私ときつねとたぬき

長谷川 ゆう

第1話 私ときつねとたぬき

私の住む近所には、きつねとたぬきが化けた店員がいるコンビニが両隣にある。


向かって左がきつね、向かって右がたぬき。


私は子供の時からうどんとそばが好きだ。好きすぎて夕飯がうどんかそばの時は、両親と妹がドン引きするほど、家中を走り回り浮かれた。


その想いが天に届いたのか、25歳の冬に家の近所にコンビニが両隣で突然出来た。

こじんまりとした、離島の売店のような小さなコンビニ。


仕事帰りに、人気のない住宅街のすき間にひっそりと夜にポツンと2つの灯りがともり朝になるとそのコンビニ2つは消えて更地になっている。


残業手当も出ない世知辛い世の中だが、私は赤いきつねと緑のたぬきがこの世にあれば、どんな低賃金だろうが喜び、生きていけるのだ。


同僚に話したら「小さな喜びで満足出来る人間だ」と冷やかされたが、そんな小さな喜びすら喜べない人間こそ、不幸だと思うが。


片道1時間の電車に揺られ、足がむくみ上司に怒られようが同僚と人間関係がギクシャクしようが家のある駅につけば、スキップし出す。静まりかえった住宅街のご近所迷惑にならぬよう、大人なので歩くけど。


