ドドドド【Dope Draws Donee’s Dawn.】

長月十伍

できそこないのドニィ

Donee of failure Magi

#1-1 遭遇

 “魔薬” ドープ ――少女のような“受憎者” ドニィ を即席の“魔術士” マギ へと変える増強剤。


 少女は腰のポーチから抜き取ったガラス管の下端を自らの首筋に叩き込むように打ち付けると同時に、管を覆う金属フレームの側面に備わった安全装置セーフティを人差し指でスライドして解除しながら上端のボタンを親指で押し込む。

 するとガラス管の打ち付けた下端からは尖った針が皮膚を突き破って少女の頸部に侵入し、管の中の山吹色に怪しく照り返る薬液が流れ込んだ。


 途端に葉脈のような蒼褪めた痣が拡がり、魔薬ドープは少女の頸椎上に仮初の“霊基配列”を創り上げる。

 それと同時に、頸椎には行かず全身に急速に散らばった薬液の一部は血液と結合して“霊脈”となった。


 循環する脈動は配列の組み変わった霊基を通過し、それは魔術となる。


 少女の左腕が、黒く染まる――黒ずんだ肌から出でた呪詛のような揺らぎは、螺旋を描きながら結び付き合い、やがて少女のそれと比べるととてもおおきくいびつな“腕”となった。



 ガギョン――――ッ



 工事現場の足場材として重用される2メートル長の単管パイプが深々と突き刺さる。

 少女の左の肩口から湧き出た黒腕が真っ直ぐに放り投げたのだ。

 それは突き抜けて貫きながら、射線の先にあった地面をも穿って磔にした。


 を、その場に繋ぎとめたのだ。


 その黒腕が、積まれた中から新たに単管パイプを掴み取る。

 突き刺された魔物は虫の息だが、まだ他に三体もいるのだ。

 少女は歯噛みしながら、痛いほどに血走った双眸で彼らを睨み付けた。白目は今この時、赤目と称した方が適当だった。


「――ッ!」


 最も接近していた一体が速度を上げた。上半身に比べてやや細く小さい下肢を大きく踏み出して。

 しかしその頭部の中心を単管パイプが貫く。堪らず吹き飛んだ巨躯が直ぐ後ろまで来ていた他の魔物を巻き込んで倒れる。その二体を串刺しにする、新たなる投擲。


 残るは一体――真っ直ぐに前進して迎撃された三体とは違い、大きく迂回するそれは少女の死角から跳びかかる。

 だが這い蹲った四肢が地を蹴る音の方が到達は早い。だから少女は、身を捩るようにして黒腕を振るった。


 人間で言えばただの平手打ちにしか過ぎないその一撃は、しかし魔術で編まれた故に強力すぎた。

 広げられた鋭い五指と分厚い掌が魔物を打ち据えたと見えた瞬間――魔物の肉体を支えていた骨格はひしゃげ、その肉は鉤爪のような指で裁断される。

 ぐちゃぐちゃな肉塊となり果てた魔物は進方向に対して左に直角に吹き飛んだ。魔物だったモノが地面に赤黒い染みを撒き散らし――そして、脅威は漸く去った。


 少女は改めて周囲に目と気を配り、新たなる敵襲の兆しが無いことを確かめると、そこで深く大きな溜息を吐いた。それは安堵の色を帯びていた。

 だが後悔のような影も差している息だった。少女の両の眦と、そして二つの鼻孔から、赤黒く変色した血が迸って流れていたからだ。


 その身が、完全に魔薬ドープを受け入れてくれていたのなら――そんな風に、拒絶反応に苛まれることは無かっただろう。

 少女の乏しい表情からは判別は付きづらいが、その身の内――特に脳と、頸椎――には、今夥しいまでの激痛が蹂躙している。


 だが少女は“受憎者” ドニィ だ。魔薬ドープを取り込むことでしか力を得られない。

 自らの命を削ることでしか、守りたい場所を守れないのだ。











   † ———————————— †


      ド      # 1

      ド

      ド       【Dope Draws Donee's Dawn.】

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      できそこないのドニィ  Donee of failure Magi  


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 少女の、豊かさとは対極にあると言っても良い胸元を覆い隠すほど長く伸びた髪が空五倍子うつぶし色に変じた要因は、考えるまでもなくあの魔薬ドープだろう。


 花冠のように睫毛の縁取るつぶらで大きな双眸もまた、本来からかけ離れた百群びゃくぐん色の虹彩へと変貌している。


 その柔肌も、今では病的なほどに白くなってしまった。

 小柄な体躯に華奢な四肢も含め、医者がいれば栄養失調と診断してもおかしくない風貌だったが、それでもその顔貌だけは相変わらず愛らしい少女のままだ。

 白詰草シロツメクサのように何処にでもあるような、素朴ながらも目を引く可憐さを未だ損なっていない。


 魔薬ドープを短期間に継続して投与されると体組織の色素生成に影響を及ぼすという結果が本来の副作用なのか、それとも個体差による何らかの不具合、想定されていなかった効能なのか――それを確かめる術を彼女は持ち得ていなかった。

 そもそも彼女にとって少女が魔薬ドープを投与して一時的に魔術を扱えるようになる“受憎者” ドニィ であるという事実は、目前にて大気に晒されている少女の小振りながらも愛くるしい臀部でんぶに比べれば、到底どうだっていい些末事に過ぎなかった。


 壁から生える蛇口に取り付けられた長いホースの先端を持ち上げる彼女は真っ裸であり。

 頭から被った水が痩せ細った肢体を伝い流れ落ちてきらきらと陽の光に輝きを放っている。


 そしてその尻の輝き、滴り落ちる雫の全てを、彼女は目に焼き付けていた。

 すると生理現象とも言える、鼻腔に満ちる鉄錆のような匂いを感受し、彼女はしかし落ち着き払った様子で、静かに人差し指をすっと伸ばして鼻に空いている二つの穴の下にぴたりと添えた。

 そうして直ぐに、たらりと濃厚な鼻血が垂れてくるのを感じる。

 その現象は彼女の胸の内側の熱をさらに高め、双眸をより見開かせてはその眼差しの鋭利さを倍増させるのだ。


 彼女にとって少女は、だった。


 発達していない全く残念な胸元も。

 小振りだが弾力と軟性を兼ね備えていそうな尻も。

 そしてその陰鬱めいてすら可憐な顔立ちも。

 そもそも小柄過ぎるほど矮小な体躯も。

 少女の容姿の全てを彼女は愛して――いや、愛したいと、愛で尽くしたいとこいねがい、そしてそうすることを決めた。


 初めての遭遇だったのだ。

 彼女にとって少女と、そして、そのという事象は。


 だがしかし、彼女には少女を眺める以外に取れる選択肢が存在しなかった。

 当然だ――彼女は、所謂いわゆる“幽霊”だったからだ。

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