った視界の眼前で進んでいる筈のゼファもまた足を止め、そのまた前方を見据えている。
「何?」
「貴様に頼み事とは些か気が進まないがしょうがない――姫を頼む」
「はぁ!?」
身を翻したゼファは未だ蟀谷の激痛に顔を顰めさせている螢惑に優しく、それでいて素早く夕星を押し付けた。螢惑はわけもわからないままにしかし確りと少女の矮躯を
カツ、カツ、カツ――――それは靴音。しかし螢惑もゼファも、当然だが夕星も歩いてなどおらず、そしてそれが聞こえて来るのは廊下の遥か先、突き当たった曲がり角の向こうだ。
「魔物?」
「どうだろうな――余の見立てでは、この研究所に住まう
「
「判らないのも無理は無い。浅学な貴様にも教えてやろう。嗚呼、何と余は優しいのだろうな」
「ふざけてないでさっさと言えよ」
ぎゅ、と黒革の手袋を嵌め直すゼファは揚々と語る。その口上はまるで舞台演劇のようだ。だが連ねられた言葉に耳障りの悪さは無い――すんなりと入り込み、やや遅れて理解が追従する。
「この世界は
カツ、カツ、カツ――靴音は廊下内に反響し、段々と近付いて来ている。
思わず螢惑は、夕星を抱き締める両腕にぎゅっと力を込めてその小さな身体を自らに寄せた。
「そう、ヒトガタのように人間の生活を様々な形で
「何で?」
「人間が用いる武装・兵器をそのままの規格で運用が可能だからだ」
「……なるほど」
「……余が目覚めた時、管理デバイスを通じてこの研究所内に備わる幾つかの機能を復旧させたが、恐らくそれが徒になったのだろう――まさか、
「はぁ? 何?」
「結論だけ言う――余が叩き起こした
告げたゼファは黒革手袋を嵌め直した両手を左右に大きく広げた。しかし肘は撓め、無駄な力などは入っていない姿勢だ。
そして廊下の突き当りが陰った――直後、自動小銃を携えた機械兵が廊下へと踊り出る。
「ガガ――侵入者ヲ発見――ガガ――処理ニ移リマス」
「されるか、愚か者」
ゼファ広げた両手のうち左手を前に突き出したのと機械兵が狙いをつけた自動小銃を盛大に撃ち放ったのはほぼ同時だった。
だが、僅かにゼファの方が速かったのだろう――ズダダダダと騒がしいにも程がある連続した発砲音を轟かせた自動小銃が放った数十発の弾丸は、しかしゼファや螢惑、彼女が抱える夕星の身体に届く前に何かに弾かれた。
跳弾が廊下の壁や床や天井に突き刺さる。時折さらに跳ね返った弾が推進力を失って床にカラキラリンと弾かれて転がる。
発砲音に消されて聞こえなかったが、銃撃が止んだ今、その音こそけたたましかった。
例えるならば回転する金属が激しくぶつかって火花を散らしながらもその回転速度を増していくような――そして螢惑の目に映ったのは、まさしく例えそのものの様相だった。
突き出した左手から少し離れた前方に突如として現れた巨大な歯車が高速回転していたのだ。キィィと高周波域の叫びを上げながら、廊下をほぼ塞ぐほどの径の歯車が撃たれた弾丸を悉くその回転で以て弾いていたのだ。
「ガガ――侵入者ノ抹殺ヲ確認デキズ――ガガ――処理ヲ続行シマス」
「させるか、阿呆」
左手が引き戻されると同時に巨大な旋盤は消え去った。代わりに振り被った右掌の上には、少し浮かんで、今度は掌程度の大きさの歯車が先程よりも高音を響かせて激しい高速回転を見せていた。
「穿たれろ――それを幸福に思え、愚物」
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