昼は更地だが、ひっそりときつねさんとたぬきさんのコンビニが小さな灯りをともして出現している。


小さな2つのコンビニの真ん中で、私はどちらに入るか真剣に悩み、人生最後の晩餐のごとくどちらを食べたいか睨む。


食べると言っても童謡じゃあるまいし、きつねとたねきを狩って食べるわけではない。職業は事務の非正規だ。猟師ではない。


きつねがが化けているコンビニでは、赤のきつね、たぬきが化けているコンビニでは緑のたねきしか売っていない。


どんな独占販売だと思うが、至福でしかない。店内中、左は赤に、右は緑の幸せランド。


なぜか、いつも客は私一人しかいない。


「よし!今日はうどんの気分だ!」

私は渾身の力をこめて、実際、仕事で疲れきってフラフラ小さな店へと入る。


「いらっしゃいますた!」

きつねが化けている店員なので、少し語彙が変わっているが気にしない。


店内中、赤いきつねが並んでいる。少しつり目の小柄な店員はいつも少しモフモフのきつね色のしっぽを出して、ブンブン振っている。


可愛い。可愛すぎて昼間の仕事の辛さなどどこか天空に飛んでいく。


店内、全て赤いきつねだが、レジの横には日替わりでホットの飲み物が売っている。


ドアから入って右側、中央、奥、全て赤い。


まず、置いてある場所に迷う。疲れた時は右側の気分、仕事が上手くいった時は中央、何もない時はレジに近い奥だ。


今日は疲れていたのでドア近くの赤いきつねを手にとり、レジに持っていき、ホットのペットボトルのお茶を1つ買った。


「今日は、お疲れ様ですたね」

コロコロした鈴の音のような声で、きつねに化けた人間がレジを打つ。今日は大学生に化けている。化け方も日替わりなのだ。


「ポットにお湯は、入れましか?」

きつねとたねきのコンビニには、2、3人座れる小さな飲食コーナーが店の出入口の左のコーナーにある。


家に帰っても、誰もいないので毎晩夕食はここですませる。至福の時だ。何故なら暇なきつねさんと話し、大好きなうどんを食べられるからだ。


ペットボトルのお茶だけをカウンターに置いて、イスに座りぼんやり静まりかえったコバルトブルーに染まった住宅街を眺める。


「お待たせしましす!」

大学生に化けたきつねが、トコトコとお湯を入れたきつねうどうを運んで来てくれた。


食べられる時間ぴったりに運んでくれる。

フタを開けると甘味のあるふんわりとした湯気の先に待つのは、ふっくらしたおあげと卵とかまぼこ。


きつねは、いつの間にか大学生からきつねになってコンビニ店員の制服を着て人間のように2本足でトコトコ歩いてた。


ほくほくしながら、たっぷりと汁を吸ったおあげを食べてると1日の疲れが湯気のように蒸発していく。


「今日は、たぬきさんのお店には行かなかったのだ?」

チラチラときつねがこちらを見て言う。きつねはきつねで、たぬきはたぬきで商売敵としてお互いに小さな嫉妬をしている。


「今日の最後の晩餐は、きつねさんの気分だったの」

うどんをほおばりながら言うと、きつねは身をよじりながら照れた。


「ご光栄ですのね。ありがとうどす!」

鈴の音のような声がコロコロ、お店中に広がる。


「今日来て頂いて、良かったですの」

汁まですすり、お腹が温まる。きつねと2人の時しか絶対しない。


「どうして?」

ペットボトルのお茶を飲みながら聞くと、きつねは、ツンと立てた三角形の耳をしゅんとたらした。


「もうすぐ、本格的な冬がくるます。僕たち動物はたぬきも冬眠しなくちゃいけないのでし!」

少し落ち込んだきつねが可愛そうになり戸惑った。


「でも、また来年来てくれるんでしょ?」

きつねは、首を横にふる。


「この2つのコンビニは、あなたがうどんとそばが好きだと独り言を言っていた夜道で聞いてたぬきさんと勝負をしようと決めたのです!どちらが好かれるか!」

独り言?!そんな赤っ恥な話しほど流暢に話すきつね。


「あなたがあまりにも美味しそうに食べるの、そんで勝負どうでもよきなって、たぬきさんと冬眠が近くなってきて、あなたに会えなくなる方が寂しくなったのでし」

思わず私は泣いていた。何て優しい化けぎつねとたぬきだ。このコンビニはなくなるが、私はこのきつねとお隣のたぬきに出会えて良かった。


気がついたら、私はきつねを抱きしめていた。

「そっか、私も仕事頑張るから、きつねさんも冬眠頑張ってね」

よく分からない別れの言葉になってしまったがきつねは、モフモフした体を揺らして泣いていた。


コンビニから出ると、お店から出てきてきつねが小さな手をいっぱいいっぱい振っていた。


私も精一杯、手を振った。明日はたぬきさんのコンビニへ行こうとかたく決心しながら。


「きつね」

思わず職場で呟いていた。隣のデスクの同僚がきつねがどうかしたんすか?と聞いてきたのでとりつくろう。


「最近、野生のきつね見ないなと思って」

うろたえつつ答えたら、都会できつねなんて生きられないっすよ、食べ物ないし。と世知辛い事を言ってくれる。


昨日のきつねさんの小さな手を一生懸命にブンブンふる姿が忘れられず目の前のパソコンの画面がぼやけた。


「ああっ!」

仕事を終えて電車に揺られ、きつねとたぬきのコンビニがある場所まである場所に来て私は静まりかえった住宅街に響く大声をあげた。


私の「ああっ!」が2、3秒住宅街に響きわたったので誰も出てきませんようにと2、3秒祈った。


またもとの静かな住宅街に戻ったのだが、そもそも私がうるさい。私は何度も目の前の風景を見た。


きつねのコンビニが更地になり、跡形もない。ポツンと1つたぬきのコンビニだけが灯りを頼りなくともしている。


本当に、冬眠に行ってしまった。悲しみをこらえたぬきのコンビニに入った。


たねきが化けたコンビニは、もちろん緑のたぬきしか売っていない。店内が森のようにグリーン一色だ。レジには小さなホットドリンクがきつねのコンビニと同じく、日替わりで売っている。


きつねがいなくなった今、商売敵がいなくなった疲れからかたぬきは化けもせずコンビニの制服を着たまま、レジにうつむいて立っていた。


きつねより、たねきは丸っこく毛並みはごわごわしているが、もっちりと制服にうもれるぜい肉がたまらない。


下を向き、三角形の耳までたらしている。私は1番奥のレジに近い棚の緑のたねきを2つとり、ペットボトルの麦茶をレジに置いた。


「きつねが、冬眠したと言うのに、あなたって人は2つも食べるなんて、人でなし!」

きつねより何故か流暢に話すたぬきに、人でなしと言われ動揺した。


「たぬきさんも、冬眠すると思って2つ......」

しょんぼりしていると、レジ脇の小さな通りを通ってたぬきが私の腰にひしっと顔をうずめて泣いた。


「すまぬ。きつねが冬眠して、我も冬眠するから寂しさから八つ当たりしたで申す」

ぐすぐすと泣いた後、お会計をしてカウンターで待っていてと言われた。


麦茶がこんなに切ない味がする日が来るとは思っていなかった。


トコトコとたぬきがお湯を入れ食べ頃になった緑のたぬきと1つは持ち帰り用にビニール袋に入れた緑のたぬきを持ってきてくれた。


フタを開けると香ばしいそばの香りとかき揚げの香りが食欲をそそる。


「横に座っても良いでござるか?」

たぬきはしょんぼりしながら、たずねてきた。私は無言で隣のイスをトントンとたたいた。


たぬきがずっとぐすぐすと丸っこい体をさらに丸めて泣くので、右手でそばをかきこみながら、ずっとたぬきの背中を撫でた。


「冬眠したら、またいつかきつねさんとコンビニ開いて?ずっと待っているから」

25にもなれば、それなりの人間関係の修羅場も恋愛もほどほどにしてきたが、心が千切れそうな程、痛い別れは初めてだった。


無言で食べ、たぬきが落ち着いた時、私は今生の別れの気持ちで緑のたぬきを1つ持ち外まで出てきたたぬきを見た。


「ずっと忘れないです。だからずっと忘れないで頂きたい」

たぬきは、私のスーツの裾をけっこう鋭い爪でぎゅっと握ったので穴があいたが、私はたねきのごわごわした頭を撫でた。


「ずっと忘れない、またね」

さよならではなく「またね」と私は言うとたぬきは見送るのが辛いと言い出した。


「じゃあ、私が見送るよ。どうすればいい?」

そう言うとたぬきは涙をぬぐった。


「我がコンビニに入って術をとくと消えるでござる」

私はうなずいた。きつねがいたコンビニはすでに更地で真っ暗だ。


たぬきがコンビニに入り、手をふった。私も手をふる。


フッと小さなコンビニが消え、真っ暗な更地となった。手にはきつぬとたぬきがいた証の緑のたぬきがある。


さみしさをこらえて、私は歩きだした。私ときつねとたぬきが再会する事はなかった。温かい湯気が冷たい空気に消えていくように。






















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私ときつねとたぬき 長谷川 ゆう @yuharuhana888

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