第7話 仮入部
「時期的に、少し遅くなりましたが、今日から仮入部させていただく氷野斗和です」
放課後、テニス部の顧問の先生に体験入部させてほしいと無理を言って、急遽参加させてもらった。
「テニス経験者?」
3年生の部長が、質問を投げかけてきた。
「中学校のときに公式テニスを少しかじった程度です」
「部員が増えることは嬉しいから、ぜひ楽しかったら入部してほしい。そういうことだから、みんな仲良くしてあげてね。さて新入部員の紹介はこれで終わりとして練習参加しようか」
この部長は、優しそうな顔をして、教えるのもうまかったから、俺たち一年生には人気があったような気がする。すぐ引退したからあまり覚えてないが……。
そのとき渦中の更田は、俺が部長に紹介されているところを見て、特に俺のことなど興味がなさそうにして、隣の女子テニス部の方をチラチラと見ていた。
(今に見てろよ。お前の化けの皮剥がしてやる!)
正直に言うが、俺はテニス部に入るつもりはない。
2週間ほどしたら辞めるつもりだ。「思っていたのと違った」って嘘でもついとけば、気楽に辞めることができるだろう。
ここに来た理由は、何か違う女子にもアプローチをかけてる噂や、野乃さんに対して卑劣な発言をしているかどうか確かめるためだ。
(少しずつ調べていこうか)
そこから、ランメニュー、素振り練習、ボールを使った練習などをしたあと、部活が終わった。
部員一同が体操服やテニスウェアから制服に着替えるために、部室に入った。
俺は、なるべく自然な感じで、更田の近くに居座った。
すると声がヒソヒソと聞こえてきた。
藤田先輩だ。確か更田とはペアを組んでいて、仲が良かったのを覚えている。
「お前寺本に告白されたんだって?」
「早く教えてくれよ」と言わんばかりの興奮した様子で、更田に質問していた。
「まぁな。でも、振ったぜ。そこまで好きじゃなかったし、それに……今は気になる人がいてさ」
「気になる人?」
「後輩の野乃ちゃんって子」
(早速来た!)
俺は、思いがけない幸運に、顔がにやけそうになっていたので、唇を思いっきり噛んだ。
でも、なぜ、他の部活の人もたくさんいる部室でこういう会話をするのだろうか。まぁそれにしてもラッキーだ。
「今回はガチ?」
「今回はって何だよ。俺はいつもガチだぜ。全力で落として俺の女にしてやる」
「モテ男は違うねぇ」
「今日は、あの子さ、俺が部活終わるまで勉強してるって言ってたし、一緒に帰るわ。だからお前とは帰れない」
「ちぇ……。親友は見捨てんのかよ」
「俺は親友よりも女の子を優先する生き物だ」
「きっしょ」
そこからは、まぁ普通にくだらない雑談を続けていたが、もう聞かなくていい。そう思った俺は耳を背けることにした。
※※※※※※※
(さて……これからどうしようか)
あれから数日が経ったが、更田はテニス部でも野乃さんの話しかしない。
変化があったとすれば、休み時間には来なくなったぐらいか。
まだ、彼女一筋なのだろう。
「おい。斗和! 聞いてんのか?」
俺が考え事をしていると、大夜が肩を揺すって話しかけてきた。
「あぁ、聞いてるぞ。学校に行くときに見かけた小学生が可愛かったって話だろ?」
「お前の耳相変わらずバグってんな! 全く聞いてねぇじゃねぇか!」
「悪い悪い。それでなんだっけ」
「これから行く遠足楽しみだなって話だよ」
そう。俺たち1年生は今バスに乗って、遠足先である
朝佐波公園には、規模が大きい公園で、幅広い年代で遊べるアスレチック遊具や、海沿いの場所で散歩ができるコースが整っていて有名である。
正直高校1年生の初めての遠足にしては豪華すぎると思ったのは俺だけだろうか。
まぁ、ここに来るのも2回めなんだけど……。
「いやぁ、まじで楽しみだぜ。クラスの女子とも話せたらいいな!」
「確かにな!」
遠足というのは、心が踊るものがある。2度目でも楽しくなってきた。1度悩んでいたことは忘れてこの時間ぐらいは楽しむことにしよう。
そうこうしていると、目的地についた。
先生が点呼を取り、確認を終えたあと、自由時間が始まった。時刻は朝の9時半。12時に集合と言っていたので、それまでには、先生たちがいる場所まで戻らないといけない。
また昼からは、クラスに分かれて、カレーか何かを作るそうだ。
「さて今からどこ行く?」
「ちょっと、俺を忘れないでくれよ」
海景が、俺たちを見つけて走って近づいてきた。
「ちょっと待って。メール来たわ」
中身を確認すると翠華からだった。
「なぁ、大夜。昼から、翠華と佳織が一緒に散歩でもしようってさ」
「いいじゃん。青春ってやつだな」
「女の子2人?」
俺たちの会話を怪訝そうに、海景が尋ねてきた。
「あぁ、俺たちが仲のいい――」
「ちょっと待て。海景が近づいたら、食われるかもしれない。だって、こいつ彼女作るの興味ないとかいってすぐ作ってるし」
俺は大夜が、話そうとしてるのを制止した。
「確かにな。言わないほうがいいか」
「だから、その件は謝ってるじゃんか。許してくれよ」
「「いやだ。一生ネタにする」」
偶然にも俺と大夜の声がハモった。それに3人で笑い合う。
(ん?野乃さん?)
俺たちがわちゃわちゃ楽しんでいると近くで野乃さんがつらそうな表情をしているのが見えた。
「どうしたんだろうか」
気がかりだったが、彼女は、他のクラスメイトとすぐ移動したので、声をかけることはできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます