第12話 友達の友達、そして共通の敵?【赤波江】

 昼休みが始まると、すぐに黄瀬ちゃんたちが先生に呼び出された。あの時間のサボりが原因であることは、もちろんクラスメート全員が知っている。先生の後に続く黄瀬ちゃんたちに注目している数人。その子たち全員が、すぐに視点をずらしたのは言うまでもない。視線に気付いたアオさんが、しっかりギロッと睨んだからだ。


「やっぱり青森って、おっかねぇ奴だよな……」

「すごーく怖いよねぇ、青森さん……」

「みんな、気を付けろよ。見ると石になるぜ、あの目!」

「おい、やめろっ! そんなこと言っていると本人が知ったら、大変なことになるぞ!」

「ああ恐ろしい……」


 教室にいるクラスメートたちが、一人残らずアオさんにビクビクしている。確かにアオさんは怖い子だ。わたしは今回のケンカをする前から、アオさんが恐ろしいということは分かっていた。いつだって誰にでも(アオさんが気に入っている者たちは除く)ケンカ上等オラオラモードで、わたしはヒヤヒヤしていた。アオさんが実は、黄瀬ちゃんを嫌っていることにも……。

 それでもミドカが黄瀬ちゃんを気に入っているから、アオさんは黄瀬ちゃんに対して、本格的な攻撃はしなかった。まあ、しっかりと態度は冷たかったから、わたしはアオさんの気持ちに気付いてしまったのだけれど……。とにかく友達以外の者や嫌いな人間には、マジで容赦のないアオさん。

 でも、わたしはアオさんのことを「友達思いで、ついついやり過ぎてしまう子」という風に、良い方へ(頑張って)考えるようにしていた。どんなに悪い子でも仲が良ければ、ある程度のことは許せるとは思う。

 しかし、それでも許せなくなって怒ってしまったのが、わたし。そのことで怒られて許されていないのも、わたし。


 ああ、そんなことを考えてしまうなんて……。

 やっぱり、ちょっとでも自分を責めてしまう。

 わたし、まだ許されないことが気になっているんだ。

 せっかく本当の友達とは何か、気付くことができたのにね。


「先生、大丈夫かしら……」

「ああ~……。どうか! 先生が青森に! やられませんようにっ!」


 チャチャとコムちゃんは、先生の無事を祈っている。それにしても、こんなにもクラスメートから恐れられているなんて、アオさんすごいよなぁ……。あー、くわばらくわばら。


「チャチャ……コムちゃん……」


 ん?

 どこからか、チャチャとコムちゃんを呼ぶ声が聞こえてきた。


「あら、大桃ちゃんよ」

「おっ! どうしたー? 大桃ちゃーん?」


 大桃ちゃん?

 チャチャとコムちゃんが見ている方へと、わたしも視線をずらした。すると教室の出口に、ひょこっと女の子の顔。わたしたちは少し離れた場所にいたので、すぐに気付いた。


「ちょっと、こっちに来て……」


 かわいいなぁ、あの子……。

 大桃ちゃんっていうんだ。

 ……あれっ?

 そういえば大桃ちゃんって……。


「えっ、大桃さん!」

「やっぱかわいいな~」

「ねー! マジでアイドルみたい!」


 うわ、こんなに人気者な子なのか!

 すごーい……。

 この小学校に、どれだけのファンがいるんだろう……。

 でも……。


「モテモテじゃんかよ、大桃ちゃん~」

「いやいやウチのことは、いーから! こっちは大事な話があるのよっ! こっちこっち!」


 ……うーん……。

 何か変だな……。


「ベイビー、ごめんなさい。私たち、呼ばれたから行ってくるわね」

「あっ! その子は誰?」

「えっ」


 謝るチャチャの隣にいる大桃ちゃんに、わたしは興味を持たれたようだ。つい驚きと喜びで発生してしまった、わたしである。すると、すぐにコムちゃんが動いた。


「この子、赤波江ちゃん! あたしたちはベイビーって呼んでんの!」

「えっ! 赤波江さん? まさか……!」


 わたしの名前を知って、なぜか大桃ちゃんが目をパッと開いている。そのままでもパッチリな目だけれど。


「じゃあ……その子も、一緒に話そう! もしかしたら、これからウチが話すことに関係あるかもしれないから!」


 そして、わたしはコムちゃんとチャチャと共に、大桃ちゃんの話を聞くことになった。廊下で話そうとしたけれど、そこには担任の先生と黄瀬ちゃんたちがいた。なので大桃ちゃんに、わたしたちがいる教室へと入ってもらった。


「まあ、ここなら安全か……」


 教室に入るなり、そう呟いた大桃ちゃん。大桃ちゃんの話したいことを、その言葉で何となく察した。


「で、ウチが話したいのは……あの三人のことなんだけど……」


 やっぱり、そうだった。

 それから大桃ちゃんは、黄瀬ちゃんたちが授業をサボったときの様子について、わたしたちに説明してくれた。


「とにかく! コムちゃんもチャチャもベイビーも……あいつらには気を付けてよ!」

「了解~! それじゃ、あたし気を付けるよ! サンキュー、大桃ちゃん!」

「ありがとう、大桃ちゃん。助かったわ」

「ねぇ、大桃ちゃん……」


 お礼の言葉が続いた後、わたしは大桃ちゃんに質問することにした。


「何? ベイビー?」

「色々と情報を、ありがとう。もしかして大桃ちゃんも……あの三人と何かあったの?」


 わたしたちは今「友達の友達」ってことで、すぐに打ち解けたけど……こういうことを聞いて大丈夫だったのだろうか。わたしは聞いてから心配になった。せっかく知り合えたのに、もう仲が悪くなるのは悲しい。ああ、わたしは失敗しちゃったのかな……。


「うん、あったよ! ウチね……あいつらに、一対三で意地悪されたの!」

「えっ!」


 わたしは驚いた。大桃ちゃんと自分が似たような経験をしていることと、あっけらかんと質問に答えてくれた大桃ちゃんに。




「いやー、共通の敵がいると……こんなにも親睦って深まるもんなのねぇ」

「て、敵かぁ……」


 この数分間で、わたしたち二人は本当に仲が良くなった。新しい友達が増えたのは嬉しいけれど、そのきっかけについては複雑に感じる。わたしが大桃ちゃんと仲良くなれたのは、あの三人が関係しているのだから。できれば、こんなイビツな形で大桃ちゃんと仲良くなりたくなかった。こういうのとは違った、もっとステキな出会い方が他にもあったというのに残念だ。それは、わたしがチャチャとコムちゃんの二人と仲良くなったときにも、共通していることだと思う。こうして仲良くなった、わたしたち四人の中の誰かが悪いというわけではないけれど……。


「それにしても大桃ちゃん、つらかったね……」


 大桃ちゃんは、そのかわいらしさ(本人は全く自画自賛などしていない)が原因で意地悪されたらしい。ビジュアルに自信のあるミドカがモテモテな大桃ちゃんに嫉妬して嫌味を言ったり、アオさんが大桃ちゃんに「てめえ調子乗んなよ」などと毎日オラオラと絡んできたり、いちいち黄瀬ちゃんが大桃ちゃんの言動を小馬鹿にするように笑ったり……。一年前から、あの三人のそういうところは仕上がっていたのだ。

 そして実は、わたしは大桃ちゃんのことを前から知っていた。名前だけ。なぜなら「大桃って女は最悪だから関わらない方が良い」などと、あの三人に言われていたからだ。しかし、今そのアドバイスが無駄なものだと判明した。大桃ちゃんは最悪ではなく、良い子だった。


「まあ……誰かが担任の先生に報告してくれたおかげで、あいつらのウチへの嫌がらせは終わったんだけどね。他のクラスメートも、さすがに三人組を怒ることはなかったけど……みんなウチの味方をしてくれたから助かったぁ~」

「そっか……」


 先生に報告することを、わたしはしなかった。本当は先生にケンカのことを相談したかったけれど、わたしはしなかった。わたしが全て悪いのだから、これで先生に頼るのは汚いだろう……そんな風に考えていた。でも、つらいなら先生を頼ってもよかったと今なら思える。それは、わたしはおかしくないということを、わたしの本当の友達が教えてくれたおかげだ。


「モテる女は、つらいよなぁ……」

「美人は得じゃなくて損かしら……」


 わたしは真剣に話を聞いていたが、お構いなしにコムちゃんとチャチャはジョークを飛ばす。すると大桃ちゃんは「何なのよ、その言い方は~っ! マジ他人事ぉ!」なんて爆笑していた。コムちゃんとチャチャのそれは、大桃ちゃんを茶化しているとか、そういう悪意のある行動ではないのだろう。こうして大桃ちゃんも、かわいらしく楽しそうにニコニコしているのだから。それでも、あの三人による傷跡は残っていると思う。わたしも、いつかは大桃ちゃんみたいな振る舞いが、できるようになれるかな。


「ふざけんじゃねぇぞクソセンコォッ!」


 そのとき廊下で大きな声と、大きな音が響いた。


「……青森じゃないの?」

「先生っ!」

「やだ、怖い!」

「ど、どうしよう……」


 わたしたち四人も、他のクラスメートも、みんな恐怖で体が固まってしまっていた。すると、


「何をしているっ! やめなさいっ!」

「いい加減にしないか、青森!」


 他の先生何人かが駆け付け、暴れるアオさんを止めようとしたみたい。みんなで恐る恐る廊下を見てみると、そこには倒れている先生がいた。これまで見た中でナンバーワンに怖いアオさん、そんなアオさんに立ち向かう教師たち、口は手で隠しても目は笑ったままのミドカと黄瀬ちゃん、そして居合わせてしまってショックを受けている子たちもいた。

 ちなみに大桃ちゃんは、わたしたちの担任の先生に、こっそり黄瀬ちゃんたちのサボりについて報告したらしい。つまり先生は、あのときの三人の言動を知っていたということだ。

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